第五章其の肆 役割
夜闇に沈む草原に、また深紅の血霧が舞う。
「……ぐは……」
キジ白柄の屈強な猫獣人兵の巨体が、力無くその場に崩れ落ちた。
一瞬遅れて、彼の首が、ボトリという湿った音を立てて、地に落ちる。
「ヒャハハハハハッ! まったく口ほどにもねえな! やっぱ、二本足で立って、言葉を喋ってても、結局猫は猫でしか無かったって事か!」
足元に転がった猫獣人の亡骸の欠片を踏みにじりながら、装甲戦士ツールズは、狂ったような笑い声を上げた。
「……やれやれ。それは、さすがに彼らがかわいそうだよ。何せボクたちは、人並外れた怪人たちとも対等以上に戦える力を持つアームドファイターだよ。いくら剣や弓矢で武装してると言ったって、元世界の人間並みか、ちょっと上くらいの力しか無い彼らがボクたちに敵うはずも無いだろう?」
そう言って嘲笑を漏らしたのは、全身を返り血で真っ赤に染めたアームドファイターZ2だった。
彼の周囲の草原も、ツールズと同様に、事切れた猫獣人の無惨な死体で埋め尽くされている。
……その時、
「――!」
ふと何かに気付いたように、後方を振り返ったZ2は、蒼く光る結界の壁の一点に目を留めた。
暫くの間、その一点を凝視していたZ2だったが、「――ふふ……」と忍び笑いを漏らし、
「そういう事ね。……まったく、サトルめ」
そう独り言つと、大げさに肩を竦めてみせた。
――と、
「……う、うぅ……」
「――うん?」
微かに聞こえた呻き声を耳にしたZ2は、訝しげにちょこんと首を傾げ、呻き声が聞こえた足元に視線を落とす。
――その視線の先で、まるでカーペットのように敷き詰められた猫獣人たちの死体の一部が僅かに動いていた。
「へぇ……」
Z2は、フルヘルムの顔面を覆う縦スリットの間から、まるで嘲笑うかのように白いアイユニットを光らせると、敷き詰められた亡骸をその脚で蹴り剥がす。
そして、その下から出てきたものに、愉しそうに声をかけた。
「……やあ、元気かい?」
「……ぅぅ……」
Z2から、多分に皮肉めいた声を掛けられたのは、ひとりの若い猫獣人だった。彼の右腕は、無残にも斬り飛ばされ、肩から先を失っていた。
彼は、痛みと恐怖で顔を歪めながら、必死に地を這いずって、何とかZ2から離れようと藻掻く。
「おっと、逃がさないよ」
「が――ッ!」
猫獣人の口から、苦悶に満ちた悲鳴が漏れた。這って逃げようとする彼の背中を、Z2の重い装甲に覆われた脚が思い切り踏みつけたのだ。
彼の胸部が、ミシミシと音を立てて軋む。Z2の脚と地面に挟まれたせいで、彼の肋骨にいくつもの罅が入った音だ。
Z2は、白目を剥いて血泡を吹く猫獣人の顔を見てクスクスと笑いながら、背中に乗せた足を退け、代わりに彼の耳を掴んで強引に持ち上げる。
「あ……アァ……」
「キミは随分と運がいいね。ボクたちの攻撃から生き残るなんて。……まあ、その傷じゃ、どのみち長くはないだろうけど」
実に愉快そうな口ぶりでそう言ったZ2は、持ち上げた猫獣人を草原の上に座らせた。
そして、意識も朦朧な猫獣人に顔を近づけて、静かな口調で囁く。
「せっかくだから、生き延びたキミにお遣いを頼もう」
「た……たす……たすけ……て……」
「うん、助かるよ、キミは。……キチンとお遣いを果たして、お仲間の治療が間に合えば、ね」
仮面の下の幼い顔を嗜虐的に歪めながら、Z2はゆっくりと言葉を継いだ。
「なぁに、お遣いって言っても、カンタンな事さ」
そして、今度は猫獣人の首根っこをひょいっと掴むと、傍らで佇んでいる主を亡くした馬の背にその身体を乗せる。
「……?」
悪魔の突然の行いを目の当たりにした猫獣人は、目を大きく見開いて、Z2を見下ろした。
そんな怯えと当惑がないまぜになった顔を前にして、Z2は腕を真っ直ぐに伸ばしながら言葉を継ぐ。
「そう、とってもカンタン……。キミには、ここの状況をできるだけ詳しく、あそこの一番偉い人に伝えてきてほしいんだ」
Z2が伸ばした腕と指の先には――、暗闇の中で白く浮かび上がる王都キヤフェの外壁が見えていた。
驚いた表情を浮かべる猫獣人。
「な……な、ぜ……?」
「もちろん、キミたちの王様たちに、キミたちとボクたちの力の違いっていうのを、ハッキリ解ってほしいからさ。――その上で、こう伝えてほしい。『キミたちが現在持ってる“光る板”を全てボクたちに引き渡してくれるなら、今日は大人しく帰ってあげる』――ってね」
「お――おい! テメ、クソガキ! 何を勝手に――!」
「――じゃあね。頼んだよ」
自分の言葉に、驚いたツールズの怒声を無視したまま、Z2は猫獣人を乗せた馬の尻を蹴りつける。
突然強烈な鞭を入れられた馬は、棹立ちになって嘶くと、狂ったように疾走り出した。
その上に跨った瀕死の猫獣人は、残った手で馬の鬣を掴み、振り落とされないように必死でしがみ付く。
狂奔する馬と、その乗り主の姿は、あっという間に小さくなっていった。
――と、
「おい、クソガキ! テメエ、説明しろ!」
憤懣やるかたないといった様子のツールズが、大股でZ2に近付いてきて、その胸倉を掴む。
「何だよ、『光の板を渡せば帰る』ってよォ! オレ達の目的は、『石棺をぶっ壊す事』だろ! なのに、何で――!」
「……簡単だよ。『石棺の破壊』は、現実的じゃない。そう判断したんだ。ボクはね」
ツールズに掴まれたまま、Z2は涼しい声で淡々と答えた。
「だから、もっと現実的で、今回の作戦の第二の目的でもある、『光る板の回収』達成の方を優先させるのさ」
「で、でもよ、それじゃ、オッサンの――」
「……サトルだって、『石棺の破壊』が、ボクたち二人でできるなんて、はじめっから思ってもいないのさ」
「……何だと?」
Z2の答えに唖然とするツールズ。
自分の胸倉を掴むツールズの握力が緩んだ隙を逃さず、その手を振りほどいたZ2は、苦々しげな声色で言葉を継いだ。
「……サトルが望んでいたのは、ボクたちが暴れ回って、可能な限り、こいつらの注意と戦力を引きつける事自体なんだよ。別に、その結果、石棺を壊せようが壊せまいが、サトルの本来の狙いにはあまり影響が無いって事なんだろうさ」
「はぁ? じゃあ、何で俺たちに『石棺を破壊しろ』って――」
「そのくらい、目標を高くぶち上げないと、真面目に暴れてくれないって思ったんじゃないかな? ――キミが」
「……」
茫然としているツールズを尻目に、Z2は、腰のZバックルを外し、装甲を解除した。
Z2から戻った健一は、手元のZバックルを玩びながら、先ほど凝視していた結界の光の壁を見遣り、不満そうな表情で呟く。
「……どうやら、サトルの思惑通りに事が進んだみたいだから、もうボクらが無理をして、わざわざ疲れる必要も無いさ。さっきの猫さんが、キチンとお遣いを果たしてくれて、向こうの王様が物分かり良く光の板を全部渡してくれたら、大人しく帰ってあげようよ」
「い……いや、そんな素直に持ってくるか、アイツら? ――あっちには、あのクソ野郎もいるんだし……」
「……そうなったら」
不安そうな声を上げるツールズの言葉に、健一は小さな溜息を吐きながら答える。
「――もし、そこまで物分かりが悪いんだったら、光の板に加えて、少しおまけが付く事になるね。……猫獣人全ての命と、装甲戦士テラ――焔良疾風の首っていうおまけがね」




