第五章其の玖 要求
「……」
皮肉たっぷりの健一の言葉に反論する事も出来ず、唇を噛んで黙り込むハヤテ。
そんな彼に、健一は更に追い打ちをかけようと言葉を重ねる。
「で……。キミの要求を聞いたから、今度はこっちの要求の返事を聞かせてもらうよ」
「……」
「あんまりネコさんたちが待たせるもんだから、ボクらも飽きちゃってさ。せっかくここまで来たんだからって思ってここまで来たけどさ。……実は、石棺を壊す気はあんまり無いんだよね。――ボクたちは」
そう言うと、健一はニコリと微笑んでみせ――、やにわに目を鋭くさせ、やや低い声で言った。
「元々、今日の目的は、ここのネコさんたちが持ってる“光る板”を返してもらう事だったんだよね」
「……光る……板……」
「そう」
健一は頷くと、指をいっぱいに伸ばした掌を前に出した。
「――という訳で、持って来て来てくれたかい? 光る板?」
「それは――」
差し出された掌を前にして、ハヤテは口ごもる。
そして、小さく首を横に振った。
「……すまない。お前たちの要求には、応えられない……」
「アァッ? テメエ、ふざけた事ヌカしてんじゃねえぞ、ボケがぁ!」
ハヤテの返事に言葉を荒げたのは、薫だった。
「こっちの要求は呑めない。だけど、大人しく帰ってくれだぁ? んな虫のいい話があると思ってんのかよ、コラ!」
「何で、この要求も呑めないのかな? ――だって、“光る板”なんて、ネコさんたちには何の得にもならないものだろ?」
激昂する薫と対照的に、不思議そうに首を傾げる健一。
「光る板は、ボクたちオチビトが持って、初めて装甲アイテムに姿を変えるんだ。ネコたちが光る板を持っていても、何の意味もないでしょ? ――正に、“猫に小判”ってヤツ」
健一はそう言うと、クックッと含み笑いをする。
「だったら、素直にボクたちの要求に従ってくれればいいのに。そうしてくれれば、今日は大人しく帰ってあげるよ。……今日はね」
「……でも、お前たちはまた来るんだろう? ――今日回収した“光る板”を、新しい装甲アイテムに変えて……」
「――まあ、ね」
ハヤテの沈んだ声に、健一は歯を見せて嘲笑った。
「でも、ボクのZ2には元々モードのバリエーションが無いから、“光る板”があろうが無かろうが関係無いんだけどさ」
「その分、オレとオッサンが有効活用させてもらうって事よ!」
健一の言葉を受けて、薫が狂暴な表情を浮かべてみせる。
そして、敵意を剥き出しにした視線をハヤテに向け、ついっと顎を外壁に向けてしゃくってみせた。
「って事だからよォ! テメエはさっさと戻って、クソ猫共から“光る板”を回収してこいや!」
「……多分、数か月前に死んだ“ガジェット”の持っていた2枚と――」
そこでいったん言葉を切った健一は、探る様な目でハヤテを睨めつけると、再び口を開く。
「――ついこの前、キミが殺した“シーフ”の2枚……。合計4枚が、ネコたちの手元にあるはずだよね?」
「……! いや、俺は……」
健一の言葉に狼狽を露わにしたハヤテは、大きく首を横に振った。
「俺は……俺は、確かに戦いはしたが、あいつを殺してはいない! あいつは――」
「ふーん……。じゃ、シーフはネコたちに殺されたのかい?」
「違う! そうじゃない!」
ハヤテは、さらに激しく頭を振る。
「あいつは……シーフは、勝手に自分で胸を突いて自殺したんだ! 猫獣人たちに捕まりたくないって――!」
「ふぅん、そうなんだ」
健一は、ハヤテの言葉に大きく頷いた。
「確かに、いかにも小心者っぽかったからね、あの人。追い詰められたら、そういう選択もしちゃうだろうね」
「だ、だから……俺が殺したわけじゃ……」
「……でも、彼をそこまで追い詰めたのは、他ならぬ装甲戦士テラである――キミなんだろ?」
「う――ッ」
健一の鋭い言葉に、ハヤテは絶句した。
激しく動揺するハヤテに向けて、健一は更に言葉を重ねる。
「じゃあ、結局、シーフはキミが殺したようなものだよね。……ボクたちだって、さすがに同じオチビト……いや、人間を殺した事は無いよ」
「……こ、殺し――」
「キミは、ネコたちを殺しまくるボクたちをひどいと言うけどさ……。ボクたちに言わせれば、人殺しの片棒を担いだキミの方が、ずっとひどいよ!」
「――ッ!」
健一の声に、ハヤテは愕然とした顔をして身体を強張らせた。そして、糸の切れた操り人形の様に、その場に力無く膝をつく。
そんな彼を冷ややかな目で見下ろした健一は、大きな溜息を吐いた。
「やれやれ……。ようやく、キミの言う“正義”ってヤツが、どれだけあやふやなものか分かったかい? ……まあいいや。“光る板”は、ボクたちが勝手に取ってくるから、せめて邪魔だけはしないでね」
そう言い捨てると、健一は薫に向けて顎をしゃくった。
「行くよ、カオル。――じゃあね、ハヤテ――」
「ま――待てッ!」
「……何だよ? まだ何か?」
立ち去ろうとするふたりをなおも呼び止めるハヤテに、健一は不快感を露わにした顔を向ける。
そんな蔑んだ目で見下されても、ハヤテは強い光を宿した目をして叫んだ。
「でも……それでも! お前たちがこれ以上猫獣人たちを傷つけるのは許さない! 頼むから、もう装甲戦士の力を、弱い者たちに使うのは止めてくれ!」
「……はぁ。結局、またそれなの?」
健一は、呆れたとばかりに、大きな溜息を吐く。
そして、傍らの薫に向かって言った。
「……もういいや。ネコさんたちの方には、ボク一人で行くからさ。カオルは、彼の相手をしてあげなよ」
「ああっ? 何でオレが、こんな野郎の相手なんか――」
「キミ、前に言ってたじゃないか? 『裏切り者は許さねえ』って……。今が、その思いを晴らすチャンスだよ」
「アァッ? ……って――おい、クソガキ……それって、どういう――」
反射的に怒声を上げようとした薫だったが、健一の言葉に潜んだ含みに気付いて、思わず目を丸くしながら彼に尋ねる。
「え? どういうも何も――」
健一は、薫の問いかけにキョトンとした顔をした後、子供らしい無邪気な笑みを満面に浮かべながら、キッパリと言い切った。
「裏切り者の上に、ボクたちの邪魔ばかりしようとする奴なんて――殺しちゃえ」




