盲目事件と白いバラ 6
食事を終えて小休憩。そして当てもなく帝都の街並を眺めながら歩いていると、人の流れに誘導されてエレモア城の前にいた。
話に聞いていたバラ祭りはここで開催されている。
「エスカレアの街作りってヘリグスラルを手本にしてるんだってさ」
まるでボクの手柄のような口ぶりで説明したけど、なんてことはない。手にしたパンフレットの受け売りだ。
確かに郊外から中心部への放射状になっている導線や雰囲気は似ているかもしれない。
「お城の一部は、普段は役所になってるんだって。祭りの間は奥まで見学できるみたい」
水路と城壁に囲まれたエレモア城。南門には細かな彫刻が施されていて、格式高く歴史と伝統を感じさせている。この先がバラ祭り会場だ。
「南門を入ってすぐなんだけど……あのさ、圧巻だよ」
マジェニア学園の広大なグラウンドすべてがバラで埋め尽くされているようで、中央にそびえるエレモア城が遥か遠くに感じてしまう。
「でもお祭りって聞いてたのに、屋台があったり踊ったりするものじゃないんだね」
「あはは。バラ祭りってそういうものじゃないんだよ」
正直、花には興味がない。
ボクが想像していたお祭りだったら楽しそうって思っていたけど、淡々とバラを眺めて歩くだけなのでとんだ肩すかしを食らった。
「黄、赤、青、オレンジ…………」
大きい小さい長い短い、サイズは様々だけどバラというのはわかる。見たままの情報しか伝えられないのは、ラベルなどの無粋なものがすべて排除されているからだ。
「せめて名前だけでもわかればいいのに」
「あらあら、外からの観光客かしら。エレモアの人たちはみんな、バラの名前は知っているんですよ」
近くで鑑賞していたお婆さんが話しかけてきた。
このバラはロイヤルエメラルド……隣はロイヤルスカーレット…………あれはロイヤルローズオブ…………。
「でもね、今回一番の見どころはこっちなの。新種なんですって」
敷地の一画だけロープが張られていて人だかりができている。人々はまるで食い入るように、中には腰を落としたり膝をついて、少しでも近くで見ようとしていた。
「これは…………バラ、なの?」
バラといえばバラだ。
花びらだけじゃない。葉も茎も真っ白。
他のバラに比べると一回り以上小振りで、言っちゃ悪いけど貧相な印象を受けた。これは色のせい?
「このバラの名前が決まったばかりなの。真っ白な牡丹雪のように可愛らしいでしょう。品種改良に成功した殿下にちなんで命名されてね、アルネージュっていうのよ」
「殿下?」
「そうなの。まだ十三歳だというのにご立派だわ。名付けに当たっては皇族内でも賛否がわかれたそうよ。花の名前として広まれば殿下の名前を呼び捨てにするでしょう。でも殿下自身は王位継承から遠い立場だから構わないと仰ったの」
お婆さんは喋りたいことを喋り尽くして満足したらしく、他の観光客に声をかけて遠くへ行ってしまった。本当に、ただバラが好きなだけの世話焼きだった。
「ラドくん。いろいろ教えてもらったけど理解できた?」
「うーん。ここにあるバラには……」
「バラには?」
「ロイヤルって付けておけばいいってことだね」
「全然ダメです。もっとがんばりましょう」
こんな調子で巨大迷路のような敷地を回ってみたけど、レナは楽しめたのかな。
「城内に喫茶店があるみたい。休憩しようか」
観光客も出入りしていたから気軽に立ち寄ってみたんだけど、まるで高級ホテルのロビーのような豪華さだった。そしてメニューを見て気後れする。
「紅茶一杯で千エルだって……」
「ロイヤルの名前にふさわしい紅茶を淹れてくれるんじゃないかな。高級品なら相応の値段だよ」
餞別の軍資金には余裕があるし、少しくらいの贅沢はいい。せめて味と香りだけでも楽しんでもらおうとロイヤルローズティーを注文した。
待っている間、だらしなく椅子にもたれて天井を見上げていた。
シャンデリアも壁画も、柱の彫刻すらどれも立派な造りで、高級感のバーゲンセール。
「模様やモチーフが全部バラになってるんだ。エレモアの人たちはずっと昔からバラが好きだったんだね」
見たままを口にするのがクセになってしまった。
「他には観葉植物の鉢があるよ。木みたいに大きいの。折角ならバラを飾ればいいのに」
「それはできないんですよ」
ウェイトレスのお姉さんが紅茶を運んできてくれた。下から見上げる行儀悪い格好になっていたので、慌てて姿勢を正す。
「帝都ヘリグスラルのしきたりなんです。室内でバラを育てたり、鑑賞のために飾ってはいけないと言われてるんですよ。バラに乗っ取られるなんて言い伝えがあったりしてね」
「乗っ取られる?」
「ええ。バラの美しさに心を乗っ取られるってことかしら。もしくは、家の住人より魅力的だから家を乗っ取られてしまうとも言われているの」
「ふぅん。でもさ、こっそり室内で育てたりする人っていないのかな?」
「どうでしょう。みんな子供の頃から言い伝えを聞かされているし、ヘリグスラルではガーデニングが一般的ですもの。タブーを犯すメリットはないんじゃないかしら」
バラを飾るのも育てるのも屋外で。
家の中には持ち込むなっていうのがヘリグスラルの風習。これはエレモア帝国全土の決まりではなく、あくまで帝都であるここだけの話。
だからせめて、室内の壁画や彫刻でバラをあしらっていたというワケだ。
「ラドくん。今のお話、どう思う?」
「どう思うって……?」
質問の意図に沿うように考えを巡らせてイメージを膨らましてみた。狙いは及第点!
「バラよりお姉さんの方が美しいですよって言えばよかったかな」
「ラドくんミーシャさんに似てきてない?」
うん? 遠回しに落第って言ってる?
「眼が見えなくなった生徒が言ってたこと、ラドくん覚えてる?」
「うぅ……どこか部屋の中にいるって言ってたけど」
「そう。そこには花瓶があって……白いバラが生けられてたって」
「花とは聞いてたけど、白いバラなんて言ってたっけ? 誰から聞いたの?」
「そ、それは…………。ウィザードギルドの人たちに……聞いたんだった」
呪いの元凶はエレモア帝国にあると、フェイリアは言っていた。
帝都ヘリグスラルでは室内でのバラの飼育はタブー。
他国での犯行とも考えられるし、観光客に紛れてエレモア帝国に来た者の可能性もある。そもそもヘリグスラルには接点がないのかもしれない。バラというワードが共通点になるとはいえ、この場所から遠く離れたマジェニア学園の生徒を狙って盲目にする理由は?
「うーん。いろいろな可能性が考えられるけど、どれも早計だ。エスカレア内に犯人がいるんじゃないかとも思うし」
「フェイちゃんも言ってたじゃない、先入観を持っちゃダメって。あたしたちは言われた通り、しばらく観光しようよ」
一刻も早くレナに光を取り戻したいんだけど、当の本人より焦っちゃいけない。焦りは判断を鈍らせて選択を間違わせる。
それは重々承知なんだけど、なんだかなあ。
「それにしてもこの紅茶。今まで飲んだものとは格段に違うわ」
「そうだった、冷めないうちに…………ん、おいしいねコレ!」
バラの香りと甘酸っぱさを同時に楽しめるし、添えられた砂糖菓子を口にすると相乗効果でいっそう美味しさが際立つ。
こんなにリフレッシュできるんだから、値段にも納得。
「ねぇラドくん。もう一杯頼んでいいかな、ケーキセットで」
幸せそうなレナを見てダメなんて言えない。笑顔になるなら安いもの。
そして気付けば、窓の外は夕焼けで赤く染まっていた。




