第五章其の拾 窮地
「……!」
「は――?」
健一の言葉にハヤテは驚いたが、それ以上に仰天したのは、彼にそう勧められた薫本人だった。
彼は、戸惑いを隠せぬ顔で健一に問い返す。
「お……おい、クソガキ……。『殺しちゃえ』って……おい……」
「え? どうしたの? カオル、いっつも、事あるごとに『ぶっ殺す!』って言ってるじゃん。シーフが死んだって分かった時にも、大分怒ってたじゃない。思う存分殺れるチャンスだよ」
「で……でもよ……」
健一の言葉に対し、思わず口ごもる薫。
そんな彼の様子を見た健一は、怪訝そうに首を傾げる。
「……あれ? ひょっとして、怖がってるの? 日頃はあんなに威勢がいいのに? ネコさん達相手だったら、躊躇しないで殺せるのに? 同じ人間相手になった途端、ビビっちゃって――」
「うるせえ……」
「あ……もしかして」
健一は、目を伏せて黙り込む薫を見て、皮肉気に顔を歪めてみせた。
「キミさ……、もしかして、生身の人間を殺すって事が怖いのかな? ……あぁ、そうか。だからキミは、逃げたハヤテを追いかけた時に、わざわざ彼の装甲アイテムを持って行ったんだね。――生身のままの彼にトドメをさす度胸が無かったから――!」
「う、うるせえって言ってんだろうが! この……クソガキッ!」
嘲るように紡がれる健一の言葉を怒声で遮る薫だったが、その声にはいつもの強さは無かった。
「そ……そんなんじゃ……ねえよ! オレはただ……嬲り殺しみてえで好きじゃねえ……っていうか……」
薫は俯いたまま、か細い声でボソボソと言った。
そんな彼の様子を、呆れ顔で見ていた健一は、大きな溜息を吐く。
「はぁ……。人を殺すのなんて、ネコと大して違いはないだろうに。ああ、もういいよ。逆にしよう」
そう言うと、健一は左手に見えるキヤフェの外壁を指さした。
「じゃあ、裏切り者の始末はボクがつけるからさ。キミは王宮に行って、そこの王様から“光る板”を回収してきて。シーフの2枚と、ガジェットの2枚の、合計4枚――じゃあ、ないか」
そこで言葉を切ると、健一はハヤテの方をジロリと見て、その幼い顔に嗜虐的な笑みを浮かべる。
「――今、ここでボクが彼を殺せば、空の光る板がもう2枚増えるね。――という訳で、合計6枚。よろしくね」
「――ッ!」
健一の言葉に、ハヤテは顔を強張らせ、咄嗟に構えた。……が、その手元に、装甲戦士テラに成る為に必要なコンセプト・ディスク・ドライブは無い。
一方の薫は、健一の皮肉たっぷりの言葉に一瞬顔を朱に染めたが、すぐに悔しそうに唇を噛んだ。
そして、どこか安堵したようにも見える表情を浮かべて頷く。
「……分かった」
薫は、そう言うと、ハヤテの横を通り過ぎて、キヤフェの外壁へ向かおうとした。
「――ま、待てッ!」
ハヤテは、自分の横をすり抜けようとする薫の背に手を伸ばそうとするが――、
「――言ったろ? キミの始末は、ボクがつけてあげるってさ!」
どこか弾んだ健一の声に、舌を打ちつつ向き直り、既にZバックルを腹の前に当てている健一の姿を見止めて、顔色を変えた。
ハヤテの表情の変化を見た健一は、心の底から愉しそうに口元を歪めると、声高に叫ぶ。
「武装――」
次の瞬間、青白い光がZバックルから放たれ、辺りを真昼の様に明るくした。
その光は数秒で収まり、そこに立っていたのは――、
「アームドファイターZ2、武装」
中世の騎士のフルヘルムを彷彿とさせるマスクと、薄緑色の装甲を纏った戦士――!
「……くッ!」
その小柄なアームドファイターの放つ凄まじい殺気に、ハヤテは思わず気圧され、一歩後ずさった。
それを見たアームドファイターZ2は、マスク越しに哄笑を浴びせる。
「あははははっ! そうだよねぇ。怖いよねえ! いっくら立派な大人の身体を持つキミでも、生身じゃあ、このアームドファイターZ2には到底敵わないもん――」
不意に、ハヤテの視界から、Z2の姿が消えた。
次の瞬間――
「――ねぇ!」
「グッ――!」
まるでワープでもしたかのように唐突に、Z2の仮面がハヤテの目の前に現れた。直感的に首を横に捻ったハヤテの頬を、凄まじい風圧が掠める。
彼はその煽りを受けてバランスを崩し、生い茂る草の上に派手に転がった。
「へえ! 今のパンチを避けるのかい。生身でもなかなかやるじゃないか! 腐っても、ニセモノでも装甲戦士……って感じ? ふふふ」
当たったらタダでは済まない威力のパンチを躱されたZ2だが、その声と態度にはまだまだ余裕が感じられる。彼にとって今の攻撃は、試合開始直後のジャブですらないのだ。
「……く」
一方のハヤテは、すぐに立ち上がったものの、先ほどのパンチの風圧をまともに受けたせいで足下がぐらついている。
(もし、さっきの一撃をまともに食らっていたら――)
そう考え、思わずゾッとした。しかも、さっきのは、全く本気を出していない“挑発”に過ぎない。
もし、Z2が本気の一撃を放ってきたら、今のハヤテのままでは躱す事が出来ないだろうし、そのただ一撃で致命傷を負う事は確実だ……。
(やっぱり……コンセプト・ディスク・ドライブを持ってくるべきだったか……)
彼は、ギリリと唇を噛んだ。同時に、説得でふたりを追い返す事が出来ると思っていた、自分の判断の甘さを深く後悔する。
――元々の装着者ではないにせよ、彼らはれっきとした装甲戦士であり、心の奥底には、自分と同じく、正義を貫こうとする志が宿っているに違いない。だから、話せば解る――。
そう、盲目的に信じてしまっていた結果が、今のこの状況だ……。
「――ほらほら! ボーッとしてたら、すぐに死んじゃうよぉ!」
「――ぐッ!」
後悔する間も、反省する間も与えられない。
今度は、横薙ぎに蹴りが放たれた。
ハヤテは、後方に跳んで躱そうとするが――、
「う、うわ……ッ!」
Z2の蹴撃の鋭さで弾かれた空気が、猛風となって身体を浮かせたハヤテを襲う。
激風に晒された彼の体は、後方へ吹き飛んだ。
その身体は二十メートルほども吹き飛ばされ、受身を取る間もなく、背中を地面に強く打ちつけられた。
「くッ……!」
痛みと衝撃で一瞬意識が遠のくが、ここで気絶したら“死”が確定する。
彼は、ともすれば手放しそうになる意識を懸命に繋ぎ、ヨロヨロと立ち上がった。
「あはは! これも避けたか! スゴいねキミ! 粘る粘る!」
少し離れた所で、Z2が愉快そうに嘲笑いながら、無邪気にパチパチと手を叩く。
――完全に手を抜いて遊んでいる。まるで、猫が鼠を嬲りながら殺すように。
「……くそっ。俺は鼠か……」
ハヤテは小さく毒づくと、ギリリと歯ぎしりする。……だが、幾ら悔しがっても、このままでは嬲り殺しにされるだけだ。
(何か……何か無いか……!)
彼は、せめて武器になり得るものがないか、キョロキョロと辺りを見回す。
――と、
(……ん?)
ハヤテの視界の片隅に、何やら白いものが映った。
思わず彼は、その白いものの方に注視する。
そして、その目が大きく見開かれた。
「――ハヤテ様!」
「フ――!」
低い草の間に紛れる様に、四つん這いになってハヤテの方に近付いてくる白いもの。
それは、フラニィだった――。




