第二十五章其の陸 指令
「――そんな事より」
と、拳を構えたままのテラは、気を取り直すようにゾディアックとトリックに尋ねた。
「お前たちが、ここに来た狙いは……やはり、俺たちの首か?」
「まあな」
テラの問いかけに、ゾディアックは小さく頷く。
予想通りの答えを聞いて、テラは覆面の下で顔を引き締め、構える拳を更に強く握った。
だが――、
「――それもある」
「……っ?」
ゾディアックが続けて口にした言葉を聞いて、僅かに戸惑う。
「それ“も”? ……他にも目的があるのか?」
「そういう事だ」
テラの更なる質問に、今度はトリックが頷いた。
困惑するテラの様子に面白がるような視線を向けたトリックは、手に持った“トリッキーステッキ”で肩を軽く叩きながら言葉を続ける。
「今回、こんな所まで出向いてきた俺たちは、ボスからいくつかミッションが与えられていてな。その内のひとつの目的を達成できれば、他のミッションは放棄して帰ってきて構わないと言われている。そのクリア条件のひとつが、『装甲戦士テラとルナの抹殺』だ」
そう言ったトリックは、トリッキーステッキを器用に持ち換え、「ちなみに――」と続けながら、その先端をフラニィへと向けた。
「そこの白猫のお姫様を俺たちの村に連れ帰るというのも、クリア条件のひとつだ」
「……ッ!」
トリックの言葉を聞いて、思わず身を強張らせるフラニィ。
そんな彼女の反応を見てせせら笑いながら、ゾディアックがテラに呼びかける。
「くくく……テラよ。もし、お前がその白猫の身柄をワシらに引き渡してくれるのなら、キサマらは見逃してやってもいいぞ」
「……ッ! そんな――」
「そんな条件、飲むはずないでしょう!」
テラの返事を先取りするように声を荒げたのは、天音だった。
その顔に激しい怒気を滲ませる彼女に目を向けたトリックは、わざとらしく肩を竦めてみせる。
「おやおや、これは天音ちゃん。ちょっと見ない間に、随分と絆されちまったようだな。ひょっとして、化け猫どもに化かされてるのかい?」
「化け猫なんて言うのはやめてっ!」
からかい混じりのトリックの言葉に、天音は更に激昂した。
「フラニィ王女は……猫獣人族のみんなは、あたしたち人間とほとんど変わりがありません! みんな、あたしたちと同じように感情を持ってて、怒ったり泣いたり……笑ったりするんです!」
「笑う猫なんて、正に化け猫じゃねえか」
呆れと嫌悪が混じった声で言い捨てたゾディアックは、手にした大弓を天音に向けながら、「なら――」と続ける。
「ワシらは別に、もうひとつのクリア条件の達成でも構わんぞ。……『敵方へ寝返った秋原天音の奪還、もしくは殺害』という、な」
「えっ……?」
予想外の言葉に、思わず天音は上ずった声を漏らした。
「ど、どういう意味? あたしを……殺害?」
「どういうも何も、そのままの意味だが?」
かつての仲間から物騒な言葉をかけられて狼狽する天音に対し、一度は無情に言い放ったゾディアックだが、すぐに「まあ……」と少し語調を和らげる。
「そうビビる事は無いぞ。『奪還、もしくは殺害』と言っただろう? お前がおとなしくワシらと一緒に村へ戻るというのなら、殺すどころか痛い目に合わせる事もせんし……」
そう言いながら、彼はテラたちに視線を向けた。
「お前たちと化け猫どもも見逃してやる」
「なに……?」
「俺たちがウチのボスから命じられたのは、さっき挙げた三つのクリア条件のどれかを達成する事だからな。天音ちゃんを取り戻せるなら、俺たちにこれ以上戦う理由は無くなる」
胡乱げなテラの反応を見たトリックが、ゾディアックの言葉を補足するように口を挟み、天音に向かって手招きする。
「そういう訳で……天音ちゃん、一緒に帰ろう。自分と同じオチビトの……仲間の元へ」
「そうすれば、無駄な犠牲を出さなくて済むぞ。悪い条件では無いと思うがな」
「……っ」
トリックとゾディアックの説得を受けた天音は、僅かに躊躇を見せた。
先ほどの爆発を食らってから、トリックに足蹴にされたままピクリとも動かないルナの体をチラリと見て、それから自分を庇うように立っているテラの背中へと視線を移した天音は――何かを決意した表情を浮かべ、答えを告げる為に息を――。
「――お前があいつらの要求に従う必要は無いぞ、アマネ」
「……っ!」
唐突に上がったテラの言葉に、天音はハッと息を呑んだ。
そんな彼女に背を向けたまま、テラは言葉を継ぐ。
「大丈夫だ。この場は俺が何とかする。……お前は、どこへも行かせない」
「テ……しょうちゃん……」
テラの力強い言葉に、天音は仄かに頬を染めながら、小さく頷いた。
一方、誘いを断られた形のゾディアックとトリックは、呆れと失望が入り混じった溜息を吐く。
「やれやれ……あの野郎が言ってた通りになっちまったな」
「天音ちゃんが俺たちの言葉に従ってくれれば、余計な血を見なくても済んだのになぁ」
そう嘆いたトリックは、手にしていたトリッキーステッキを右手でくるくると回しながら、左手の指をパチンと鳴らした。
次の瞬間、彼が手にしていたトリッキーステッキは細長い刀身の“トリッキーレイピア”へと変わる。
「……まあ、いい」
そう続けたトリックは、トリッキーレイピアの鋭い切っ先を、足蹴にしているルナの首に擬した。
「だったら……一番手っ取り早く達成できそうなクリア条件の半分を満たさせてもらう事にするさ。そう……こいつを串刺しにし――」
「……甘いよっ!」
トリックの言葉は、彼の足元から上がった叫びによって遮られる。
それと同時に、金属同士が激しくぶつかる甲高い音が上がり、ルナを踏みつけるトリックの脚に白銀の鈎爪が食い込んだ。
「っ? お前、いつから起きて――」
「食らえっ!」
声を上ずらせるトリックにそう叫んだルナは、
「サンダーランブリング・クローッ!」
自分が出せるありったけの電撃を、レイピアに食い込ませた鈎爪から放出したのだった――!




