第三章其の漆 開錠
――四人目の森の悪魔――!
突然の闖入者の名乗りに、部屋の中に居た者たちは一斉にどよめく。
その中でも一番驚愕していたのは――、
「よ……四人目……だと?」
ハヤテだった。
彼は、椅子から僅かに腰を浮かせた体勢で、蒼白になった顔面を引き攣らせながら声を漏らす。
「そ……そんな事は……! あの時、牛島は確かに『この拠点に居るのは、三人だけ』と言っていた……!」
「ヒッヒッヒッ……新参の兄ちゃんは、随分とお人が宜しいようで」
ハヤテの呟きを耳敏く聞きつけた“四人目”は、皮肉気に笑い飛ばす。
「あの、おっかねえ蛇みてえな牛島サンの言う事を、こうもアッサリと信じなさるとはねぇ――」
「……っ!」
「ええい! 何をしている! 早くその悪魔を討ち取れぃ! 壁に張り付いている今が好機だ!」
イヤらしい笑みを浮かべる四人目の男を指さして、指揮官が叫んだ。
その声に応じて、数人の兵が男の方へ走り寄り、串刺しにせんと一斉に剣を突き出す。
「「「ウオオオオオオオッ!」」」
「おお、怖い怖い」
風切り音と共に、自分の身体に数条の銀の閃きが近付いてくるのを見ながら、男は頬を歪めて嗤った。
次の瞬間、天井の隅に張り付いた男の姿が、忽然と掻き消える。
「「「な――ッ?」」」
突きを放った兵達の口から、驚愕の叫びが漏れ、
「「「ぎゃ……ギャアアッ」」」
次いで、苦悶に満ちた声を上げ、血飛沫を上げながらバタバタと斃れた。
「ヒヒヒ……汚え断末魔だ。猫は猫らしく、可愛らしくニャアとでも鳴いて死になせえな」
パックリと裂けた死体の喉元から噴き上がる血飛沫の中で不敵に嗤う男を前に、思わずたじろぐ。
と、
「ええい、怯むな!」
怖じ気づく兵達を一喝したのは、アシュガト二世だった。
彼は、目を爛々と光らせながら、腕を大きく振って叫ぶ。
「――出口を固め、密集せよ! ここを守れば、こいつは外に出られん!」
「……さすがは王様ですねえ。ただの化け猫どもよりは、よっぽど肝が据わっていなさる。――実に、冷静で的確な判断ですぜ」
落ち着いて命令を下すアシュガト二世の姿に、思わず感嘆の声を上げる男。おどけた様子でパチパチと手を叩くが、その口ぶりとは裏腹に、その態度には一片の敬意も感じられない。
そして、男は口の端を歪めて嘲笑を浮かべると、懐に手を突っ込みながら言葉を継いだ。
「ただし――、それはあくまでも、生身のあっし相手だったら……って話でさぁ!」
「――マズい!」
男が、懐に入れた手を抜いたのを見たハヤテは、目を大きく見開いて叫んだ。
「王様! ソイツの持っているモノを取り上げて! アレは――!」
「おっと! ソイツぁ勘弁ですぜ!」
ハヤテの絶叫に、大げさに肩を竦めた男は、左手に持ったものを前に掲げる。
彼の手に握られていたのは――鈍く光る“南京錠”の形をしたものだった。
「な……あれは……?」
それを見た兵たちの間から、戸惑いの声が上がる。
だが、ひとりハヤテだけは、男が持っているものが何なのかを理解し、青ざめた。
「あれは――ロッキングパッドだ! ダメだ! ソイツにキーを挿させるな!」
「兄ちゃん、アンタも装甲戦士ならご存知でやんしょ?」
男のしようとしている事を何とか阻止しようと、手枷が嵌まったままの手をバタつかせるハヤテに向けて、ニヤリと皮肉に満ちた嗤いを向けて、男は言った。
「ヒーローが装甲を纏う時には、敵だろうが味方だろうが一切手を出してはならねえっていう暗黙の了解ってヤツを――ね!」
そして男は、まるで手品のような手つきで古めかしい鍵を右手の指先に出現させると、左手の南京錠の鍵穴に挿し込んだ。
そして、
「さて、いきますぜ……」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべた男は、
「――オープン・セサミ・アームド・ファイター!」
と、高らかに声を挙げながら鍵穴に挿した鍵を回す。
ガチャリと音を立てて錠前の掛け金が外れた瞬間、切り込みから灰色の煙がモクモクと勢い良く吹き出してきた。
「う……な、何だこれは? な……何も見えんぞ!」
突然の猛煙に、混乱をきたす兵達。
と――、
ぶわっという音を立てて一際大きく煙が広がり、部屋中に煙が充満した。兵と王は煙を吸い込まないよう、咄嗟に手で口を塞ぎ、息を止める。
……すると、
「……くくく……安心しなせえ。この煙は吸っても無害ですぜ。――ただ……」
煙の中から、男の嘲る様な笑い声が上がった。
「……この姿になったあっしは、人畜無害とは、とても言えない存在ですけどね。ヒヒヒ……!」
そう続いた彼の言葉と同時に、部屋中に満ち満ちていた灰色の煙がかき消すように消え去る。
――そして、煙の発信源だった男は、既にその姿を変えていた。
狡猾なネズミを思わせる鋭角なフォルムをしたマスクに、最低限の装甲しかあしらわれていない、灰色のスーツ……!
「やっぱり……! あいつは――」
彼の姿を目の当たりにしたハヤテは、ぎりぎりと唇を咬む。
そんな彼の前で、スーツのベルトバックルとなったロッキングパッドから鳴る無機質な機械音声が、高らかにその名を告げた――!
『サッソウトウジョウ! ココニサンジョウ! 装甲戦士シーフ――“ジロキチ・ザ・バンディット”!』




