2話『日常』
……また同じ夢、飽きるほど見た最低最悪の悪夢だ。
その夢はいつも女の人が殺されるという胸糞の悪い結末で終わる。
そんな定期的に見るクソったれな夢は、俺に何かを伝えようとしている気がする。
だけど、それが何なのかは俺にはわからない。
◆
「――どうした、ジーク? 浮かない顔して?」
朝食に手を付けず、夜中に見た夢を考える俺に、父――ノーム・バトラスが肉食獣じみた笑みを浮かべながら問いかける。
俺と同じ銀色の髪は陽光に照らされて今は白くも見える。
そんな父さんを一言で表すなら脳筋。力こそ正義を地で行くような人間だ。
そして、その腕一つで王の近衛隊に選ばれた、平民上がりの優秀な騎士でもある。
夢の中に出てきた剣士とは大違いだな、なんて事を考えながら、俺はそんな父さんに心配かけまいと努めて明るく答える。
「なんでもないよ!」
そう言い、俺は朝食を胃袋に収める。
実際にただの夢の出来事だ。相談したところで解決することではない。
何となくこの国に似ているような気がしたが、夢に現実の世界の出来事が反映されるなんてよくあることだ。
ここを生命力溢れる国だとするなら、夢の世界はスケルトンやゾンビが支配する死者の国と言ったところだろうか。
まるで対極、似ても似つかない世界である。
それに、有りもしない夢の世界のことを気にしていても意味なんてない。
そんな事を考えながら俺は朝食を食べ終えると、タイミングを見計らったかのように父さんは椅子から立ち上がり言う。
「じゃあ、そろそろ朝の稽古を始めるぞ!」
ニカっと白い歯を覗かせて父さんは肉食獣的な笑みを浮かべる。
そんな父さんの様子は今日の朝稽古が辛いものになる事を予感させるには十分だった。
俺は父さんとは真逆の苦虫を噛み潰したような顔を浮かべながら、面倒気に言う。
「えー……もっと後にしようよ」
「悩みがあるなら、鍛えれば良い! 強くなればどんな悩みも吹き飛ぶぞ!」
どうせ悩みがあろうがなかろうが、剣術の指導が始まるのは確定事項なのだが……。
そう、俺は父さんから剣術を習っている。
この国は基本的に平和だけど、人の生活圏を離れたらモンスターがいる。
それらの脅威に対して最低限自衛の力は持っておくべきかもしれないが、だからと言って、俺にはそこまで剣に打ち込む情熱なんてありはしない。
要は困らない力さえあればそれで良しとする考え方だ。父さんみたいな最強の剣士になることに対して、これっぽっちも憧れなんてない。
何よりも騎士である父さんの指導はかなり厳しいし、冬でも汗まみれになるからできればやりたくないのが本音である。
そんなやる気の無い俺を無視して、父さんは言う。
「男たる者。いざという時のために、大切な人を守る力は必要だ! ジークも後悔しないためにも強くならないといけないぞ!」
そう言い終えた後、がははと笑う。
そんな父さんを見て、これ以上何を言っても無駄だと悟った俺は抵抗を諦めることにした。
それに、何やかんや言いながらも、父さんの気持ちをあまり無碍にはしたくもない。
この剣術の稽古が始まったのは、母さんが流行り病で亡くなってからだ。
父さんなりに俺を想ってのことだということくらいはわかる。
だからこそ、不満は述べるが最後にはいつも従う。俺の要望も付け足しながら。
「……わかったよ。だけど午後までだからな!」
そんな俺の言葉に父さんは了承の意を示すが、どこまで信じていいのやら。
にしても、大切な人か……。
父さんのその言葉が引っかかり、夢に出てきた女性を思い浮かべる。
黒い甲冑の剣士に殺されるその姿は、夢とは言え気分が良いものではない。
大切な人かどうかはわからないが、可哀想に思う気持ちくらいはある。
……あの女の人を助けられたら良いのにな。
そんなことを考えながら、俺は稽古支度を始めた。