4話『非日常の終わり』
クラリスは何にでも興味を示した。
常にキラキラ目を輝かせて、「あれはなんですの?」と尋ねてくる。
話し方といい、世間知らずなところといい、まるで初めて外の世界を見た人間みたいな反応である。
「クラリスはここに引っ越してきたばかりなのか?」
俺の言葉にクラリスは少し困った様に笑い――
「――まぁ、そんなところですわ」
なんとも曖昧な返答である。
たしかに俺も他所の事情はよくわからない。
まぁ、聞いてほしくはないこともあるよな、なんてことを考えていると――。
「――あの透明なお花は何かしら? ガラスみたいに綺麗……!」
「……あの花? ――ああ、あれは水飴だよ」
本日何度目かの不思議な質問に、今更俺は驚いたりはしない。
花の形をしているが食べ物、言われてみればこれはすごいことかもしれない。
職人芸ってやつらしいが、俺にはスゲー技術だということくらいしかわからない。
「水飴? ――ということは、飴ですの!?」
わー、きゃーと目をキラキラと星の様に目を輝かせて水飴を見るクラリス。
興味があることは側から見れば丸わかりだ。
俺はポケットから財布を取り出す。
あれくらいなら俺の小遣いで買えると踏んで。
「お爺さん、これ二つ頂戴!」
「はいよ、デートかい? 可愛らしい女の子だねぇ」
「ちっ、違うよ!」
「一本オマケしとくよ! がんばりな!」
ったく、一体何をがんばれというのだろうか。
ニヤニヤ笑みを浮かべた店主を無視して、俺はクラリスに片方の水飴を手渡した。
なんで大人ってのは男と女がいるだけで余計な勘繰りをするのかねえ……。
「頂いてもよろしいのですか?」
「気にすんな、友だちだろ?」
「友だち……ですか?」
不思議そうな顔を浮かべるクラリス。
もしかして嫌だったのか?
断られたらどう言われたらどうしよう? そんな不安が俺の脳裏を掠める。
普段ならそんなことは考えないのに、今日の俺は思ったよりも疲れているのだろうか?
なんて考えが頭をよぎるが、そんな心配は無用だったらしい。
「喜んでお受けします! ジークさんは私の生まれて初めての私の友だちですわ!」
クラリスは笑うが、俺は複雑な気持ちを抱く。
生まれて初めての友だち。
嬉しいけど……その響きはなんだかちょっと寂しく感じてしまう。
つまり、クラリスには仲の良い誰かがいないということになるからだ。
そして、友だちと宣言されたことに対して、俺は言葉にできない不満を覚えた。
それが何なのかは上手く言葉には言い表せないけど……。
◆
「……もう帰るのか?」
「ええ、家の者が心配するといけませんので……」
帰るにしては随分早い時間だが、それは俺にとっての基準だ。
まぁ、家庭によって事情があるから仕方がない。
本当はもっと一緒にいたいけど、それは俺のわがままというやつだ。
何よりも、クラリスを困らせることはしたくはない。
そんなことを考えていると、クラリスは不安そうに俺を見て言う。
「……また会えますよね?」
「当たり前じゃん。今度会う時はクラリスの方から声をかけてくれよな!」
「はい、その際は是非よろしくお願いします!」
パァーッと目に見えて明るくなるクラリスを見て、俺は少し安心した。
それは、彼女も俺と一緒にいる時間を楽しんでくれたことがわかったからだ。
人が笑ってくれるのは嬉しいけど、俺は何故かクラリスにはより強くそう思ってしまうのだった。