第三章其の壱拾弐 媒体
シーフは、光る板のうちの1枚を頭上に高く掲げながら哄笑を上げた。
「ヒヒヒ……、新入りさん、不思議に思いませんでしたかい?」
「――何をだ……?」
シーフの声に不気味なものを感じながら、テラは訊き返す。
徐々に輝きを増していく板の光でアイユニットを輝かせながら、シーフは声を弾ませた。
「……アンタがこの世界に堕ちた時、この二枚の光る板を手元に持っていた……そうでやしょう?」
「――ああ」
シーフの発言の意図が掴めぬまま、テラは小さく頷いた。
「確かに……。どうして持っていたのかは、全く覚えていないけれど……」
「ヒヒヒッ。でしょうねェ」
テラの答えに、シーフは満足げに頷いた。その間にも、彼の手に握られた光る板は、その輝きを少しずつ増していく。
「まあ、覚えてねえって言っても、そう気に病むことは無いですぜ。なにせ、オチビトは皆、コイツを持っていた理由どころか、日本からこのクソみてえな異世界に落っことされた時に何があったのかを覚えちゃいねえんでさ。……あの牛島サンですら、ね」
シーフはそう言うと、声を潜ませながら、くっくっと笑い、更に言葉を継いだ。
「ただ、ハッキリしてるのは、オチビトは皆、この光る板を二枚持ってここにやってきた――て事でさ」
「……でも」
「――『でも、何で牛島サンや来島のボウズは装甲アイテムを複数持っているんだ』ですかい?」
「――!」
言おうとした疑問を先取りされたテラは、内心でひどく驚く。
その様子を見たシーフは、満足げに嘲笑った。
「ヒヒヒッ! 確かに、最初に持っている板二枚では、“ユニット”と“媒体”で、一フォームにしか換装できない計算になりますよねェ」
装甲戦士になるには、核となる“ユニット”と、装甲タイプや属性を決定づける“媒体”が必要となる。
テラであれば、“ユニット”がコンセプト・ディスク・ドライブ、“媒体”がコンセプト・ディスクであり、
シーフならば、“ユニット”がロッキングパッド、“媒体”がロッキングキーだ。
装甲戦士は、様々な“媒体”を複数入れ替える事により、バリエーション溢れる複数の形態に姿を変える事ができるのである。
「――でも、ひとりの装甲戦士が、複数の媒体を持つ方法が無いでもないんでさ。それが――」
そこまで言うと、シーフは右手に持った光る板をひときわ高く掲げ上げる。
「――この方法でさぁ!」
そうシーフが叫ぶと同時に、板は一際目映い光を放ち、テラはその眩しさに思わず目を瞑った。
……この光、ハヤテには見覚えがある。
(これは――あの時、俺が持っていた光の板がコンセプト・ディスク・ドライブとコンセプト・ディスクに姿を変えた時と同じ光――!)
ぞわりと肌が粟立つのを感じたテラは、眩んだ眼を必死で見開き、シーフの方へ向けた。
「ひ、ヒヒヒッ! 見事成功でさ!」
そう叫ぶと、シーフは甲高い笑い声を上げながら、光る板を掲げていたはずの右手を大きく振った。
その指先には、黒い鍵の様なものが握られている。
テラには、その鍵が何だか、すぐに分かった。
「ろ……ロッキングキー・ゴエモンか……!」
「ヒヒヒ……ご名答!」
テラの呟きに、シーフは満足げに頷いた。
「――これが、ひとりの装甲戦士が複数の装甲アイテムを手に入れる方法でさ。……即ち、『ブランクの光る板に、己の力を入れ込む』――ってね!」
「……ブランク……?」
聞き慣れぬ単語に当惑の声を漏らすテラには構わず、シーフは手で摘まんだ小さな黒い鍵を一瞥すると、僅かにため息を吐いた。
「ですが……“ゴエモン”ですかい。――一足飛びに“ルパン”だったら、尚良しだったんですがねェ。……まあ、さすがにそいつは高望みってモンでしょうかねェ」
そう呟くと、シーフは板から姿を変えた黒い鍵を迷いなく腰のロッキングパッドの鍵穴に挿し込み、高らかに声を張り上げる。
「オープン・セサミ! アームド・ファイターッ!」
「しまっ――!」
慌てて、シーフに攻撃を加えて彼の装甲チェンジを阻止しようとしたテラだったが、シーフのロッキングパッドから噴き出した黒い煙が、たちまちその姿を覆い隠した。シーフ目がけて振り下ろしたはずの拳は、何の手応えもなく、徒に黒い煙を巻き上げるばかりだ。
「ヒヒヒ……、装甲戦士の装甲チェンジ時に攻撃を加えるなんざ、無粋の極みってヤツですぜ」
「……チッ!」
黒煙の向こうから、シーフの声が聞こえる。その人を食った嘲り声に、テラは思わず歯噛みした。
と、
彼がジロキチ・ザ・バンディットになった時と同じように、朦々と立ち込めていた黒煙がかき消すように消える。
そして――煙の消えた後に立っていたのは、先ほどの細身の灰色の装甲を身に纏った鼠面の戦士ではなく、厚くごつい装甲で全身を覆い、まるで隈取の様な模様が刻み込まれたマスクを被った姿があった。
「……!」
その姿を見たテラは、全身に緊張感を滾らせ、油断なく身構える。その姿になったシーフは、先ほどまでの姿よりもずっと手強い事を、彼は知っていたからだ。
一方のシーフは、キョロキョロと自分の体を見回しながら、満足そうな含み笑いを漏らす。――そして、ロッキングパッドからの機械音声が、高らかに名乗りを上げた――。
『ゼッケイカナ! ゼッタイカナ! 装甲戦士シーフ――“ゴエモン・ザ・ラフネック”!』




