第七章其の参 代償
ツールズの前に立つ蒼い狼の戦士の装甲は、ボロボロだった。
言うまでもなく、Z2との戦いで受けたダメージのせいである。あちこちがひしゃげ、ひび割れて、正に満身創痍といった出で立ちだった。
……だが、今この場に立っている――!
ツールズは、仮面の下で奥歯をギリギリと噛みしめて、眼前のテラに向けて怒声を浴びせた。
「――おいコラ! 何で、テメエがここに居るんだよ! 健一……Z2はどうした!」
「……」
ツールズの叫びに、テラは一拍置いて、静かに答える。
「Z2……健一は、もう倒した」
「な――っ?」
テラの答えに、ツールズは思わず言葉を失った。
そして、苛立たしげに地団駄を踏みながら、更に声を荒げる。
「ふざけた事をほざいてんじゃねえぞ! アイツ……あのクソガキが、テメエみてえな裏切りクソ野郎如きに負ける訳無えだろうが!」
「嘘じゃない。俺とZ2は、あそこで戦い――俺が勝った。それは、厳然たる事実だ」
「――ッ!」
キッパリと言い切ったテラを前に、愕然とした様子のツールズだったが、ブルブルと激しく首を横に振った。
「う、うるせえ! だ……誰が信じるか……そんな事!」
「信じるも信じないも……なら、どうして、今ここに俺が立っていると思うんだ?」
「そ……それは……」
テラの言葉に、一瞬言葉を詰まらせるツールズだったが、ハッとした素振りを見せ、声を張り上げる。
「ど、どうせ、小ズルいテメエの事だ! この前、俺と戦った時みたいに、隙をついて逃げ出したに違いねえだろが!」
「……なら、これを見たら、信じてくれるか?」
小さな溜息を吐いたテラは、手に持っていた物をツールズに見えるよう掲げた。
テラが持っている物を訝しげに一瞥したツールズは、
「な……! そ……それは――?」
と、驚愕の声を上げ、慌てて身を乗り出す。
「それは……Z2の装甲アイテム……Zバックル――?」
「……これで、分かっただろう?」
愕然とするツールズに、テラは静かに言った。
「俺が、今この場に居る理由。それは、俺がZ2から逃げ出してきた訳では無く、あいつと戦って倒し、無力化させたからだ。今、俺の手の中に、Z2の装甲アイテムがあるのが、何よりの証拠だよ」
「……!」
テラの言葉と、その手の中にある確かな証拠を前に絶句するしかないツールズ。
愕然としている彼に、テラは更に言葉をかける。
「でも……安心しろ」
「……安心、だと?」
テラの言葉を聞いて、ピクリと肩を揺らすツールズ。
そんな彼に、テラは小さく頷く。
「もちろん、あいつ……健一の命に別状は無い。もっとも……、旋風・アックスキックで、あいつの肩を完全に砕いた。多分、もう完全には治らないだろう……」
「……ッ! てめ――」
『健一の肩は、もう治らない』――その言葉を聞いた瞬間、ツールズは激しい怒りを覚えた。
彼は、憎悪の光を滾らせたアイユニットでテラを睨みつけながら、怒声を吐く。
「てめえ! あのクソガキ……健一は、まだ小さい子供なんだぞ! それなのに、一生ものの障害を負わせたっていうのか――!」
「……しょうがなかった。Z2は、俺の事を殺すつもりで必殺技を放ってきたんだ。こちらも本気の一撃を叩き込まなければ、殺られていたのは俺の方だっ――」
「テメエが殺られようがどうしようが、知ったこっちゃねえ!」
テラの言葉を途中で遮ったツールズは、右手に持ったマルチプル・ツール・ガンを振り回しながら叫んだ。
「どうするんだよ! 健一の将来を潰しやがって! 片腕が使えなくなっちまったら、あいつが元の時代の日本に戻ってから、どれだけ苦労すると思ってるんだ! ふざけんじゃねえぞ!」
「……『ふざけんじゃねえ』は、俺のセリフだ!」
ツールズの言い分に、今度はテラが気色ばんだ。
「戦った結果、取り返しのつかない傷を負う……それは、戦い、他人の命を奪おうとする以上、健一自身も覚悟しなければならない事なんじゃないのか?」
「……あぁ?」
「何度も言うが、俺はZ2と戦い、紙一重で殺されるところだったんだ。もちろん俺は、あいつに殺されるつもりは無かったから抵抗した。その結果と代償が、健一の肩だった……それだけの事だ」
「……っ」
「それに……」
そこで一旦言葉を切ったテラは、周囲に頭を巡らし、あちこちに散らばる猫獣人兵の死体を見回した。
そして、仮面越しにも分かるような敵意に満ちた視線をツールズに向け、静かに言葉を継ぐ。
「それに……お前たちは、あまりにも軽々しく、猫獣人を殺した。まだ子供だと言っても、他者の命を軽んじる報いとしては当然の――」
「はっ? ――知らねえよ、野良猫どもの命なんざ!」
ツールズは、テラの言葉を唾棄するように、声を張り上げる。
「こんなクソ猫どもの命と、健一の肩を同等に並べてんじゃねえよ、クソ偽善野郎! 第一、テメエだって殺してるじゃねえかよ! それも、クソ猫じゃねえ……オレ達と同じオチビト……いや、人間をよ!」
「違う! シーフは、俺が殺した訳じゃないと、何度も――」
「直接的じゃなくても、テメエが間接的に止めを刺したようなモンだろうがボケ! それに――!」
ツールズは喚き立てながら、テラの掌中にあるZバックルを指さした。
「健一もだよ! ……ああ、テメエが言いてえ事は分かるぜ。『ただ、肩を潰しただけだ』って言うんだろ? ――ふざけんな!」
「――!」
「片腕が不自由になった上に、Zバックルも無くしたアイツが、……アームドファイターの力を失って、タダのクソガキになっちまったアイツが、これからこのクソみてえな世界で生きていく中で、どれだけ苦労すると思ってんだよ!」
「……それは――」
「……もちろん、これからのアイツは、オレが守ってやる。アイツの分まで戦って、邪魔をするクソ猫共やテメエをぶち殺しまくってやる。……だが、『一方的に守られる立場』になっちまったアイツの気持ちを考えると……いや!」
ツールズは、そこまで言うと、手にしたマルチプル・ツール・ガンの照準を、Zバックルを持つテラの手に合わせる。
「肩は戻らねえかもしれねえが、Zバックルさえあれば、健一はアームドファイターZ2のままでいられるんだ。――返してもらうぜ、ソイツを!」
「――ッ!」
ツールズの絶叫と共に銃口から飛び出した光の釘は、寸分違わぬ精度でZバックルにヒットし、テラの掌中から弾き飛ばした。
クルクルと回転しながら、空中を舞うZバックル――!
「しまっ――! くそっ!」
「返せ! それは、健一のモンだ!」
中空のZバックルを確保しようと、ほぼ同時に跳び上がるテラとツールズ。
ふたりが、Zバックルに向けて手を伸ばす、その時――!
「ッ!」
「な――?」
突然、Zバックルが眩い光を放った。
驚いたツールズが思わず身を竦ませた隙に、テラが光り輝くZバックルをしっかりと手で掴み取る。
胸にしっかりとZバックルを掻き抱き、地面に降り立ったテラは、取り戻した物を確かめようと目を落とし――、
「……なっ? 何でだ……?」
――思わず、驚愕の声を上げる。
何故なら、彼の掌の中にあったのが、Z2バックルではなく――キラキラと輝く一枚の板だったからだ――。




