第六章其の捌 光輪
巨剣の峰に並ぶブースターノズルから、真っ赤な炎を噴き出しながら激しく回転するZ2の姿はまるで、燃え上がる巨大な独楽だった。
「死ね――テラぁぁぁぁぁっ!」
血を吐くような毒々しい声で叫んだZ2は、軛を解かれた暴れ馬のような勢いで、テラ目がけて回転しながら突進する。
「……」
竜巻のような剣呑な風切り音を上げながら迫るZ2を前にし、テラは静かに呼吸を整えた。
(……あと、三十メートル……二十メートル……)
そして、瞬きもせずに、慎重に自分とZ2との距離を測る。
(十五……十! ここだ!)
そして、Z2の身体が自分の間合いに入った瞬間、彼はカッと目を見開き、右脚を高々と上げた。
「うおおおっ! ビッグフットスタンプッ!」
彼はそう叫ぶと、上げた右脚に渾身の力を込めて、真下の地面に叩きつける!
次の瞬間、彼が踏みつけた地面が激しく揺れ、大きくヒビ割れた。
ささくれだった地面は大きく盛り上がり、それは、今まさにテラにZ2横一文字斬を食らわそうとしたZ2の足元にも及ぶ。
「う……わぁっ!」
テラを目前にしながら、突然大きく盛り上がった地面に驚きの声を上げるZ2。
彼の身体は激しく横回転したまま、ジャンプ台のようになった地面に弾かれた。
上空へ弾き上げられたZ2の身体は、ターゲットのテラの遥か頭上を通り過ぎ、暗黒の夜空に大きな放物線を描く。
「くっ……そ!」
空中で激しく回転し続けながら、Z2は悪罵の声を上げる。だが、
「――でも、甘いね! こんな一時凌ぎで、ボクのZ2横一文字斬を破ったつもりかい!」
嫌味たっぷりな声で叫ぶと、両手で握ったZ2カリバーの柄を逆に捻った。
と、刀身の峰に取り付けられたブースターが稼働し、その角度を変える。
それに伴って、Z2の身体も回転し続けたまま、徐々にブーメランの軌道のようにUターンし始めた。
Z2は、勝ち誇ったかのように呵々大笑する。
「あははははっ! 残念! 待ってなよ、テラ! すぐに戻ってきて、今度は上からキミの身体をバラバラにしてあげるか――」
だが、その得意げな声は、途中で途切れた。
草原に現れた大きな亀裂……テラの放ったビッグフットスタンプの痕は、上空からもハッキリと見えたが――その中心に居るはずの、灰色の装甲戦士の姿がどこにも無かったからだ。
動揺を隠し切れない様子で、Z2はグルグルと回転しながら眼下の草原に目を向ける。――が、くまなく見回しても、テラの姿は見えなかった。
「ちょ……! あ、アイツは……テラは、どこに――」
「――ここだ!」
「!」
唐突にかけられた頭上からの声に驚いたZ2は、慌てて上を仰ぎ見る。
「い――!」
居た。
上空で回転する彼の更に上空に、テラは居た。――ただし、先ほどまでの灰色のタイプ・マウンテンエレファントの姿ではなく、蒼のタイプ・ウィンディウルフの装甲を纏って――!
「な――何で、そんなところに!」
「跳んだのさ。ビッグフットスタンプの反動を利用して、な」
驚きで声を上ずらせるZ2を上空から見下ろしたテラは、落ち着いた声で言葉を継ぐ。
「……そして、跳びながらコンセプトディスクを入れ替えたんだ。――この、タイプ・ウィンディウルフに!」
「ふん……確かに、あんなにボコボコになった鈍クサフォームよりは、非力な貧弱フォームとはいえ、損傷の軽いそっちの方が、まだましだろうからね――」
「違う」
「え……?」
キッパリとした否定の言葉に、怪訝そうな声を上げるZ2。そんな彼に対し、テラは、ゆっくりと身体を丸めながら、言葉を吐く。
「――俺が、この装甲に換えた理由は……お前の技を破る事が出来るのが、この技だからだ!」
そう叫ぶと、テラはグルグルと身体を縦に回転させ始めた。
その回転は見る見るうちに速まり、それに伴い、彼の右脚が蒼いエネルギー光を放ち始める。
(……マズい!)
それを見たZ2は、本能的に危険を察知した。
(あれは確か……アイツの必殺技――ッ!)
確か、ツールズと戦った時に、一度放ったのを見た。激しく身体を縦回転させ、旋風の刃と化した右脚で強烈な踵落としを放つ技だ――!
と、Z2が記憶を呼び覚ましている間にも、テラの身体の回転はますます速くなり、右脚に溜まる蒼いエネルギーも、その輝きをどんどん増大させていく。
そして、遂にエネルギーの充填が終わったテラは、高らかに必殺技の名を叫んだ。
「疾風・アックスキ――ック!」
「――くそっ!」
激しく縦に回転しながら、正に疾風の勢いで自分目がけて迫りくるテラを凝視しながら、自分が後手に回った事を悟ったZ2は忌々しげに舌打ちし、Z2カリバーの鍔元のトリガーを三度引いた。
ブースターノズルから噴き出す炎が、赤から白に変わる。
(――こうなったら、アイツの必殺技の回転よりも、ボクのZ2横一文字斬の回転数を増して、アイツに競り勝つしかない!)
そう、即座に決断し覚悟を極めたZ2の身体は、Z2カリバーの爆発的な加速を受けて、先ほど以上の猛烈な横回転を始める。
……正直、トリガーを三回引く限界破りでのZ2横一文字斬は、彼自身の身体にも莫大な負荷を与えるのだが、そのように守りに入っていては、あの技には勝てない。――Z2の豊富な戦闘経験からくる本能の声が、そう言っていたのだ。
――ならば、迷う事も無い!
「く……っ!」
身体が軋みを上げ、激烈な痛みが神経を逆立たせるのを感じ、仮面の下の顔を歪めながらも、Z2は技の手を緩める事はしなかった。
たちまち、その身体を真円の軌跡を描く巨大な独楽と為す。
「うおおおおおおおおおおおっ!」
「ああああああああああああっ!」
そして――、
蒼く光る旋風と、白く輝く独楽が、はるか上空で激しく衝突した――!




