第七章其の漆 救命
「――健一ッ!」
ツールズは、左手の甲に嵌っていたツールズサムターンを引き千切る様にして外すと、装甲が解かれる間も惜しんで、クレーターの窪みの傾斜を転がるように滑り降りる。
「おい、健一! しっかりしろ! オイッ!」
そう半狂乱で叫びながら、ツールズ――薫は傾斜を降り切り、脚を縺れさせながら、横たわる健一の傍らに駆け寄った。
薫は、目を固く閉じてピクリとも動かない健一の真っ白な顔を見て最悪の事態を予感するが、頭をブンブンと振ってその不吉な想像を追い出すと、健一の頬をペチペチと叩きながら必死で呼びかける。
「おいテメエ! 何時まで寝てるんだよ! 早く返事しろ! ……返事してくれ、健い――ッ!」
終いには懇願にも近い思いで、彼を揺り起こそうとするが――それでも健一は目を開かない。
――その時、
「――薫くん。無駄だよ」
ゾッとするほどに落ち着いた牛島の声が、彼を止めた。
「健一くんは、もう手遅れだ。死んでるよ」
「は……? な、何を……何を言ってるんだ、旦那……?」
牛島の言葉に、薫は愕然とした表情を浮かべ、横に立っている牛島の顔を見上げた。
そんな彼を見下ろす牛島の顔は――平静そのものだった。……いや、むしろ、酷薄と言う方が相応しいと感じる程の――。
その冷たい目を見た瞬間、薫の胸に憤怒の炎が渦巻いた。
「ふ――ざけんな! 旦那ァッ、いくら冗談でも、言って良い事と悪い事があるんだよ! け……健一が……アームドファイターZ2が、そんなにあっさりと死ぬわけがねえだろうが!」
「……仲の良かった仲間が死んで、現実逃避したい気持ちは解るけどね。少し心を落ち着かせて、それをキチンと見てみたまえ。――そして、現実を認識するんだ」
「そ……れ……だと……?」
牛島が健一の事をまるでモノのように言い捨て、指さした事に、薫は激しい怒りを覚える。が、牛島の目に宿る氷のような冷たい光に気圧され、唇をギュッと噛みしめると、黙って健一に目を遣った。
「け……健一……」
改めて見ると、健一のシャツの左胸が裂け、赤黒い血液でぐっしょりと濡れており、シャツの隙間からは、ぱっくりと開いた朱い傷口が覗いていた。
「う……嘘……だろ……?」
呆然としながら、薫は震える手を健一の左胸に伸ばす。
恐る恐る、掌を傷口に翳し――、
「い、痛ッ……!」
刺すような痛みを感じた手を思わず引っ込めた。
(な……何だ? 痛いっつうか……冷たい?)
彼は、驚いて自分の掌を凝視する。
ジンジンと痛む掌は、真っ赤に爛れていた。――まるで、うっかり火の点いた松明を……いや、ドライアイスを素手で掴んだ時のように。
「……解ったかい? 健一くんの左胸の傷は、心臓まで達している。――残念だが、もう手遅れだよ」
「……嫌だ! オレは認めねえぞ、健一が死んだなんて! ……今は、心臓が止まっていても、マッサージをしてやれば、きっと息を吹き返すんだ!」
牛島の言葉に激しく首を横に振った薫は、健一の身体に張り付き、その左胸に両手を当てて心臓マッサージをし始める。
――心臓マッサージなんて、単車の免許を取る時に受けた講習でマネキン相手に行ったっきりだが、そんな事は関係なかった。
健一の左胸から伝わる冷気によって生じる刺すような痛みを両手に感じ、薫は呻き声を上げるが、そんな痛みなどに臆している暇は無い。
「おい! 健一! 起きろ! テメエ、日本に帰りたいって言ってたじゃねえかよ! なのに、何こんなクソみてえな世界で死んでんだよ! さっさと……戻ってこいッ、健一ィィッ!」
ボロボロと涙を流しながら、彼は強くなる掌の痛みも厭わず、懸命に心臓マッサージを繰り返す……が、それでも、健一の目は開かなかった。
「健一! おい、起きろ! 起きてくれ! 頼む……ッ!」
「……いい加減にしなさい、薫くん」
「――ッ!」
不意に、必死で心臓マッサージを行っていた薫の身体が強引に後方へ引っ張られた。その強い力に抗えず、薫の身体はゴロンと後ろに転がされる。
「いでっ!」
「無駄な事は止めるんだ。何度も言っているだろう? 『もう死んでる』って」
彼の襟首を無理矢理引っ張った牛島は、地面に転がる薫を呆れたように見下ろしながら、大きな溜息を吐いた。
そんな牛島を涙で滲む目で睨み返しながら、薫は血を吐く様な声で叫ぶ。
「嘘だッ! 認めねえ……オレは絶対……! 認めてたまるか!」
「……やれやれ。まるで、デパートのおもちゃコーナーでひっくり返って駄々を捏ねる子供だね。……じゃあ、これを見れば、さすがに解ってくれるかな?」
牛島は、やれやれと肩を竦めると、胸ポケットから何かを取り出し、まるでトランプのババ抜きをする時のように、扇子状に広げた。
「な――ッ?」
その広げられたものを見た瞬間、薫の目が驚愕で開かれる。
「そ……それは……まさか――“光る板”……?」
「その通り」
薫の呟きに、牛島はニヤリと微笑って、キラキラと光る板の一枚を抜き、薫の前に放り投げた。
薫は、震える手を伸ばし、自分の前で眩い光を放つ板を拾い上げる。
「……これは……?」
そして、擦れ声で、牛島に訊いた。――が、その答えは、薄々解っている。
何故なら……さっき、テラと対峙した時、健一のZバックルが光る板に変わる瞬間をその目で目撃していたから――。
でも……。
それでも、薫は信じたくなかった。
だから、縋るような目で牛島を見る。地獄の空から下りてきた一本の蜘蛛の糸のような一縷の望みが残っている事を期待しつつ――。
――だが、現実は……牛島は非情だった。
彼は、薫の目を見てニコリと微笑うと、
「これはね……。健一くんが持っていたZ2カリバー……が、元に戻った“光る板”だよ」
――垂れ下がった蜘蛛の糸を、ぷつりと切り捨てたのだった。




