第六章其の漆 挑発
「ハヤテ様ァ――ッ!」
フラニィが上げた絶叫も、百の雷が落ちたかの如き轟音によって、たちまちの内に掻き消えた。
すぐに夥しい土煙が吹き寄せ、彼女は悲鳴を上げる事も出来ずに、耳と顔を伏せ、目を固く閉じて蹲る。
「……っ」
襲い来る嵐のような猛風によって、木の葉のように身体を飛ばされぬよう必死で踏ん張りながら、フラニィは懸命に目を開けた。
吹き荒ぶ風と濛々と舞う土埃の真ん中に、薄緑色の装甲がチラリと見える。言うまでもなく、必殺の一撃を放ったZ2の姿だ。
――だが、もう一人……灰色の装甲を纏った戦士の姿は見えない。
「は……ハヤテ……様……?」
呆然としつつ、フラニィはキョロキョロと辺りを見回すが、周囲は舞い散る土煙のせいで判然としない。
と、
「――くそっ!」
「ひっ……!」
唐突に甲高い悪罵の声が上がり、フラニィはびくりと身体を震わせる。
怒声の主は、悔しそうに地面を蹴り上げるZ2だった。
「あーッ! 腹立つなぁっ! どこまで往生際が悪いんだい、キミは!」
そう叫ぶと、Z2は手に持っていたZ2カリバーの刀身を力任せに地面に叩きつける
地面が抉れ、火山の頂上から噴き上がったマグマのように、大量の黒い土砂が飛び散った。
「どうも、技の感触がおかしいと思ったら……今度は自分から間合いに飛び込んで、一番切れ味の悪い剣の根元で技を受ける事でZ2横一文字斬の衝撃を和らげるなんてさ! まったく……またそんな小細工を――!」
Z2はそう言葉を漏らすと、憎々しげに舌を打つ。
荒ぶるZ2に慄きながら、恐る恐る彼の視線の先に目を遣ったフラニィは、
「――ハヤテ様!」
と、うつ伏せに倒れて動かない灰色の身体を見つけ、我を忘れて叫んだ。
その驚きと歓喜に満ちた叫びを耳にしたZ2は、チラリと彼女の方を一瞥すると、もう一度舌打ちする。
「ちっ! いちいちうるさいネコだな。やかましいから、二度と鳴けないようにしてやろ――」
「止め……ろっ!」
「! へぇ……」
忌々しげにフラニィを睨みつけ、右手のZ2カリバーを振り上げようとしたZ2だったが、擦れながらも、ハッキリとした意思を込めて彼を制止する声を耳にして、再び視線を灰色の装甲戦士へと戻した。
「いくらボクの技のインパクトポイントをずらしてダメージを最小限に抑えたとしても、キミの意識が吹っ飛ぶくらいは痛めつけられたと思ったんだけどね……。もう動けるんだ」
「……意識は飛んでた、さ……。つい……さっきまで……」
感嘆と呆れがない交ぜになったZ2の言葉にかすれ声で応えながら、満身創痍のテラは、それでも痙攣する両脚を懸命に踏ん張って、ヨロヨロと立ち上がる。
「す……凄い威力だ……な。まともに食らっていたら……この装甲でも、も……持ち堪えられなかっ、ただろ……う」
「……フン、そりゃどうも」
テラの言葉を鼻で笑ったZ2だったが、その次の言葉に思わず耳を疑った。
「だ、だが……大体解った……。次は――技を、破れる……!」
「――はぁ?」
Z2は、スリットの奥のアイユニットをぎらつかせると、声を荒げる。
「『破れる』だって? まさかとは思うけど、キミは、ボクのZ2横一文字斬を破れると言ったのかいッ?」
「……ああ、そう――」
「ふざけるなァっ!」
激昂したZ2は、手にしたZ2カリバーを、怒りに任せて地面に突き立てた。
「頭の打ちどころでも悪かったんじゃないのかい? そんなボロボロの格好のクセに、次はボクの必殺技を破れるって? まぐれで即死を免れたからって、調子に乗るのもいい加減にしてくれないかな!」
「……調子に乗っている訳じゃない」
その装甲の特徴である、鼻をもぎ取られ、長大な牙にも無数の亀裂が入ったボロボロの仮面。
――だが、それでも。
その目は爛々と輝き、横溢なる戦意と絶対の自信を漲らせている。
立っているのもやっとな状態のはずなのに、テラは力強い言葉をZ2に向けて発した。
「調子に乗っている訳じゃなくて――事実だ」
「ああ、そうかい!」
Z2は、苛立ちを隠さずに吐き捨てると、地面に突き立てていたZ2カリバーを一気に引き抜いた。
そして、再びその巨大な刀身を肩の上に担ぎ上げると、眼前に立つテラを睨みつけながら叫んだ。
「だったら――破ってみなよ!」
そう絶叫すると、身体を大きく右に捻りながら、刀身を背中の方に回す。――先ほどと同じだ!
「さっきよりも回転を増した――本気の本気のZ2横一文字斬をさぁッ!」
次の瞬間、Z2は膝を曲げて僅かに身体を沈み込ませると、トリガーを二回引いた。ブースターノズルが赤い炎を勢いよく噴き出すと同時に、先ほどと同じように――いや、先ほど以上に激しく回転し始める。
「……ッ!」
それを見ていたテラも、両脚を僅かに広げ、重心を落とした。
対峙するZ2が、いつ攻撃に移っても対処できるように目を配りながら、微かに頷く。
(――よし、挑発に乗ってくれた)
ここまでは、計画通り。
彼は、仮面の下で口元を真一文字に結び、覚悟を極める。
(さて、ここが正念場だ。……タイミングを見誤るなよ、装甲戦士テラ――いや、焔良疾風!)




