3話『非日常』
「もうこんな時間か、まったく……」
予想通り父の剣術指導は白熱していき、気づいたらもう午後である。
稽古の後は身体中汗がべっとりしているため、入念に身体の汚れを落とすのが俺の日課だ。
「俺が子どもの頃はそんな些細なことなんて気にしなかったぞ!」と言う父さんだが、それを初めて聞いた俺はドン引きしたのを覚えている。
綺麗好きはきっと母さん譲りなのだろう。いや、そもそも父さんがガサツなだけな気もするが……。
まぁそんなこんなで遊ぶ時間が減ったことに不満を抱きながら、俺はいつもの広場へ到着して辺りを見渡す。
辺りは絶景の一言に尽きる。
木々には赤やピンクの暖かい色が付いて、それを上品に引き立てる花々もまた、穏やかながら決して脇役ではない。
鼻を突く甘酸っぱい香りは、春の訪れを指し示している。
思えばこうやって景色をまじまじと眺めたことはないかもしれない。
花より団子な俺ではあるが、今の季節を綺麗に思う感性くらいはしっかりと持ち合わせている。
偶にはこうやってのんびり過ごすのも悪くはないな、なんて思っていると――。
「……ん?」
広場に見慣れない姿が一つあるのに気づく。
ここにいる顔ぶれは概ね把握しているつもりだ。
だけど、あの女の子は知らない。
背丈から察するに、俺と同い年くらいか。
輪に入れず、ただ周りの子たちを木陰から観察するように眺めている。
金色の髪は風に揺られ、そんな姿はなんだか寂しそうに感じた。
「そんなところで何してるの?」
女の子の体がピクリと跳ね、元より沈んでいた視線は更に下へと向かう。
声をかけられると思っていなかったからの反応だろう。
たしかに俺も知らない土地の、知らない誰かに話しかけられたら怖いと思う。
だったら、必殺技を使うか!
俺はにんまりと満面の笑みを蓄える。
自慢じゃないけど巷では可愛いと評判の顔だ。
楽しそうにしてると皆が寄ってくるし、周りもなんだか和やかになる。
それに、笑うと母さんそっくりだという父さんの嬉しそうな顔が嫌いじゃない。
……剣術の稽古が厳しい時は絶対に笑ってやらないけど。
そんな俺の様子に安心したのか、少女はゆっくりと顔を上げた。
吸い込まれそうなくらい綺麗な藍色の瞳に、幼いながら可愛らしい顔立ちの少女だ。
思わず見惚れてしまっている自分に気づき、すぐに我に帰る。
剣術の練習が長かったから疲れているのかな、そんな風に考えながら俺は少女に問う。
「俺、ジークって言うんだ。君は?」
少女は一瞬だけ戸惑いを見せたが、すぐに花開いたように笑う。
「クラリスと申します」
胸がざわつく。こんな気持ちは今まで感じたことはない。
ただ、クラリスとはどこかで出会ったことがあるのは、果たして俺の気のせいだろうか?