第五章其の壱拾弐 瞋怒
「オオオオオオオオオッ!」
象の咆哮を上げながら、装甲戦士テラ・タイプ・マウンテンエレファントは、マスクのビッグノーズを撓らせ、アームドファイターZ2の腕を強かに打ち据えた。
「くっ――!」
マウンテンエレファントの力任せの打擲の前に、さしものZ2も、思わずテラの首を締め上げていた手を離してしまう。
「ウオオオオオオッ!」
すかさず、テラがその太い脚でZ2の腹を蹴り飛ばした。
Z2の身体は冗談のように吹き飛び、土埃を上げながら、地面をゴロゴロと転がっていく。
「……チッ!」
草を撒き散らしながら十メートル以上も地面を転がったZ2は、ようやく受身を取り、膝をついて立ち上がった。
仮面のスリットの間から覗く、血の色をしたアイユニットを爛々と光らせながら、Z2は己を蹴り飛ばした巨象の戦士を睨みつける。
「――油断したとはいえ、このZ2をここまで吹き飛ばすとはね……。なかなかやるじゃないか、ハヤテ……いや、装甲戦士テラ!」
それでもまだ、Z2の口調には余裕が感じられる。
彼は、身体に纏わり付いた草の切れ端や土を払い落とすと、僅かに足を開き、右脚を引いた。
「……まあ、逆に言えば、ボクの不意を衝いた攻撃でも、ここまでしか出来ない――って事でもあるんだけどね!」
彼はそう叫ぶと、右脚に力を乗せて、思い切り地を蹴る。
スーツの能力で強化された脚力を存分に活かして、縮んだバネが撥ねるように、一気に加速した。
「はあああああっ!」
そして、右腕を振り上げ、突進の勢いを存分に乗せたパンチをテラに向けて思い切り叩きつける。
ガアアアァァンッ!
凄まじい衝撃で金属同士がぶつかり合った重い音が辺りに響き渡った。
「ぐッ……!」
咄嗟に両腕を前に掲げ、分厚い腕部装甲でZ2のパンチを受け止めたテラだったが、大力鉄壁を誇るタイプ・マウンテンエレファントの装甲を以てしても、その衝撃を受け止めきれず、思わず一歩後ずさる。
だが、それを見たZ2は、思わず感嘆の声を上げた。
「へぇ……。今のは、結構本気で殴ったつもりだったんだけどね……。スゴいね、その装甲モード」
だが、その言葉とは裏腹に、口調はあくまで余裕に塗れている。
「ほらほら! まだまだ終わらないよ!」
そう叫んだZ2は、両腕を交互に振り上げ、ガードするテラの腕に向けて次々とパンチを繰り出してきた。
「……ぐ!」
猛烈に重く、そして速いパンチの嵐の前に、テラは防戦一方だ。棒立ちになったまま、熾烈な攻撃をガードし続けるしかない。
――と、突然Z2の身体がフッと沈み込んだ。
「――ッ!」
「――ほら! 腕にばっかり意識を集中させてるから、足下がお留守だよッ!」
「ぐっ!」
Z2の強烈な足払いを食らい、不意を衝かれたテラの身体がグラリと揺らぐ。
思わず膝をついたテラに生じた一瞬の隙を逃さず、Z2はテラの眉間に向けて右腕を大きく振り上げた。
「ほら――! 今度は、コッチ!」
勝ち誇った声と共に、Z2は握った拳に渾身の力を込め、勢いよく振り下ろした。
――ガシッ!
「――なっ?」
Z2の口から、驚愕の声が漏れる。
彼の伸ばした腕は、テラの仮面のビッグノーズに搦め捕られていた。
「くそ、しまった……! その鬱陶しい鼻の事を忘れてたよ」
「オオオオッ! ピアッシング・タスクッ!」
「――ッ!」
テラの声と同時に、マウンテンエレファントマスク――その鼻の両脇から伸びた白い牙が、ピクリと動いた。次の瞬間、緩やかに湾曲していた牙が、まるでレイピアのように真っ直ぐに伸び、Z2を襲う。
「クッ!」
Z2は、咄嗟に身を傾げ、接近する牙の刺突を避けようとするが、躱しきれずに、牙の一撃を右肩に受けた。
ガリガリという音を立てて、牙の先端がZ2のショルダーアーマーに食い込む。
――だが、
「ふぅ……危なかったね」
ピアッシング・タスクの一撃では、チタン合金よりも軽くて固いとされるZ合金で出来たZ2のショルダーアーマーを貫き通す事が出来なかった。
牙から伝わる手応えでそれを察したテラは、思わず仮面の下で歯噛みする。
――と、Z2が首を傾げた。
「でも……何で今、ボクの肩を狙ったんだい? 成功するかは別にしても、今の状況だったら、身体の中心線の喉元か鳩尾か、いっそ心臓を狙う方が良いと思うんだけど……。何で、わざわざ身体の端っこで、躱されやすい肩なんかを……?」
「……」
「――もしかして」
膝をついたままの姿勢で黙り込むテラに、何かを察した様子で、Z2が顔を寄せる。
そして、低い声で囁きかけた。
「……キミ。ひょっとして、ボクに対して手加減をしているつもりなのかい?」
「……」
「それって……ボクが子供だから? 子供だからって、ボクを舐めてるのかいッ?」
Z2の目に、剣呑な光が宿った。
「気にくわないね! このボクを――アームドファイターZ2を、見た目が子供だからって舐め腐るなんてさ――!」
「違う! そうじゃない!」
激昂したZ2の言葉に、激しく頭を振るテラ。
「そうじゃないんだ! 俺は――」
「じゃあ……何でだって言うのさ! わざわざ人を侮って、手加減するような真似なんかして――!」
「い――いや! 侮っている訳じゃない……」
テラは、声を荒げるZ2を真っ直ぐに見返すと、静かに答える。
「ただ俺は……誰も死なせたくないんだ。猫獣人たちも……お前達、オチビト達も――」
「……ハッ! 笑わせないでくれよ!」
Z2は、テラの言葉を嘲笑い飛ばした。
「シーフを死に追い込んだ君の口から、そんな言葉が出るとはね! 『どの面下げて』って言ってあげるよ!」
「だから……俺は、彼も――シーフも助けたかったんだ! でも……その前に――」
「……フンッ!」
テラの言葉に鼻を鳴らしたZ2は、右腕を力任せに振り、絡みつく鼻と突き刺さった牙を強引に振り払う。
「――!」
「……キミの言葉を聞いていると、何だか無性にイライラするんだよね」
右腕が自由に動く事を確かめるようにグルグルと回しながら、テラを睨みつけたZ2は険しい声で言った。
「正義の味方気取りだか何だか知らないけどさ……。『自分だけはいい人なんです』みたいな顔をして、実現出来もしない理想論をグチャグチャと……ああ、ホントに気に入らない!」
Z2はそう叫ぶと、右手の拳をゆっくりと握りしめる。
そして、ボキボキと指の関節を鳴らしながら、低い声で言った。
「……もういい。もう何も言わなくて良いよ。――二度と、その偽善者ぶった言葉を吐けないように、ボクが本気で殺してあげるからさ」




