第三章其の拾 獲物
「う……うおおおおおっ!」
今度は、剣を振り上げた数人の兵が、一斉に呼吸を合わせてシーフへ斬りかかった。半円状に隊形をつくり、同時に剣閃を食らわそうという算段だ。
「おお、一体多数の戦いでの基本ですねぇ。ケダモノの分際にしては、なかなか考えなさった――」
シーフは、多方面から一気に距離を詰めてくる兵たちに向けて、まるで称賛するかのように手を叩き――仮面の下で口の端を歪ませた。
「――ですが!」
そう叫びざま、彼が左腕を横に一閃すると、格納されていたラットテイル・ウィップが瞬時に伸び、接近してきた兵たちを、纏めて横薙ぎに打った。
「ぐあ……っ!」
「が――っ!」
「げふっ……」
屈強な兵たちが、強烈な鞭打をその身体に受けて、その場で力無く頽れた。
「ヒヒヒ……」
シーフはいやらしい笑い声を上げながら左腕を振り、猫獣人たちを挑発し威嚇するように、頻りに鞭の風切り音を鳴らす。
そして、心持ち顎を上げて、見下すようにしながら口を開いた。
「さあて……。石棺の事について、ある程度の情報を頂けやしたから、これ以上はもうこんな猫のションベン臭えところに長居するつもりは無いんでね。そろそろお暇させてもらいやすぜ――もう一つ、いや二つ、お宝を頂戴したら、ね」
「お――お宝……?」
シーフの言葉に、思わず聞き返すアシュガト二世だったが、敵の視線が、自分の胸元に向けられている事に気付き、身体を強張らせた。
「ま――まさか……この光る板の事か!」
「ヒヒヒッ……ご明察で」
シーフは、王の声に、得たりと大きく頷いてみせた。
そして、まっすぐに右手を伸ばして言う。
「で……モノは相談なんですが、その懐の中に仕舞った光る板を、おとなしくあっしに渡しておくれませんかねェ? 正直、アンタたちが持っていたところで何の役にも立たないタダの板でやしょう? それなら、あっしら“オチビト”が持って、存分に活用してやった方が、板も幸せってモンです」
「……」
「もちろん、あっしの要求を快く呑んで頂ければ、これ以上お騒がせせず、大人しく引き上げる事をお約束しますぜ。……出来れば、潜入ついでに“石棺”もぶっ壊せればと思ってやしたが、さっきのアンタの話を聞く限りだと、あっしひとりじゃあ些か荷が重い仕事の様なんでねェ……」
「……断る」
慇懃無礼に頼むシーフの提案を、アシュガト二世はただの一言で拒絶した。
「……ほう」
王の答えを聞いたシーフは、意外そうな声をあげる。次の瞬間、彼の全身からドス黒い殺気が噴き出すのを、その場に居合わせた全ての者がハッキリと感じた。
シーフは、低く押し殺した声で静かに言う。
「……やはり、所詮はケダモノですねぇ。アンタ達には何の価値もない板2枚と、この場の全員の命――どちらを選ぶべきかなんて、考えるまでもないでしょう? なのに、こんなに良い条件の提案を蹴るなんて――」
「良い条件? ……どこがだ、この嘘つきが!」
王は、シーフの言葉を中途で遮り、敢然と叫んだ。
「ならば、何故貴様らは、この光る板をそれほどまでに欲するのだ? ――恐らく、この板は貴様の――その異形の力の依り代か触媒になる物なのであろう? なれば、これを貴様らに渡してしまうと、後々より多くの我が民の血が流れ、命が消える事になる! 違うか?」
「……ヒヒッ。猫のクセに、随分と勘の良い事で。ひょっとすると、来島のボウズよりも、ずっと賢いんじゃないかねェ?」
そう言うと、シーフはくくく……と下卑た笑い声を上げ――そして、唐突に止めた。
「……だったら、しょうがないですねェ。ここは盗人らしく、掻っ攫っていくとしやしょう!」
「――ッ!」
シーフの言葉に、王の周囲の兵たちが目を吊り上げる。
そして、自分たちの王に危害を加えさせてなるものかと、その周囲に身体を寄せ、厚い肉の壁を作った。
――だが、シーフの余裕の態度は崩れない。
「ヒヒヒッ……前だけを固めても、この装甲戦士シーフには通用しませんぜ!」
そう叫ぶや、シーフの姿が、徐々に低くなり始めた。
それを見た兵たちの間に動揺が広がる。
「な……何だコレは?」
「まるで……底なし沼に足を踏み入れたように……」
「か……影の中に――沈んでいく?」
「ヒヒヒッ……!」
驚愕の表情を浮かべる兵たちを尻目に、シーフの体は完全の自身の影の中に沈んだ。
狼狽を隠せぬ様子で、剣を構えたまま、周囲をキョロキョロと見回す兵たち。
――と、
「ヒヒヒッ! “鬼さんこちら”……ってねェ!」
「ぐっ――!」
小馬鹿にしたようなシーフの声に呻き声が重なった。
兵たちは、一斉に声の方に顔を向け――愕然とした。
「ヒヒヒ……捕まえやしたぜ、ボス猫さん……!」
いつの間に、先ほど影の中に消えたはずのシーフが、アシュガト二世の背後に現れ、彼の首を締め上げていた。
頸動脈を絞められ、その白毛に覆われた顔を苦痛で歪める王の懐をまさぐり、仄かに光る板を取り出したシーフは、満足げに頷く。
「確かに頂戴いたしやした。……これで、アンタに用は無くなった訳ですが――」
そう言うと、シーフは王の顔を背後から覗き込みながら、その耳元に囁いた。
「――せっかくなんで、あっしがあの結界の外に出るまでのエスコートもお願いしましょうかねえ。ヒヒヒ……」
「……だ、誰が……貴様などの――ガアアッ!」
「ほらほら、腕を引き千切られたくなければ、大人しく歩きなせえ」
息を荒げながら、大きく頭を振ったアシュガト二世の腕を、片手で捻り上げたシーフは、強引に体を回転させ、王を拘束したまま出口に向かって歩き始める。
「へ……陛下!」
周りを取り巻く兵たちが一斉に声を上げるが、王を人質にされてはシーフに手を出すことができなかった。彼らは歯噛みしながら、王とシーフが廊下を歩き去るのを見送るしかない……。
その時――、
「……トルネード・スマアアアアッシュッ!」
部屋の中から異様な掛け声が聞こえた瞬間、渦巻く一陣の旋風が兵たちの間を縫うように通り過ぎ、廊下を歩くシーフの背中に炸裂した!
「がッ……?」
完全に不意を衝かれたシーフは、体勢を崩し、思わずアシュガト二世の身体から手を放してしまう。
王は、その好機を逃さずに廊下を転がり、シーフから距離をとった。
「チィッ! ……何だ、今のは!」
人質を逃したシーフは、大きく舌を打つと、憤怒を露わに背後を振り返る。
――その、緑色に輝く眼が捉えたのは……、
「……お前は、決して逃がさない……!」
――蒼き狼の顔をした、精悍な戦士の姿だった。
「この俺……装甲戦士テラ・タイプ・ウィンディウルフがな!」




