第七章其の壱拾壱 笑顔
健一の前に姿を現したジュエルは、腕のジュエルブレスから、蒼く輝く魔石を取り外した。
それと同時に、彼の纏う装甲がボロボロと剥がれ始める。
そして、完全に装甲は解除され――、その後には、髪を丁寧に撫でつけ、まばらな顎髭を蓄えた男が立っていた。
健一は、血の気が引いた顔面を僅かに引き攣らせながら、その名を呼ぶ。
「――サトル……」
「おいおい、どうしたんだい、健一くん? そんな怯えた顔をして……」
その男――牛島聡は、顔に穏やかな微笑みを貼りつけながら、ゆっくりと健一の方へと歩みを進める。
ビクリと、健一の身体が震えた。
「と――止まって! そのまま……そのまま動かないで!」
無意識に、悲鳴にも近い叫びが彼の口から漏れる。牛島が現れる寸前に感じた畏怖、そして恐怖をまざまざと思い出したのだ。
健一は、なおも近付いてくる聡から少しでも距離を取ろうと、身体を動かしたが、
「いッ――痛っ!」
途端にテラに砕かれた右肩が激しく痛み、健一は思わず呻き声を上げた。
彼の様子をじっと見ていた牛島は、訝しげに眉を顰める。
「……どうしたんだい、その肩? 痛むのかい?」
「ひ……こ、来ないでっ!」
健一は、必死で拒絶の意思を見せるが、牛島は意にも介さぬ様子で大股で彼に近付き、その右肩をむんずと掴んだ。
「い――痛いィッ!」
同時に走った激痛に、健一は思わず悲鳴を上げる。
「……」
だが、牛島は涙目で喚く健一自身にはさしたる関心も払わず、ひたすら彼の右肩に注目していた。グルグルと肩を回したり、無理矢理伸ばしてみたりして、健一の肩の具合がどうなのかをチェックし続ける。
「やれやれ……」
一通り調べ終わったのか、牛島はようやく健一の肩から手を放した。そして、僅かに顔を顰めながら、健一の顔をじっと見据える。
そんな牛島の表情に、健一は内心でひどく怯えながらも、表面では強がってみせて、牛島の顔を鋭い目で見上げた。
「な……何だよ? 何か言いたい事でもあるのかい?」
「いや……」
牛島は、健一の剣幕に苦笑を浮かべながら、軽く首を左右に振る。
「これまた、手酷くやられたなぁと思ってね」
「……うるさいな」
歯に衣着せぬ牛島の物言いに、ムッとして頬を膨らませる健一。
――と、牛島の目が、十数メートル先で地面に突き立っている大剣に留まる。
「あれって……Z2カリバーなんじゃないのかい?」
「へぇ……知ってるんだ」
「そりゃあね……」
牛島は軽く頷きながら、突き立ったZ2カリバーの方へ足を運んだ。
そして、その柄を軽く握りながら、懐かしそうな表情を浮かべる。
「リアルタイムの放送は覚えてないけど、夏休みになる度にテレビで再放送してたからね。『アームドファイターZ2』は、私にも思い入れがある番組だったんだよ」
「……そうなんだ」
牛島の言葉に、興味なさげな様子で軽く頷く健一。
そんな彼に背を向けたまま、牛島は更に問いを重ねる。
「……でも、アームドファイターZ2の強化武器であるはずのZ2カリバーが、何でこんなところに突き立っているんだい? ――だって君は、いざという時の為に“光る板”を温存していたんじゃなかったっけ?」
「……いざという時だったんだよ、さっきは」
健一は、もう一度頬を膨らませると、不承不承といった様子で答えた。
牛島は、「ふーん……」と興味なさげに鼻を鳴らすと、両手で柄を掴んで一気にZ2カリバーを引っ張り上げようとする――が、この大剣はあまりにも重く、大人の牛島の膂力を以てしてもびくとも動かなかった。
牛島は、Z2カリバーの柄から手を放すと、ニッコリと笑った。
「実はね、Z2のテレビ放送を観ていた時から、一度本物のZ2カリバーを持ってみたいと思っていたんだよ。こんな所で、その夢が叶うとは思ってもみなかったよ」
「……そりゃ良かったね」
「でも、思っていた以上に重いね、コレは。まあ、刀身にロケットブースターを三基も積んでいるんだから当たり前だが……。こんな物を軽々と振り回せたZ2の装甲性能は凄いんだね」
「……そうだね」
まるで子供のような無邪気な表情で嬉しそうに捲し立てる牛島に、そっけなく相槌を打つ健一。――だが、今までの付き合いを経て、彼の言葉を額面通りに受け取ってはいけない事は、健一には良く分かっていた。
だから、彼は警戒を怠らず、牛島の事を睨み続ける。
――と、牛島の表情が一変した。
「……ところで」
「――っ!」
その口から紡がれた言葉の響きは、怖気を感じるほどに冷たかった。それを敏感に感じ取った健一は、背中が粟立つのを感じながら、懸命に平静を装う。
「な……何だい、サトル――?」
「テラ……疾風くんの死体はどこだい?」
「……っ!」
牛島の問いかけに、健一は言葉を詰まらせた。
そんな彼の様子には気付かず――あるいは気付かないフリをしているのか、牛島はゆっくりと周囲を見回しながら、言葉を続ける。
「――この戦いの痕跡や、君が温存していたZ2カリバーを使わなければならない状況、そして、君の肩の状態……。いかに健一くんと疾風くんの戦いが激しかったのかは、見ていなくても分かるよ」
「……」
「疾風くんの死体の状態も見て、Z2カリバーの威力がどれ程のものなのか確認したいのだけれど。……どうやら、彼の死体が見当たらないようだねえ」
「し……」
穏やかな笑みをたたえる牛島から、紙のように白くなった顔と視線を逸らす健一。
――怖ろしかった。
笑みを浮かべる顔とは裏腹に、氷よりも冷たい光が宿している牛島の瞳が……心底怖ろしかった。
口の中で歯がカチカチと音を立てるのを何とか止めようと左手で顎を押さえつけながら、健一は擦れ声で答えた。
「……死体は……無い……よ……」
「……無い?」
懸命に絞り出した答えを、鸚鵡返しで返され、健一の心臓は跳ね上がる。
彼は、ぎこちなく頭を上下に振って、震え声で言葉を継いだ。
「死体は……無い。だ……だって、し、死んでない……から……」
「――死んでない? 疾風くんが、かい?」
「…………うん」
念を押すように繰り返す牛島を前に、泣きそうな顔で健一は頷く。
それを冷ややかに見下ろす牛島は、「……ふぅん」と鼻を鳴らすと、もう一度周囲の情景を見回した。
そして、呟くように言葉を漏らす。
「なるほどね。――君は、虎の子のZ2カリバーまで使っておきながら、疾風くんに手も無くやられてしまったって訳かい。肩に、そんな再起不能の重傷まで負わされて……」
「そ……それは――っ」
牛島の言葉に反論しようと声を荒げかけた健一だったが、彼を見下す牛島の眼に言い知れぬ恐怖を抱き、まるで時を止められたかのように硬直する。
「――健一くん」
冷ややかな目をしたまま、牛島は静かに健一の名を呼んだ。だが、健一はあまりの恐怖に声も出せない。
と――、
牛島は、そんな健一に笑顔を見せた。
それは、見た者全てを氷漬けにしてしまいそうな、酷薄で冷徹で薄情な笑顔だった。
……そして、静かに言う。
「まったく……使えないクソガキだね、君は」




