新入生と暴走ゴーレム 1
「腹も膨れたし、午後からも気合いいれていくか。じゃあな」
「うん。またねカイザー」
クラスメイトのカイザー。
本名はフリック・スタインっていうけどなぜかカイザー、理由は知らない。身長がとても高いのでいつも見上げながら会話をしている。
マジェニア学園は午後から放課後となり、ギルド活動が始まる。
ギルド活動はエスカレア特別区最大の売りである養成システムとして評判が高く、卒業後の進路は引く手数多だという。
そしてカイザーが所属するナイトギルドはエリート集団のひとつ。入りたくて入れるものじゃないし、様々な試験をパスしなきゃいけない。
「ラドくん。今日これからは?」
レナもまた、ウィザードギルドという双璧の対となるエリート集団に所属している。
最も難解な試験にパスする必要があり、入学しても所属できないまま卒業というのもざらにあるそうだ。
ボクとレナは入学して一週間も経ってないから偉そうに言える立場じゃないんだけど。
そうそう、ナイトギルドやウィザードギルドといったメジャーギルドに所属する方法は試験以外にもある。
飛び抜けた素質や才能があれば。
「ボクはギルドに入ってないから…………ぶらぶらするよ」
これがボクとレナの違い。つまり、そういうこと。
「ちょうど良かったわ! そこのチビッコたち、頼まれて頂戴」
嫌な予感がして背を向けたけど、レナが腕を掴んで離さない。
「呼ばれてるよ。はいはい、はーい!」
「あんた今逃げようとしたでしょ。露骨に嫌な顔をするなっての」
クリス先生は教官の中では若輩者とはいえ、マジェニア学園・元生徒会長ということもあって慕われているし、エリートには違いない。
「なに残念そうな顔してんの。ちょっと、こちらの新入生に学園を案内してあげて」
「新入生? ボクとレナで?」
「どうせ暇なんでしょ。少しでも世の中に貢献しなさい」
心にグサりとくる、強く重みのある言葉。
「あたし今日、ギルド活動で買い出し班なの」
「あちゃー、そうだったか。じゃあそっちのチビッコ……」
「ボクも用事を思いつくから、ちょっと待って」
「思いついてない時点で言い訳にしか聞こえないっての。アウトよアウト」
学園案内と言われてもボクがしてもらいたいくらい。どこに何があるのか知らないことだらけだし、知り合いだって多くない。
「あ、やっぱいいわ。ちょっとーっ!!」
ボクの後方に向かって呼びかけたクリス先生に釣られて振り返ると、金髪ロングのキレイな女子生徒と目が合った。
「これから、この子に学園案内をしてあげて」
「ですが先生、私は実習が……」
「いいのいいの、エレノアが不在でも進めておくから。あと失礼のないように。よろしく頼むわよ!!」
一方的に告げるだけ告げて大急ぎで走り去るクリス先生と、後ろを追うレナ。
残された場の空気が何とも重く、息苦しい。
「突然で状況を把握しておりませんが、私はエレノア。マジェニア学園の生徒会長をしています。以後お見知り置きを」
「ボクはミカエリス。ミーシャって呼んでね。えっと、以後、以後……おし、おしみ……お尻お仕置きを?」
この人は何を言っているんだろう。
「隣の君は」
「ボク? ボクは、ラドですけど……」
「ではお二方、手短に済ませますので着いて来てください」
場の雰囲気に流されて同行することになってしまったけど、暇だしまあいいか。
「マジェニア学園の校舎は三階建て。一階には初等クラス、職員室と保健室があります。困りごとがあれば先生方を訪ねてみてください。二階には中等クラスと学園長室。三階は高等クラスがあります」
クラス分けは純粋に学力のみで振り分けられるので年齢はバラバラ。
就学年数と年齢はある程度比例するといっても、大きなお兄さんお姉さんに交じって超天才級の子供が授業を受けるなんてこともある。
「エスカレアは中心部に四つの学校が存在しています。それぞれ別法人ではありますが、講堂、食堂、図書館、体育館などの施設は共同での使用になります」
四つの学校とはボクのいるマジェニア学園と、エクリル女学院、ウィキスタ術科学校、ユーノシオ大学管区。これらをまとめてエスカレア四校とか、単に四校って言われる。
何十年も昔、ひとつの学校から派生した歴史があるのでお互い無関係ではないにしろ、各校それぞれが特色あるカリキュラムを打ち出している。
「最後にギルド活動を考えているのでしたら、場所だけは案内いたしますが」
「まだ何も考えていなかったんだよ、あはははは」
「ボクも、まったく」
「そうですか。では軽く説明だけしておきます」
ギルド活動もまた、四校共同で行われる。
プリーストとビショップの両ギルドはエクリル女学院。
ナイトギルドはウィキスタ術科学校。
ウィザードギルドがマジェニア学園。
「あれれ? ギルドって四つだけなのかい?」
「詳しくは後ほど各自で調べてください。付け加えてユーノシオにアルケミストギルドがありますが、こちらは別途実務経験が必要になります。そうそう、忘れておりましたがハンターギルドもマジェニア学園の片隅で活動しておりますので見学はご自由に」
以上がメジャーギルドに分類されて、六大ギルドと呼ばれている。
「下部組織のマイナーギルドの他に、サークルやクラブといった烏合の衆が数多く存在しますが、卒業後の進路を考えて決めるとよいでしょう」
ギルド無所属のボクには耳が痛い話。
それにしても先ほどからエレノア会長の言葉にトゲを感じる。
卒業生の多くは、就職先や仕官先として自国に戻っていく。
国家もそれを見越して有能な人材に支援して入学させているから、エリート気質でプライドが高い生徒たちが多い。
最たるものがウィザードギルドだ。
「アルケミストは勉強という努力だけで成り上がれる。しかしウィザードはそれに加えて素質と才能が必要なんだっての」
こんな傲慢な言葉を耳にした。
保護者であり教官であるクリス先生によるものだからタチが悪い。
聞けばエレノア会長もウィザードギルドだという。
ちょっと納得、かな。
怒濤の学園案内もひとしきり終わって、元いた講堂まで戻ってきた。
「そういえば僕、肝心なことを聞いていなかったよ。ねえねえ、マジェニア学園は何年通ったら卒業できるんだい?」
エレノア会長の表情が崩れた。眉間にしわを寄せている。
「卒業に関する規定はございません。この学園には様々な国から様々な生徒が在籍しています。国や家庭などの事情は人それぞれですので、卒業するタイミングはよく考えた上でご自分で決めてください」
「つまり…………何十年も在籍してる人もいる、とか?」
「それほど勉強熱心な方でしたらユーノシオで研究者にでもなるでしょう。もしくは余程の無神経か無能です」
眼を合わせることなく一礼して講堂内に消えていく。ミーシャさんの質問はボクも疑問を抱いていた内容だったけど、事前に下調べしろと言わんばかりに癪に障ったんだろう。
「案内が終わったようね…………って、あんた何でいるの」
入れ違いで出てきたクリス先生が怪訝な表情を浮かべたけど、構わずミーシャさんに話しかけた。
「一度見ただけじゃわからないでしょうけれど、そこは徐々に馴れていって。願書は学園長に直接手渡しして頂戴。それと引き換えに……」
見慣れない男子、本来は認められていない途中入学者が珍しかったんだろう。聞き耳を立てていたウィザードギルドの女子生徒たちがドアや窓から様子を伺っていた。
「どこからやって来たんですか!?」
「お名前、お名前は?」
「片方は侍従かしら」
「兄弟……には見えませんね」
「ギルドはもう決めてるんですか!?」
襟足が伸びた金髪を後ろで束ねている、容姿端麗なミーシャさんに質問が飛ぶ。このままだと廊下に雪崩れ込んできちゃいそうだ。
「貴方たち、今は活動中でしょう! 速やかに戻りなさい!!」
クリス先生の怒号に渋々引き上げていく。下心満開の女子生徒の中にレナがいなくてホッとした。
「騒がしくなってしまったけれど説明は以上よ。解散…………その前に」
クリス先生のジト目がボクに突き刺さる。
「チビッコ、あんた本当に何してんの」
「どうしてって、クリスが無理矢理押し付けたんじゃないか」
余りの身勝手さに、つい口が滑って呼び捨てにした。
「ク・リ・ス・先・生、でしょうが! このペットめ!!」
「痛い、いたた……痛い!!」
両手の拳によるこめかみグリグリ攻撃の痛みに耐えきれずタップするも、反則攻撃が止まらない。きっと無駄な肉が多過ぎて気付かないんだ。
「うら…………いや先生、生徒に向かってペットだなんて!」
うら?
ミーシャさんの介入で魔の手の追撃が止まった。なぜだかわからないが、これは喜ぶべきことだ。涙目になるだけで済んだのだから。
「あーはいはい、いいのいいの。ペットってのは本当なのよ」
「それはクリスが勝手に……む、むぐぐぐっ!!」
「うら……うらやましい!」
無駄な肉で呼吸が止められてもいいのなら、今すぐ代わってよ!