盲目事件と白いバラ 10
広大な裏庭の一本道を、はぐれないようにミーシャの後ろを歩いていく。
「僕の実家はここね」
イメージしていた皇族の暮らしとはかけ離れた、大きくもなく広くもない平凡な平屋。
「このエリアには他にも十軒ほど家があってね、全員皇族なんだ。ちなみに隣、あそこは国王の家だよ」
裏庭全体にガーデニングの手が入っていて、景色と調和するように平屋が存在している。格子窓から見た灯りはこれだった。
贅を尽くしているといえばその通りだけど華美ではないし、言っちゃ悪いけど質素すぎる。屋内も、外観からのイメージ通りのリビングとダイニング、部屋がふたつあるだけ。
幕が下がった巨大なベッドとか、大きなカゴにフルーツの盛り合わせとか、豪華な絵画や美術工芸品が飾られているわけでもない。
「ミーシャって皇族…………なんだよね?」
「ははは。普通の住宅に比べても狭いでしょ。皇族は謙虚に生活すべしってね」
リビングのソファには泣きはらすアルネージュと、それを慰める男性がいた。
「父さん、ただいま」
「戻ったか」
ぞろぞろと続いて挨拶をすると、ボクとレナは正面に座るよう促された。定員オーバーのカイザーとジュディスは床に腰を下ろしている。
「父さん、アリィのことなんだけれど」
「話は大筋把握した。それで、被害にあわれたのはどの子なんだ」
「それがね、無事だったんだ! 誰も被害にあっていなかったんだ、大丈夫なんだよ!」
ミーシャの報告を聞いたアルネージュが顔を上げてレナに詰め寄った。
テーブルに身を乗り出して瞳を凝視する。元気ない様子が嘘のようだ。
「見えて、見えて……いるの?」
「うん、バッチリ!」
さらに涙を流してグシャグシャになったけど、これは安堵したからこそ流す涙。
取り出したハンカチの柄すらバラなんてこだわってるよなあ。
「皆さん落ち着きましたか。紅茶を淹れましたよ」
この香り、千エルに間違いない。
「わぁありがとう。えっと、ミーシャの……お姉さん?」
「母ですの。お上手ですこと、おほほほほ」
レナに太ももをつねられ、真顔に戻ったアルネージュに睨まれた。冗談のつもりなんてまったくなかったのに。
「君が……。レナさんには、娘が多大なる迷惑をかけてしまった。無事でなによりといいたいところだが、実の親として許されることではないとは承知の上。申し訳ない」
「いいんですよ。あたしも何となく勘づいていましたから」
何も知らず、話が読めないボク。
置き去りにされる疎外感はあるけど、こんな時は何食わぬ顔をして口をつぐみ、成り行きを見守るのがいい。
「安心したところでさ。アリィが何をしたっていうのさ?」
「すべてはお兄様を監視するためです!」
「んん!?」
姿勢を正したアルネージュの表情は至って真面目。ハンカチで涙を拭い、手櫛で髪を整えて深呼吸をひとつ。
「お兄様に悪い虫がつかないように見張るのは、妹の役目です!」
「んんんっ!?」
ミーシャは目を丸くして呆気にとられている。
父親は苦虫を噛み潰したような渋い顔になっている。
他のみんなが眉間にしわを寄せてる中で、レナだけが目を輝かせていた。
「このふたり……ラドとレナは、わたくしとお兄様の仲を切り裂く密偵だと勘違いしておりました」
そんなことはないと首を振って激しく否定した。
だけどもしかして…………?
こうなることをフェイリアに仕組まれていたとすれば結果的に間違いじゃないのかも?
「しかしすべてお兄様のせいなのです!」
「ふたりはただ仲良くなっっただけの友だ……」
「エスカレアに行ってからいつも仲良くなさっているではありませんか!」
「それはそうだけれど、縁があっ……」
「パーティをして風呂を覗き、寝室では全裸を拝み、窓から身を乗り出す女子の下からスカートを覗き込んで!!」
ウソをつくには少しの真実を混ぜるといいという。
今の言葉が真実がブラフかわからないけど、確実なのはどれもアルネージュは現場にいなかった。
「寝室の、その、全裸……って、わ…………わたし?」
紅潮したジュディアが顔を覆って身悶える。
「風呂でも見られておりましたわ」
傷口に塩を塗る込むかのごとく容赦ない追撃。ここがミーシャの家というアウェイじゃなければ命はなかっただろう、ミーシャの。
「そ、そうだわ、二階から転落したギルドメンバーの女の子が言ってたわ。しばらくずっと部屋の中にいるって、白いバラと花瓶が見えるって。あれは兵舎の二階……」
「お察しの通り。あの時は同様して『アレ』の解除を忘れておりましたわ」
「でもアリィ! スカートを覗いたって、どうしてそこまで決めつけるのさ!!!」
「すべてお兄様のふしだら加減がいけないのです。そのような愚行をするためにマジェニア学園に入学するのではないでしょう!?」
一番近くにいたのも、真っ先に救助にかけつけたのもミーシャだった。
(ねぇミーシャ。怪我した子の…………見たの?)
(……………………白だった)
反論の余地はない。正論だ。




