繋屋 墜としの眞鍋
ハードボイルドのつもり(笑)
手に持ったアンドロイド携帯端末に目を通して時間を確認すると、ネットニュースに号外速報が出ている。振込詐欺グループ検挙、背景に大規模犯罪組織の関与を捜査。そんな文言に笑ってしまう。
「ヤクザがバックにいるのが当たり前だと思ってんのかね」
オレオレ詐欺が登場して以降、特殊詐欺を含めた年間の詐欺被害は10倍以上になっている。知能犯である詐欺はオレオレ詐欺登場以前、年間数億から数十億といったところだったが、今や特殊詐欺の被害は年間200から300億と言われている。組織犯罪化しているのは事実だが、それはヤクザが全て絡んでるんじゃない、この業界には多くの「一般人」が増えたのだ、それを取り纏めているのも、反グレ化した「元一般人」だったりする。
6月初旬、梅雨入り前のじめじめした空気を鬱陶しく思いながら、都内の良くあるチェーンの居酒屋に俺は入って行った。
眞鍋幸太郎、今年で32になる俺はある業界で繋屋とか墜としの眞鍋なんて呼ばれている。SNSでフットサルの仲間を集めて、今日は初顔合わせのオフ会だ。
カジュアルではあるが、歳相応に落ち着きのあるジャケットにスキニーパンツ、首元に細めのプラチナのネックレスをして派手にならない程度の装飾をする。
受付で名前を告げて通された部屋にはすでに数人の男女がいる。仕事仲間の姫野由実を見かけて軽く声をかける。
「あっ、もしかして真壁さんですか、武下信次です」
声をかけてきたのはこの会を一緒に企画した人物の武下信次という男だ。実際に会うのは今日が初めてだがお互いにSNSでのやり取りで顔は見知っている。そして、今日の俺は真壁慎太郎28歳だ。
「あー、はじめましてですね。そうです真壁です。初めてって言うのは変な感じがしますが」
苦笑いしながら答えると、武下もそうですねと笑いながら応じてきた。一応同い年と言うことになっている彼はネット上で見ていた時より若く感じる。185センチある自分より、やや小さいくらいの長身ですらっとしていて、目の大きな童顔に長めの髪を柔らかくセットして、ごく自然に爽やかな若者といった印象だ。
都内の保険会社に勤めている28歳で独身、趣味も幅広く投資関連にも興味がある。
獲物を物色していた俺がSNS上でフットサルチームを募集している彼のアカウントを見つけたのは1ヶ月ほど前のことで姫野に知らせて、あくまでも他人の振りで二人して時期をずらして加入希望を出した。
オフ会は盛り上がって、数人で二次会にも行った。武下と仲良くなり、あれこれと聞く。正直、彼のことは調査済みなのだが、そうとわからないように然り気無くあれこれと聞いては相談に乗る体で話をする。
「じゃあ、武くんは今は恋人募集中なんだ」
二次会にやって来たカラオケでそれとなく聞くと、やや食い気味に酔った彼は答える。
「そーなんですよ、婚活とかしてても中々うまく行かなくて」
それは彼のSNSなどを見て知っている、そこで語った好みや条件も全て把握済みだ、この話題をふった瞬間に姫野を見たので上手くかかったようだ、姫野にハンドサインを送る。
「親からも結婚しろって言われてるんすよねー、その前に彼女がいねーんだよって話なのに」
そう愚痴った武下に姫野が話しかける。今日のこいつは板野真美、25歳(実際は28)だ。
姫野は個人で経営しているアパレル関連のネット販売を手掛けるオンラインビジネスの経営者なんだが、彼女の持つ複数のペーパーカンパニーの一つで働く新人を装っている。
「えー、武下さん彼女いないんですか、なら立候補しちゃおうかな」
「真美さんでしたっけ、そんな風にからかわないで下さいよー」
冗談を言われた体でスルーしているが満更でもない顔だ。当たり前で姫野はあらかじめ伝えた武下の好みに合わせてメイク、髪型、コーディネートを揃え、喋り方から趣味まで徹底してキャラを作って来ている。
元々、クラスにいる3番手くらいに可愛い子って感じの奴でメイクを使って凄い美人にも、何と無く可愛いけど野暮ったい感じにも変幻自在に化ける。
「もー、からかってませんよー」
この辺りだろう、俺は割って入っていく。
「板野さんだっけ、来週の練習は来れるの」
武下がフットサルチーム募集をしたさい、当初は練習場所が確保されていなかった。俺は数人に声をかけてチーム名簿に入ってもらい、顧客の一人の伝を使って公立小学校の体育館を毎週水曜日の夕方から借りる契約を結んだ。
「もちろん行きますよー」
そう姫野が言ったのを聞いて、嬉しそうに笑っている武下を見て、ひとまずは成功だと安堵する。姫野は経験豊富な赤詐欺、結婚詐欺師だ、上手いこと型に嵌めてくれるだろう。ここまで段取りはつけてやったし、存分に切り取って欲しい。でないと俺の仕事が出来ない。
梅雨が明けて本格的に暑くなりはじめる頃には武下は姫野の毒牙にどっぷり嵌まっていた。赤詐欺師らしく姫野は「好き、愛してる、結婚しよう」と言った直接的なことは言わない、ただ、この前のように「一緒にいたい、奥さんになる人は幸せだね、一緒にいると面白い」と言った少し回りくどい言い方で誤解させていく。
積極的に貢がせたりもしないかわりにそれとなく高額な趣味へと引きずりこむ。今は相手に知識が無いことを良いことにバンドTシャツなどのヴィンテージのついたTシャツを購入するよう仕組んでいる。
同じ年代で発売されていて高額がついているもので販売数量の違いから相場の価格に開きがあるものを「お買い得だよ」と勧めている。
ロットの違いやエラー品、カラーの違いで人気に差があるなど、詳しくないとわからない部分を中途半端な知識をつけさせて買わせている。あくまでも、彼女の趣味に理解があり、投資に興味を持ってる武下が自分の意思で買っている、そう誘導出来るところがあいつの凄さだ。枝葉のペーパーカンパニーの一つで商品をやり取りしているが、何時でも切り捨てることができる。取引会社も「板野真美」という人物もある日突然いなくなることだろう。
さて、武下との関係も上手く行っている最中、俺は武下を呼び出した。姫野が仕上げにかかっているようなので俺もお仕事だ。
個室のある居酒屋でさし呑みしようと持ちかけに応じてくれた武下と呑む。
「真壁さんって巧いっすよね。昔からサッカーとかやってたんですか」
「えー、まあスポーツは好きなんであれこれやってますね。そういう武くんも巧いじゃない」
「まあ、そこそこには」
あたりさわりない話題で盛り上がり、それとなく姫野の話題を出す。あいつが仕事で損金を出してしまい困っているというのをフットサル仲間の女性から聞いている筈だ。別にこの女性は俺たちの仲間じゃない。正義感が強く思い遣りがあるタイプの女性に目を着けて姫野にそれとなく「使える」と話しただけだ。
姫野は自分が仕事でミスをして会社に損害を与えてしまったことを仲良くなったこの女性に「つい」ぼやいてしまう。この女性は善意から付き合っていると噂になっている武下に、そのことを報告して力になってあげたらと話してしまう。
そして、仕上げが俺だ。
「保険会社に勤めてるんだったよね、俺は健康器具なんかの販売してるからさ、保険会社の顧客データとかってあると営業しやすいんだよね」
「えっ、いやさすがに外部には出せないよ」
明らかな違法行為にたじろぐがここは想定内。
「別にバレなきゃ問題無いって俺も悪いことに使う訳じゃなくて、あくまでも健康器具や福祉関連のサービスなんかの提供にそれが必要な人のデータが欲しいだけだし」
でもなー、なんて言っている。俺を全うな人間だと思っているからこそ、犯罪行為の誘いとは思えないが、かといってバレたら首ものだ。それは迷うだろうが迷う時点でカモだ。
「ただとは言わないさ、名簿の一人につき1万、載っているデータの情報如何で2万までは払うよ。俺は優良なデータが得られる、顧客は必要な器具やサービスを俺から安く紹介してもらえる。武くんは板野さんにプレゼントの一つも買ってあげれる、winwinだろ」
一瞬、マミと呟いた武下に確信する。
武下から連絡があり、受け取ったUSBには200を超える詳細な顧客データがあった。住所氏名年齢に過去から現在にいたる病歴、家族構成などと、流石に保険会社と言える内容だ。
「この内容なら2万でも安いね、多少は色をつけたから」
そういって現金で500万ほどを渡す。
「本当にいいの、なんかこんなに貰ったら」
多額の現金に急に罪悪感が湧いたんだろう。だが受け取って貰う、どうせ殆ど姫野に回るし、受け取ったら最後、彼はリークすることは出来なくなるんだから。
姫野がやって来た。暫くしたら東京を離れるらしい、武下からは無言で500万を渡されたらしい、なんのお金って聞いた姫野に「困ってるなら、それ使って」と言ったそうで、中々に男じゃないか。
「ありがとねー、眞鍋さん、いい人紹介してくれて」
「ちゃんと手数料は貰ってるから問題ないよ」
一応は介護福祉関連の会社となっている俺のオフィスで姫野は楽しそうに武下との顛末を話している。
「名簿は売れた」
姫野が思い出したように聞いてくる。
「名簿屋数人に声をかけてな、まあ儲けさせて貰ったよ」
さっすがだねーと楽しそうに笑った姫野はじゃあまたお願いねーと去って行った。
武下はフラれた傷心でフットサルチームに顔を出さなくなったが、俺とは交流を続けている。結局のところ、損した分も殆どは俺から入った金だ、姫野は事情があって田舎に帰らなくてはならなくなった事になっているし、武下としても騙されたとは思いたくはないだろう。取られた金も大半が違法なものでは訴えるのも難しいだろうしな。
彼は半分こっち側に来た。折りをみて金に困った時でも話をふればまた手伝ってくれるだろうし、ヤバくなれば切ればいい。
俺はある業界では繋屋なんて呼ばれている、または堕としの眞鍋と。
一般人を嵌めてはこちらに堕として繋いでいく。
善良な市民を犯罪者にしては利鞘を稼ぐ。
表向きはいくつかの会社の社長、福祉事業や介護事業、造園に不動産。どれも全うな会社だ。共同経営者は完全に表の人物だったりもする。
そこでの俺は仕事のできる経営者だ。
俺は半グレでもヤクザでも無いが、俺の仕事は多くの特殊詐欺に利用されているだろう。
表と裏を繋ぐ俺を、侮蔑交じりに呼ぶわけだ。案外と気に入ってるがな。
姫野が向かう県にいる知り合いに連絡をつける。
ちょいと稼ぎ過ぎのアイツは便利だが少し大人しくしてもらおう。
営業先の老人と話す。
「真島さんは本当に親切で、娘の婿にならんかい」
そんな言葉に思わず笑ってしまう。
よかったら感想ください。
初チャレンジな感じの作品なのでm(_ _)m