第三章其の壱拾参 乱妨
石造りの廊下の石壁が、凄まじい轟音とともに弾けた。
「くっ……!」
間一髪のところで直撃は避けたが、降りかかる石礫に全身を打たれ、テラは苦痛の呻きを漏らす。
「ヒヒヒ……、ざまあねえや。さっきまでの勢いはどこに行ったんでしょうねェ?」
そう、下卑た嘲笑をテラに浴びせるのは、漆黒の分厚い装甲を纏い、隈取されたマスクのアイユニットを真っ赤に光らせた――装甲戦士シーフ・ゴエモン・ザ・ラフネックだった。
彼は、高らかに哄笑しながら、幅広の刀身をした黄金の太刀を軽々と振り回した。
「さあさあ、もう終わりですかい、痩せっぽちのみすぼらしい狼サン?」
「……舐めるなぁーッ!」
シーフの挑発に吠え返したテラが、瓦礫が転がる床を蹴る。
その背中に風を纏って一気に加速し、瞬く間にシーフの懐に入り込んだ。
即座に左手を手刀に擬し、シーフの胸板に叩きつける。
「ウルフファング・ウインドッ!」
――が、
「ヒヒヒ……、効きませんや、そんなちゃちなカマイタチごとき!」
「グッ……!」
至近距離から放たれたにも関わらず、テラが放った真空の刃はシーフの胸の装甲に僅かな傷を作っただけだった。
逆に、その懐深く入り込んでしまったテラは、シーフの太い両腕に捉われてしまう。
「は……放せ!」
「ヒヒヒッ! そう言われて放すバカは、装甲戦士なんかやってられませんぜ」
そう言って不敵に笑うシーフは、まるで恋人を抱きしめるかのように、テラの身体を自分の胸に、きつく押し付けた。
「せっかく、自分から飛び込んできた羽虫――たっぷりと茹でてさしあげやすぜ!」
と、シーフの漆黒の胸部装甲が赤く光り始める。
「ボイリング・デス・ペナルティィッ!」
「ぐ……グアアアアアアアッ!」
赤熱化したシーフの胸部装甲にその身を焼かれ、テラは苦悶の叫びを上げた。
圧しつけられた彼の体からはぶすぶすと音を立てて煙が上がり、テラの装甲とスーツが焦げる嫌な臭いが辺りに満ちる。
「く……く、そ……」
何とかシーフの拘束から逃れようと、テラは必死で体を捩るが、シーフの腕のクラッチはガッチリと食い込み、全く外れる気配が無かった。
苦しむ彼の姿を見ながら、シーフは愉悦に満ちた高笑いを上げる。
「ヒャハハハハッ! 気持ちいいなぁ~! 今までのあっしは、ジロキチしか持ってなくてセコい戦い方しか出来やせんでしたが、このゴエモンならこういう力押しも出来るんですねェ! 今のあっしなら、来島のツールズあたりとも互角以上に渡り合えそうですねェ!」
「は……放せェっ!」
「グッ……!」
テラの苦し紛れの頭突きが、高説を垂れる事に夢中になって少し油断したシーフの顎にヒットした。シーフはさすがにたじろぎ、腕のフックが甘くなる。
「……くっ!」
その隙を逃さず、シーフの拘束から脱出するテラ。――だが、そのダメージは大きい。
「……ッ!」
焼け爛れた胸の痛みをこらえて大きく後ろに飛び退いたテラは、即座に高く飛び上がった。
廊下の高い天井ギリギリまで達すると、その身体を丸めて、その場で縦に回転し始める。
その回転を増すごとに、脚部に集まったエネルギーがだんだんと大きくなり、青い光を放ち始めた。
「……食らえッ!」
そして、その身を蒼い光輪と化したテラは、眼下のシーフ目がけて、勢い良く降下する。
「……ちぃっ! こいつはちいとやべえや……!」
頭上で激しく回転する蒼い光輪を見上げるシーフから、余裕が消えた。そして、手に持った黄金の段平――G・セイバーをしっかりと握り直した。
一方のテラは、その回転速度をますます速めながら、みるみるシーフへと迫る。
その必殺の踵落としが狙うのは――シーフの黒いマスクの眉間!
「旋風・アックスキィ――ックッ!」
次の瞬間、甲高い轟音が一帯の空気を激しく震わせた。
夥しい白煙が巻き起こり、ふたりの戦いを遠巻きに見守っていたアシュガト二世とその兵たち、そしてフラニィの視界を奪う。
「ど……どうなった……?」
状況が見えず、ざわつく猫獣人たち。
――と、
「ひ……ひひ……ヒヒヒッ……!」
煙の中から、下衆な笑いが聞こえてきた。その瞬間、その場にいる全ての者の表情が強張る。
やがて、煙が晴れた。そこに立っていた影は――。
「ヒヒヒッ! このG・セイバーを真っ二つに叩き折るたあ、大した必殺技ですねェ! さすが、装甲戦士の端くれな事はありやすが……ちいと威力が足りやせんでしたねェ!」
そう叫んで高笑いをしていたのは、刀身が半ばで砕けたG・セイバーの柄を持つ右手をだらりと垂らしたシーフだった。
そして、その高く掲げた左手に首を鷲掴みにされ、力無くぶら下がっているのは……、
「は……ハヤテ様……っ!」
フラニィが悲鳴を上げる。
だが、がくりと頭を垂れたテラが、その声に応える様子は無かった。
「ハヤテ様――!」
「ヒヒヒッ! いくら呼びかけても無駄ですぜ。完全にノビてますからねェ!」
フラニィの必死の声を嘲笑うように、シーフは声を弾ませる。
そして、脱力したテラの体を片手で揺さぶりながら、言葉を継いだ。
「ああ、そうそう、知ってますかい?」
「……?」
「装甲戦士の装甲アイテムに姿を変えた光る板なんですがね。困った事に、こいつは一回装甲アイテムになっちまったら、変えた奴の専用所有物になっちまって、二度と元の板には戻らないんですよ。……ある条件を除いてね」
「……それは、まさか――!」
シーフの含みのある言葉に、表情を変えたのは、アシュガト二世だった。
その声に、シーフはフンと鼻を鳴らす。
「そう……所有者が死んじまうと、装甲アイテムは再び元の光る板……空に戻るんですよ。――そうしちまえば、さっきあっしがやったみてえに別の装甲戦士が力を込めるだけで、あっという間にそいつの換装アイテムへと姿を変えるのさ!」
「……まさか――!」
「――そう!」
思わず声を上ずらせる王に視線を遣ると、シーフは掴み上げたテラの体をひときわ激しく揺らしながら叫んだ。
「つまり、今ここでこいつを殺しちまえば、ブランクの板が二枚増えるって事よ! そうすりゃ、合計で三枚の空の板が手に入るから、もう一枚くらい、あっしが拝借しても構いやしねえでしょう……」
そう言うと、シーフは右腕をゆっくりと上げる。
そして、その手に握ったG・セイバーの折れた切っ先をテラの首元に突きつけると、酔ったような声で呟いた。
「……そうすりゃあ、この装甲戦士シーフの最終形態――ルパン・ザ・ムッシューのロッキングキーが手に入る……。もう『戦力外』だと、あいつらに蔑まれる事も無くなるんだ……ヒヒヒッ!」




