第七章其の捌 疑惑
「これが……健一の……」
薫は、うわ言の様に呟くと、目の前に転がった“光る板”を、震える手で取り上げた。
“光る板”は、主の身に起きた悲劇も知らぬ気で、キラキラと眩い光を放っている。
「健一……ぃッ!」
薫は、声を震わせながら叫ぶと、“光る板”を胸に押し抱いた。
そんな薫の様子を、冷ややかな顔で見下ろしていた牛島は、手元に残った2枚の板を懐に仕舞いながら、独り言のように言った。
「――健一くんのZ2は、Zバックルひとつで“武装”できたし、私たちのように、複数の装甲フォームを持っていないアームドファイターだったからね。空のまま持ち歩いていたもう一枚の“光る板”が、それって訳だ」
「……」
「テラと戦っている内に、Z2の力だけでは勝てないと判断したんだろうね。だから、奥の手として温存していた、もう一枚の“光る板”を、Z2の追加武器であるZ2カリバーへと変えた……」
(……っ?)
嗚咽を漏らしながら牛島の声を聴いていた薫は、ふと、その言葉に違和感を覚える。
(……何だ? 何か……おかしくないか?)
彼は、ぐじゃぐじゃに乱れた心を苦労して落ち着かせながら、その違和感の正体が何なのかを突き止めようと、脳細胞をフル回転させ始めた。
そんな薫の様子にも気付かぬ様子で、牛島は言葉を続けている。
「健一くんのZ2は、二十世紀ファイターの中でも、なかなかの戦闘力を誇るアームドファイターだったと思うんだけどね……。そんな彼を、奥の手を出させるところまで追い込み、その上に見事勝利を収めた疾風くん――装甲戦士テラの戦闘力も、侮れないレベルだという事かな?」
「……オッサン」
どこか楽しげにすら感じる表情で言葉を重ねる牛島に、薫は低い声で呼んだ。
呼ばれた牛島は、「ん? 何だい?」と、気安い様子で訊き返す。
その屈託の無い表情に、何故か背中に寒気を感じながらも、薫は牛島の目をキッと睨みつけながら、静かに問いかける。
「……アンタ、悲しくねえのかよ? 確かにコイツは、クソ生意気な口ばっかり叩く、いけ好かねえクソガキだったけどよ……。それでも、長い間同じ釜の飯を食った――仲間だろ? なのに、何でそんなに涼しい顔で――!」
「ああ、そんな事か」
「――ッ! そ、そんな事だと……ッ?」
「まあまあ、落ち着きたまえ、薫くん」
片手を軽く挙げて激昂する薫を制した牛島は、フッと表情を曇らせ、地面に横たわったままの健一の亡骸を一瞥した。
「私も、心底悲しいと思っているよ。彼の――アームドファイターZ2は、立派な戦力だったからね。我々オチビトの戦力ダウンは避けられない。……実に残念だ」
「せ……『戦力』って……! そ、そういう話じゃねえだろう! 健一は、オレ達の仲間で――」
牛島が吐いたドライな答えに目を剥いて声を荒げる薫だったが、彼を冷ややかに見下ろす牛島の目を見た瞬間、その身体と声帯は凍りついたように動かなくなった。
「……チッ!」
牛島の眼光にすっかり気圧されてしまった薫は、カチカチと小刻みに鳴る奥歯をギリリと噛み締めると、せめてもの抵抗で舌打ちをした。
そんな薫に、牛島はやや表情を和らげて言った。
「よし……じゃあ、帰ろうか、薫くん」
「……は?」
牛島の一言に、薫の眦は再び吊り上がる。
「お……オッサン! な、何を言ってんだよ! ここまで……ここまで来て、おめおめと帰ろうなんて……! だって、オレ達の目的は――!」
「――『石棺の破壊』だったね」
「ッ!」
薫の発言を先取りした牛島は、してやったりとばかりに口の端を上げると、首を横に振った。
「――それは、もういいよ。どのみち、今の状態では石棺を破壊するまでには至れない――それはハッキリしているから」
「な……何で分かるんだよ、そんな事が!」
「見てきたからだよ、私が」
「な――ッ?」
牛島の言葉に、愕然とする薫。
「み……見てきたって……いつの間に……だよ?」
「そりゃもちろん、街の外で、君たちが派手に暴れている間に、さ」
牛島は、柔らかな笑みを浮かべながら言葉を継いだ。
「猫獣人たちと疾風くんの意識が君たちの方へと向けられたおかげで王宮の警備が手薄になったから、随分と助かったよ。……私のアクアブルーエディションの“液状化”スキルも、決して万能ではないからね」
「じゃ……じゃあ、まるでオレ達が囮だったみてえじゃねえかよ……」
「“みたい”じゃないよ」
そう言うと牛島は、酷く冷たい笑みを湛えた。
「正真正銘の囮だったんだよ。君は気付きもしなかったんだろうけどね」
「――てめ……ッ!」
「まあ、いいじゃないか。石棺の在処を確認するついでに、猫獣人に奪われていたシーフとガジェットの“光る板”を回収できた。まあ……もっとも、ガジェットのもう一枚はテラの手に渡ってしまったようだけどね。――それでも、作戦の所期目的は達成したと考えるべきだ」
「……でも、石棺は――」
「帰るよ、薫くん」
「ウ――ッ!」
なおも抗弁しようとした薫だったが、静かながらも圧倒的な圧の籠もった牛島の声に、思わず言葉を呑んだ。
「……分かった」
彼は唇を噛みながら、微かに頷く。そして、無言で立ち上がると牛島の横を素通りし、横たわる健一の亡骸を担ぎ上げる。
それを見た牛島が眉を顰めた。
「おいおい、その死体を持って帰るのかい? ここに埋めていった方がいいんじゃないかい? 子供の身体とはいえ、余計な荷物になるだけ――」
「――うるせえ。オレが担いでいくんだからいいだろうが。……これ以上、健一に対してふざけた事を抜かしたら、マジで容赦しねえぞ、コラ」
「おお、怖い怖い……まあ、いいけどね」
鋭い目で薫に睨みつけられた牛島は、お道化た態度で肩を竦め、軽く頷く。
その、牛島の舐め切った態度に、薫は激しい怒りを覚えつつ、踵を返した。
そして、キヤフェの城壁に背を向けて歩き出そうとしたが――つと、足を止める。
「……なあ、オッサン……」
「ん? 何だい?」
首を傾げる牛島を背中越しに見ながら、薫はある質問をぶつけた。
「……ひとつ訊きたいんだけどよ。……ここでオッサンが健一を見つけた時……生きていたのか?」
「……いや」
薫の問いに、牛島は即座に首を横に振る。
「……私がここに来た時には、既に健一くんは死んでいたよ。傷が深くて、手の施しようも無かった。……残念ながらね」
「……だったら!」
薫は声を荒げると、手に持った“光る板”を牛島に向けて突きつけた。
「だったら……何でアンタは、この“光る板”が、Z2カリバーになっていた事を知っているんだよ! アンタが見つけた時点で、既に健一が死んでいたら、もうコイツは、元の“光る板”に戻っていたはずだ! おかしいだろ、オイ!」
「……」
薫の詰問に、牛島は答えなかった。ただ、穏やかな微笑を顔に貼りつけたまま、じっと薫の顔を見つめている。
牛島の不気味な沈黙に、薫は思わず怯みかけるが、勇気を振り絞って言葉を続けた。
「だ……だったら、考えられる事はひとつしか無えぞ、オッサン!」
「……」
「あ……アンタが、ここに来た時点で、まだ健一は生きていて、Z2カリバーもそのままだったんだ! ……もしかすると、健一を殺したのは、テラの野郎や猫獣人なんかじゃなくて――」
「薫くん」
その瞬間、沈黙を保っていた牛島が口を開く。その、有無を言わせぬ響きを含んだ声に、薫は心臓を鷲掴みにされたような錯覚を覚えた。
――そして、次いで吐き出された言葉に、薫は戦慄する。
「薫くん、それ以上は言わない方が良いよ。……私も、これ以上戦力を削りたくは無いからね」
「――ッ!」
薫は、全てを悟った。
(コイツは、嘘をついている)
だが、それを隠そうとはしていない。いや、それどころか、様々なヒントを言葉の端々に散りばめ、薫を真実の答えへと導こうとすらしている事を。
――健一の“光る板”が、Z2カリバーに姿を変えていた事実を、牛島が知っている事。
――牛島が見せてきた、“光る板”の枚数。
それを元に考えると、ひとつの結論が導き出される。そして、恐らくその結論は、正しい……。
……そして、
牛島は、薫がその結論に至って、それからどういう反応を見せるのかを、注意深く観察しているのだ。
――つまり、
今、薫は試されている。
牛島の考えに沿った反応を示せば良し。……だが、もしも間違った選択をしてしまったら――。
「……」
薫は、顔色を蒼白にして、ゴクリと唾を呑んだ。結論を舌に載せるべきか否か――薫は思考を巡らせる。
そして――、
「…………いや、何でもない」
彼は、沈黙を選んだ。唇を真一文字に引き締めると、クルリと牛島に背を向け、結界の方に向かって重い足取りで歩き始める――。
その背中を見て――牛島の口元が綻んだ。
そして彼は、牛島に聞こえないように、満足げに呟く。
「合格だよ、薫くん。それでいい――」




