第六章其の玖 原因
まるで、隕石が落下したかのような轟音と衝撃が、草原に炸裂し、夥しい土砂と草花が上空へと噴き上がり、周囲一帯を覆いつくした。
「きゃ――ッ!」
凄まじい勢いの土煙に襲われたフラニィは、咄嗟に顔を覆って小さく背を丸め、降りかかる砂礫から身を守る。
――濛々と立ち込める土煙が晴れるまで、暫くの時を要した。
ようやく土煙が収まり、視界が開けてきたのに気付き、フラニィは恐る恐る顔を上げ、キョロキョロと周りを見回す。
「ど……どうなったの……? は……ハヤテ様は、無事かし――」
「……く……くぅ……」
「……ッ!」
苦悶に満ちた呻き声が聴こえた瞬間、彼女の心臓は跳ね上がった。
高鳴る不安に押しつぶされそうになりながら、彼女は草原に生じた大きなクレーターの縁へ慎重に近寄り、恐る恐る中を覗き込む。
――そして、クレーターの中心で悄然と佇んでいる蒼い影を見つけたフラニィは、金色の瞳を輝かせながら声を弾ませた。
「――ハヤテ様!」
「……!」
フラニィの声に、足元に視線を落としていたテラは、狼の仮面に覆われた顔を上げ、彼女を安心させようとするかのように片手を軽く上げて応える。
だが――、
「……う……」
「……!」
足元から上がった弱々しい呻き声に気付くや、すぐに視線を下へと向けた。
「……大丈夫か?」
「う……るさ……い……」
テラの労りの声に、憎悪に満ちた擦れ声が上がる。
クレーターの中心深くに半ば埋もれたZ2は、苦しそうに身体を捩らせた。
その身体を覆う薄緑色の装甲には、到る所に亀裂が走り、ボロボロと剥落し始めている。
自分を見下ろすテラの姿を憎々しげに睨みつけながら、Z2は震える左腕を懸命に伸ばした。
そして、蒼い装甲に包まれたテラの脚を掴み、荒い息を吐きながら叫ぶ。
「つ……捕まえたよ、テラ!」
「……」
「く……くたば……く……くうっ!」
テラの脚に縋りつくようにして体を起こそうとしたZ2だったが、左腕に続いて右腕を動かそうとした瞬間、悲鳴を上げた。
右肩を庇うように左手で押さえたZ2は、そのままバランスを崩し、地面の上に不様に転がる。
――ピシッ! ビシシシッ!
同時に、Z2の装甲のヒビ割れがさらに深く、細かく走り、剥落が始まった。
そして、”パァン!“という破裂音を残して、Z2の装甲が全て弾け飛ぶ。
「……くそっ!」
装甲を喪ったZ2――いや、有瀬健一は、痛みと悔しさで顔を歪めながら、せめてもの抵抗で、テラの脚に向けて唾を吐きかけた。
「な……何でだ! 何で……ボクのZ2が、お前みたいな奴に……!」
健一は、涙で潤んだ目でテラを睨みつけながら、声を荒げる。
「ぼ……ボクのZ2横一文字斬は、完璧だ! 限界破りまで使ったのに……何で、お前はそこに立っていられるんだ!」
「――確かに」
テラは、健一を冷ややかに見下ろしたまま、小さく頷いた。
「最後の一撃は、本当に紙一重だった……。恐らく、戦っていたのが本物のアームドファイターZ2だったら、そこで横たわっていたのは、俺の方だっただろうな……」
「ほ……本物?」
テラの言葉に、健一は戸惑いの声を上げる。
「な……何だよ、“本物”って! ぼ……ボクが本物のZ2じゃないって言うのかい? ……いや」
自分の言葉に、健一は力無く頭を振った。
「確かに……ボクはZ2……ノイエ・ベクスターと戦った、本物のアームドファイターZ2……風祭真之介じゃないよ。――でも、テレビの中のZ2と、ボクのZ2に違いなんか無いんだ!」
「……あるさ、違いは」
「な――」
テラが小さく頭を振ったのを見た健一は、更に激昂する。
「な……何だよ、それは! 言えよ! あのZ2とボクの、何が違うって言うんだよッ!」
「それは――」
左手一本で、テラの脚に縋りつきながら、目から滂沱の涙を流しながら叫ぶ健一を一瞥して、彼は静かに言葉を継いだ。
「……身長だよ」
「し……身……長――身長だって?」
「……ああ」
聞き返す健一に、小さく頷きかけながら、テラは答える。
「最初のZ2横一文字斬の時に、俺がお前の懐に飛び込めたのも、さっきの疾風・アックスキックとZ2横一文字斬の打ち合いで、俺の技の方が先にお前の身体に届いたのも……俺とお前の身長の差が理由だ」
「! ……そう、か」
テラの答えを聞いた健一は、悟ったように目を閉じた。
「ボクの身長が……低いから、あっちのZ2よりも技の間合いが狭くなっていた――そういう事か……」
「ああ……」
テラは、健一の呟きに頷く。
「お前の手足が、大人のそれと同じ長さだったら、技の間合いももっと広かったはずだ。仮にそうだったら、俺の疾風・アックスキックがお前に届く事は無かっただろうし、そもそも、その前の一撃でZ2横一文字斬の内側に飛び込んでダメージを最小に抑える事も出来なかっただろう。俺が“紙一重”だと言ったのは、そういう意味だ」
「……くそっ!」
話を聞いた健一は、悔しさで顔を歪めて、右腕を振り上げようとしたが――、
「ぐっ! い……痛ッ……!」
その瞬間、再び走った激痛に顔を顰めた。
たまらず右肩を押さえ、その場で蹲る。
と、
「――すまない」
そんな健一に向かって、テラは深々と頭を下げた。その仕草に健一は、額から脂汗を垂らしながらも、呆気に取られてテラを見上げる。
頭を下げたまま、テラは静かに言葉を継いだ。
「すまない。お前の肩を完全に砕いた。――多分、その右腕は、もう完全には治らないと思う……」
「え……?」
テラの言葉に、驚くというよりも唖然とした様子で、健一は目を大きく見開く。
「そ……それじゃ……」
「あの、限界破りのZ2横一文字斬に対抗する為には、疾風・アックスキックを手加減する事は出来なかった……。本当に、すまない」
「ふ……ふざけるなよ!」
健一は、右肩を押さえたまま、凄まじい形相を浮かべて怒声を上げた。
「き……貴様! こ……殺してやる! ボクの片腕を潰した事――死ぬほど後悔させてやるからな!」
「……」
「右腕が使えなくなったとしても、ボクの両脚は無事だ! 脚さえあれば、Z2十字架キックを打てる! だから、もう一度Z2になれば、お前なんかに――!」
「――じゃあ、こうしよう」
そう言うと、テラはおもむろに健一の腰に手を伸ばし、彼の腹に張り付いたままのZバックルをむしり取った。
「あ――!」
「これが無ければ、お前は二度とアームドファイターZ2になる事は出来ない」
「……ッ!」
「つまり、これさえ無ければ」
茫然とする健一に、敢えて見せつける様に掌中のZバックルを掲げながら、テラはハッキリとした声で告げる。
「今のお前はただの非力な小学生でしかないんだよ、Z2……いや、有瀬健一」




