第二十五章其の壱拾壱 後悔
合流したテラとルナは、互いの息を合わせて、ゾディアックとトリックに挑みかかる。
ルナがタイプ・ライトニングチーターが持つ高い機動力を存分に活かして翻弄し、テラがタイプ・マウンテンエレファントの強大なパワーとビッグ・ノーズで攻撃を仕掛けるが、一方のゾディアックとトリックも、負けじと巧みな連携を見せた。
ゾディアック・サジタリアスモードの特徴である弓矢での遠距離攻撃と四脚による急速接近を組み合わせた複合戦術を、トリックが様々な奇術技を駆使してサポートする。
彼らのコンビネーションは巧みで、正に阿吽の呼吸だった。
何合かの衝突を繰り返すうちに、攻めかかった側であるテラとルナの方が、徐々に圧され始める。
戦闘経験の乏しさからか、ルナがトリックの仕掛けた陽動や挑発に軽々しく乗ってしまい、そのせいでテラとのコンビネーションが乱れ始めたのだ。
ルナが策に嵌って不用意に飛び出す度、彼女のサポートに回らざるを得ないテラの負傷と疲労が少しずつ増えていく……。
そんな彼の姿を見て焦りと責任感を感じたルナが、ますます冷静さを失って突出し、またトリックの撒いた巧みな罠に嵌ってしまい、彼女を助け出す為にテラが消耗する――そんな悪循環に、ふたりはまんまと陥ってしまったのである……。
「……だいじょうぶかな……」
フラニィたち背中で庇うように立ちながら、固唾を呑んで戦いの推移を見守っていた天音が、不安そうに呟いた。
「向こうに比べて、テラとルナは息が合ってない……」
互いに考えがうまく伝わってなくて、戦い方がちぐはぐになっているのが、遠目で見ても分かる。
特に、ルナが必要以上に気負い過ぎているようだった。
――ふと、天音の脳裏に、さっきルナが漏らした声が蘇る。
――『で、でも……私は……ルナは、テラの相棒なんだから……相棒……なのに、私は……』
「……確かに、気持ちは分かるんだけどさ」
そう呟いた天音は、腰のポシェットにそっと手を当てた。
……いつもなら、中に入れたハーモニーベルが清らかな音を鳴らすのだが、何も入っていない今は、何の音も返ってこない。
空っぽのポシェットを押さえたまま、天音は表情を曇らせた。
(ハーモニーベルを持っていれば、あたしがルナの代わりにあそこでテラと戦えるのに……)
そう考えるが、ドリューシュに装甲アイテムを預けた事を今更悔やんだところで、どうしようもない。
「……っ」
彼女は、テラとルナの危機を前に何も出来ないもどかしさにきゅっと唇を噛んだ。
……と、
「――だいじょうぶですよ、アマネ様」
「え?」
確信に満ちた声を聞いた天音は、驚きながら背後を振り返る。
「フラニィ王女……だいじょうぶって……?」
「心配なさらなくても、ハヤテ様たちは負けません」
負傷してぐったりと横たわるマーレルの方の傷口に布を当てながら、テラたちの戦いを見ていたフラニィは、戸惑う天音に頷きかけた。
「だって、おふたりとも、とってもお強いですから」
「それはそうですけど……」
懐疑的に『それじゃ、何の根拠も……』と言いかけた天音だったが、フラニィに一片の曇りも無い瞳で見つめられ、思わず口ごもる。
そんな彼女に微笑みかけたフラニィは、何の疑いも抱いていない声で言葉を継いだ。
「……だから、あたしは信じています。ハヤテ様とアオイ様が勝ってくれるのを」
「…………そうですね」
力強く言い切ったフラニィに、天音もふっと表情を緩め、こくんと頷く。
空のポーチに当てていた手を離した彼女は、背中合わせに立ってゾディアックたちの攻撃に備える様子のテラとルナへと目を向けた。
そして、祈るように手を組み合わせ、小さな声で呟く。
「あたしも信じるわ。……だから、ふたりとも頑張って……!」
「……テラ、怪我は平気?」
ルナは、二十メートルほど離れた所に立つゾディアックを油断なく見据えながら、背中を合わせた相棒に気遣いの声をかけた。
「ああ……」
それに対し、小さく頷いたテラだったが、象面の覆面の下で僅かに顔を顰め、右脚を押さえる。
彼の太股の装甲の隙間から僅かに覗くラバースーツ部分には、鋼鉄製のトランプが深く突き立っていた。
先ほどトリックがルナに向けて放った無数のトランプ手裏剣の内の一枚だ。咄嗟に彼女を庇ったテラが、覆面のビッグ・ノーズを高速回転させて防いだものの、全てを打ち落とす事は出来なかったのである。
「……ごめんなさい」
先ほどの一合を思い出しながら、ルナは微かに震える声でテラに詫びた。
「私のせいだ。あの時、ちゃんとテラの言う事を聞いて、トリックの事を深追いしなければ……」
「今は戦闘中だ、ルナ」
後悔の言葉を漏らすルナを、テラが静かに窘める。
「悔やむのは後だ。今は、目の前の敵に集中するんだ」
「……そうだね」
テラの言葉に、ルナは気を取り直すように呟いた。
「負けて死んじゃったら、反省も後悔も出来ないからね。落ち込んだり、あなたに土下座したりするのは、あいつらをぶっ倒した後にする!」
「別に土下座する必要は無いが……それでいい」
ルナの言葉に思わず苦笑しながら、テラは頷く。
――と、
「さてと! そろそろ一気にケリをつけるとするか、トリックよ!」
対峙するルナたちに鋭い視線を向けながら威勢よく叫んだゾディアックが、おもむろに前脚で地面を掻き始めた。
「そうだな。分かった!」
テラとルナが肩で息をついているのを見て頃合いだと踏んだトリックも、相棒の声に応じる。
「はっ!」と掛け声をかけて高く跳び上がったトリックは、空中でくるりと一回転して、ゾディアックの馬身の背の上に音もなく降り立った。
「あれをやるぞ、トリック!」
そう叫んだゾディアックは、新たな黄金の矢を番え、限界まで引き絞った大弓を――おもむろに天に向けたのだった――!




