第三章其の壱拾壱 装甲
「な……! い、いつの間に――!」
扉の向こうで力強く右腕を突き出している、狼の顔をした蒼い装甲戦士の姿を目の当たりにしたシーフは、思わず声を上ずらせた。
――が、その横に、雪の様な白い毛をした猫獣人の少女が佇んでいるのに気づき、忌々しそうに舌打ちをする。
「そうか……! あっしが猫どもとじゃれ合っている間に、アイツの装甲アイテムを取りに行かせたのか――!」
「……そうだ」
シーフの呟きに、静かに応じたのは、兵の肩を借りながら、よろよろと立ち上がったアシュガト二世だった。
「兵たちが貴様を足止めし、余がお主の“交渉”とやらに付き合ってやっている間に、フラニィに報せを寄越し、保管していたハヤテ殿の魔具を持ってこさせたのだ」
「……」
「――そして」
アシュガト二世の言葉を引き継いだのは、ハヤテ――装甲戦士テラだった。
「お前が“影潜り”で消えたタイミングで、フラニィを呼び寄せ、このコンセプト・ディスク・ドライブとコンセプト・ディスクを受け取ったって訳だ。影潜りの『影の下にいる間は、水中に潜っているのと同じように、地上の事は殆ど感知できない』という弱点を知っていたからな」
「……チィッ!」
テラの言葉に、シーフは先ほどに倍するボリュームの舌打ちをする。
「あっしの弱点を的確に知ってるのは、やっぱり、あっしより未来の世界から堕ちてきたからですかねェ? まったく……!」
そう忌々しげに叫ぶや否や、シーフは左腕を一振りした。
左腕に仕込まれたラットテイル・ウィップがうなりを上げて、周囲の壁に醜い傷をつける。
そして、油断なく構えるテラを憎々しげに睨みつけた。
「――あっしの手の内は、全部お見通しだって事かぃ! よりにもよって、情報の隠匿性が命のジロキチ・ザ・バンディットだっていうのに!」
そう絶叫したシーフは、テラたちに向けて背を向ける。
「いくら何でも、分が悪すぎますや。……そうと分かれば、長居はできませんやね。盗人は盗人らしく、尻尾を巻いて退散させていただきやす!」
そう言い捨てると、再び影潜りを発動させ、影の中に身体を潜ませようとした。
当然、テラは彼をむざむざと逃がす気はない。
「――逃がすか!」
彼は足をぐっと踏みしめると、その身体に風を纏わせ、一気に床を蹴った。
文字通り一陣の風となったテラは、瞬時にシーフの元に達する。
そして、半身を足元の影の中に沈み込ませていたシーフの首根っこを掴んだ。
「なッ、速い――!」
「うおおおっ!」
驚愕するシーフを、まるで大根を引き抜くかのように影の中から引きずり出したテラは、その背中を蹴りつける。
「がッ――!」
苦痛に歪んだ声を残して、シーフの身体は宙を飛び、廊下の石壁に激しく打ち付けられた。頑丈な石壁に亀裂が走り、剥離した瓦礫がシーフの体の上に次々と降り注ぐ。
――と、
「畜生!」
憤怒に塗れた叫びと共に、瓦礫が四方八方に吹き飛ばされた。
その下から、埃まみれになった灰色の装甲が、むくりと身を起こす。
シーフは、瓦礫を打ち散らしたラットテイル・ウィップをぶらりと垂らしながら、歪んだ灰色の仮面の瞳をギラギラと光らせながら、テラを睨みつけた。
「……ッ!」
立ち上がったシーフの姿を見止めたテラは、無言のまま躊躇なく床を蹴り、疾風の速さでシーフに迫る。
「畜生! ――ラットテイル・ウィップッ!」
シーフは、迫りくるテラに向けて、左上の鞭を振るった。
――だが、テラはその攻撃を読んでいる。
「――ウルフファング・ウィンドッ!」
彼は右手の指を伸ばして手刀を作り、真空の刃を発生させるや、己に迫りくるラットテイル・ウィップに向けて放った。
「――なッ……?」
自慢の鞭をテラの真空の牙で切り刻まれたシーフの口から、驚愕の叫びが漏れる。――が、次の瞬間、その顔面に容赦のない拳撃が撃ち込まれた。
「ぶ――ッ!」
シーフは不意を衝かれてよろめくが、すぐに体勢を立て直すと、右手のロウデント・トゥースをテラに向かって突き出す。
テラは、咄嗟に白い刃を避けようとしたが避け切れず、左肩のアーマーに刃を受けた。
シーフの鋭い歯がテラのアーマーを貫通し、その肩に突き立つ。
「ぐっ……!」
狼の仮面の下で、ハヤテの顔が苦痛に歪んだ。が、ぐっと歯を食いしばると、右拳をロウデント・トゥースの刃身に打ち込み、真っ二つにへし折る。
そして、右脚を上げると、シーフの腹を足裏で蹴った。
だが、充分な威力で蹴りがヒットした感覚は無かった。
「ちっ! 浅いか……!」
自分の蹴りを腹で受けた瞬間、咄嗟に後方へ飛び退いたシーフがバク転で一回転し、彼から五メートルほど離れた距離に音もなく着地したのを見て、テラは悔しそうに舌を打つ。
一方のシーフは、ゆらりと立ち上がりながら、緑に光るアイユニットでテラを睨みつけた。
「ヒヒ……なかなかやりなさるねェ、新入りさんよぉ」
シーフは不敵な笑い声を上げながら、左手で腰の南京錠型のバックルを撫でる。
「まさか、ラットテイル・ウィップを切り刻まれるとは思いませんでしたぜ。――ヒヒヒ、どうやら、このジロキチ・ザ・バンディットでは、その装甲戦士には敵わねえみてえですねェ」
「ああ、そうみたいだな。大人しく観念してくれれば、こちらはこれ以上の危害を加えるつもりは無い――」
「おおっと、勘違いしてもらっちゃあ困りますやね」
シーフは、テラの言葉を中途で遮ると、小馬鹿にしたような笑い声を上げた。
「――あっしが『敵わねえ』って言ったのは、あくまでこのジロキチ・ザ・バンディットではって話でさあ」
「――! まさか……?」
シーフの言葉を聞いた瞬間、テラの脳裏にツールズと戦った時の事が思い浮かぶ。
再び、警戒を強めながら、テラはシーフに尋ねた。
「お前……まだ他に装甲アイテムを持っているのか――?」
「ああ、いやいや」
シーフは、テラの問いかけに、おどけた様子で首を横に振ってみせた。
「あっしは、諜報の腕だけを買われていましたからねぇ……。これまで戦力扱いをされてなかった関係で、牛島サンや来島のガキみたいに、装甲アイテムを複数持つ事を許されてなかったんですよ。だから、今持っている“ロッキングキー”は、このジロキチ・ザ・バンディットだけでさ。――今まではね」
「……今までは――?」
シーフの言葉に含みを感じて、テラは怪訝そうに聞き返す。
だが、その手に摘み上げられている物を見て、顔色を変えた。
「まさか――!」
テラの狼狽える様子を見たシーフは、愉快そうに喉を鳴らし、大きく頷く。
そして、手にした光る板を高く掲げると、高らかに叫んだ。
「さあ、お立合い! この装甲戦士シーフ二つ目のロッキングキー、その誕生の瞬間をとくと御覧じろ! ってねェ!」




