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プロローグB

「行くわよ。せーのっ!」


 指先から放たれた真っ赤な火球がボクに向かって飛んでくる。


「痛っ……熱っ!!」


 みぞおちに直撃した魔法はウィザードにとっては初歩的で、基本的なもの。

 ボクをやっつけようとしたものじゃなく、痛みも一瞬。火球は勢いを保ったまま跳ね返り、壁に当たって消えてしまった。


「服が燃え……あちちちっ!!」


 予め用意されていたバケツの水を頭からかけられて全身ずぶ濡れ。素早い対応で大事には至らなかったんけど……。

 別に好き好んで、痛くて熱くて冷たい思いをしているわけじゃない。


 ボクはラド。

 エスカレア特別区マジェニア学園に『勝手に』通っている、緑髪で十一歳の男の子。

 ボクは今、魔法研究施設で身体を張った実験に駆り出されていた。


「ホント不思議よねぇ。服は燃えるんだ、アッハハハハハ!」


 クリス先生。

 マジェニア学園の教師でウィザードギルドの教官。そしてボクの保護者代わりでもある。今日は世話になっている見返りに実験台にされていた。


「最後にクリス先生、水系の魔法は使えますか?」


「あまり得意じゃないのよねぇ。でもイケると思うわ」


 白衣を着た研究員の指示を受けて、バケツの水に手をかざして詠唱を始める。

 重力に逆らって舞い上がる水しぶきが次第に大きくなっていき、ドッジボールほどの水球になった。


「これをぶつけたらどうなるかしらねぇ?」


 ニンマリとした笑顔から悪意を感じる。実験という名目で、これは絶対楽しんでる!


「大丈夫大丈夫、手加減してあげるから。せーのっ!」


 そういいつつ球速が乗った水球がボクに向かって飛んできた。

 実験はあくまで『ボクに当たった時の状態と反応』を検証するためなのに。

 ちょっとくらい、やり返したい。


「せーの」


「え?」


 狙いを定めて水球を打ち返す。

 キレイな軌道を描いた水球はクリス先生に向かい、見事命中。水風船が破裂したような衝撃でずぶ濡れになっていた。


「きゃっ、ちょ、ちょっとチビッコ何すんのよ!!」


「跳ね返っただけだよ。だってほら、そのための検証なんだからさ!」



 ボクには秘密がある。

 ボクは魔法を跳ね返す『リフレクト』の能力を持っているんだ。

 だから魔法は効かないし、かけられても鏡が光を反射するように跳ね返す。

 これは絶対に守らなきゃいけない秘密。



「まったくもーっ。これじゃ実験にならないっての。もう、今日は終わりよ」


 リフレクトしても衝撃は受けるし痛みも感じる。だから手加減してほしいんだよね。

 嫌味を言われながらも、実験を終えたボクとクリス先生はマジェニア学園の校門に向かった。

 着替えに手間取って予定より遅れてしまったけど、気にする様子もなく笑顔で駆け寄る人物がいる。


「ラドくーん、クリスせんせーい!」


 彼女はレナ。

 ボクと同じくクリス先生の世話になっている赤髪の女の子。


「少しくらい遅くなっても怒らないよぅ。あたしの方がお姉さんなんだし」


 そう言っているけどボクと同じ十一歳、だから最大限に譲歩しても双子止まりだと思う。髪の色からしてまったく似ていないけど。


「ねね、どうしてふたりともジャージ姿なの?」


「チビッコがいたずらしたのよ。ずぶ濡れにされてね、まったく」


 ボクだって借り物のジャージ姿なのに、棚に上げてよく言うよ。


「ラドくんやったね。きっと今、ノーブラノーパンだよ!」


「替えぐらいあるっての!」


 仕事が長引いたりして家に帰ることが面倒になった時のために、教授棟の研究室にお泊まりセットを常備しているクリス先生。

 それに引き換えボクは、下半身がゴワゴワする。

 二、三日に一度はこうやって一緒に帰るし、その時は途中にある『アクアパッツァ』に立ち寄るのが習慣になっていた。

 その店はアオイさんという人がマスターをしているバーで、美味しい夕食が目的。


「いらっしゃい。今日は少し遅めですね」


 遅いといっても開店直後で客はいない。しかも年齢層が少し高めのオシャレな店にもかかわらず、ジャージ姿と子供ふたりを快く受け入れてくれる。


「やけにフランクな装いですね、クリス先輩」


 マジェニア学園卒業生のクリス先生とアオイさんが、親しい先輩と後輩の間柄じゃなければ気軽に出入りなんてできなかった。


「しかもノーブラノーパンですって」


「そこまでフランクじゃないっての!」


「本当だとすればもっと型崩れしているでしょう。そもそもそんな状態だとすれば、外出すら躊躇われますね」


「アオイ、あんた私をなんだと思ってんの」


 テーブルに着いてしばらくすると、目の前にはサラダにパスタにペスカトーレ。そして店名にも掲げられているイチオシ定番メニューのアクアパッツァ。

 せっかくの隠れ家的なバーが、これじゃまるで居酒屋か定食屋。料理好きが高じてランチタイムに店を開くなんて冗談まで言っている。


「ごちそうさまでした。じゃああたし、厨房を手伝ってくるね」


 アオイさんの好意に甘えっぱなしというわけにもいかず、皿洗いや清掃を手伝うレナ。最近じゃ簡単な料理を任されるまでになってきた。

 ボクだって手伝いをしなきゃいけないとは思っているんだけど。


「今日も予習復習、苦手科目の克服よ」


 勉強を頑張ろうなんて口を滑らせたら、ボク以上にやる気を出したのがクリス先生。付きっきりで教えてくれるのはありがたいんだけど…………。


「手が止まってるっての。ここの計算は、そう……いいわよ。ふぅ」


 ワイングラスを手にする酒臭い家庭教師なんて、どこを探してもいるわけないよね。





「今日はもう、客も来ないでしょう」


 勉強に集中して気付かなかったけど、時計はすでに二十二時を回っていた。

 客足が途絶えたところで早くも店じまいにするという。平日とはいえ、それってバーとしてどうなの?


「三時間も勉強してたのね。えらい、えらいでちゅねー私!」


「ボクじゃなくて!?」


「付きっきりで教えたのは私だっての。現役美人教師の特別授業なんだから感謝してほしいものね」


「自分で言っちゃうんだ」


「まあまあ。半端になったワインのブレンドでよければ、どうですか?」


「いいわね。こっちでお酌しなさいよ。ちゃんぽんだなんて、私を酔わせてどうする気?」


「ボクは洗い物を手伝ってくるよ」


 逃げるが勝ち。

 ウザ絡みされる前に席を離れた方がいい。そうじゃなくてもクリス先生とアオイさんが飲み始めたらふたりきりにさせろってレナに言われている。

 そういう仲じゃないと思うんだけどな。

 食器を拭いて水回りの清掃。それでも時間を持て余すので、テーブルと床の拭き掃除。


「ラドくんも成長したね。勉強をがんばった上に掃除までしてくれて、お姉さん嬉しい」


「お姉さんって、クリス先生ならあっちで飲んだくれてるよ」


「あたし、お姉さんってあたし!!」


「えー。レナは姉って感じじゃないよ。そもそも姉ってふたりもいらないし」


「悲しい。じゃああたし、妹になら……なれ…………る……かな」


「なろうと思ってなれるものじゃありません」


 ひと通り掃除が終わった時、ふと見るとクリス先生の両肩にアオイさんの手がかかっていた。


「いい感じ? どう、いい感じなのかなラドくん? 後ろからそっと抱きしめちゃう?」


「ブランケットをかけただけだよ。酔いつぶれただけで、雰囲気も何もないよ」


「そうかなぁ。あたしたちがいるから遠慮してるだけで、ふたりきりになったら」


「面倒くさい客だって思ってたりして」


 アクアパッツァに寄った日はクリス先生を背負って帰るのが恒例になりつつある。

 そこらの植え込みに放置ってわけにもいかず、鍛錬だと思って割り切ろう。


「いいなぁラドくん。お姉ちゃんのおっぱいが頭に乗ってる」


「だったら代わってよ、重いんだか……うぐっ!」


 不意に首もとを締められて呼吸が止まりそうになった。力加減さえしてくれてるけど確実に頸動脈をキメにきている。


「チビッコあんた何か言ったぁ?」


「そうそう、レナが代わりたいって!」


「あたしじゃ無理だよう。おっぱいだけ取り外してよ」


「できるものならそうしたいわ。半分くらい持っていって」


 大き過ぎて不便だとか下着が高いとか、種類が少ないとか在庫がないとか、重い身体を弾ませながら下世話な話。

 少しは羞恥心をもって欲しい。

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