第二十五章其の伍 奇術
「な……何コレっ?」
ルナは、虚空から忽然と現れた無数のトランプのカードに気付いて、驚愕の声を上げった。
その間にも無尽蔵に増え続けるトランプの札は、虚を衝かれて対処行動が遅れた彼女の周囲を舞いながら次々とまとわりつき、やがてその体の自由を奪う。
「きゃ……きゃあっ!」
なおも襲い来るトランプ札から逃れようと、無理な体勢で藻掻こうとしたルナは、バランスを失ってうつぶせに倒れた。
「ルナッ!」
それを見たテラは、彼女の元に駆け寄ろうとするが、
「来るなっ!」
「っ?」
当のルナから強い声で制止され、思わず足を止める。
地面に倒れたルナは、なんとかトランプの拘束から逃れようと藻掻きながら、立ちすくむテラを睨みつけた。
「こ……このくらい、自分で何とか出来る……大丈夫!」
「そ、そんな事を言っても……」
「アナタの手なんか借りないって言ってんの!」
当惑しながら言い返そうとするテラに、ルナは更に声を荒げ、激しく首を左右に振る。
「私だって装甲戦士なんだから、この程度のピンチ、ひとりで何とか出来ないと――」
「バカ! 変な意地張ってどうするのッ!」
頑なにテラの助力を拒絶しようとするルナを、天音は険しい声で叱りつけた。
「そんな身動きできない状態で何言ってんの! まずは、テラに助けてもらって……」
「助けなんていらないって言ってんじゃんッ!」
だが、ルナは、天音の助言を聞き入れるどころか、ますます激昂する。
「だって……本物の装甲戦士ルナは、装甲戦士テラの好敵手で、対等な仲間だったのに……こんな事でテラに助けてもらってちゃ……私は本物とは正反対の、ただの足手まといでしかな――」
ルナの絶叫は、無数の爆発音によって遮られた。
彼女の体にまとわりついていた無数のトランプのカードが一斉に火を噴き、次々と爆発したのだ。
「く……ぅ……っ!」
「ルナッ!」
装甲だけでは防ぎきれなかった爆発の衝撃を受け、呻き声を上げながら苦しげに身を捩るルナを見て、悲鳴混じりの絶叫を上げる天音。
一方のテラは、彼女の元に駆け寄ろうと、地面を蹴る――その寸前、
「おっと! そう簡単に助けにはいかせねえぜ! お前もあのチーター女と一緒に爆ぜちまいな!」
不敵な声が上がると同時に、彼の頭上にもルナの時と同じ様に無数のトランプ札が現れ、ひらひらと舞いながら降り注いできた。
と――、
即座に、テラはトランプ札を一瞥する間も無く、頭上に向けて右腕を突き上げる。
「トルネードスマ――ッシュッ!」
パワーを込めた右拳によって殴りつけられた空気が、瞬時に轟風の竜巻と化し、彼に降りかかろうとしたトランプ札を全て吹き飛ばした。
そして――、
「――ウルフファング・ウィンドッ!」
上に突き上げた拳をすぐさま手刀に擬し、そのまま前方に鋭く振り下ろす。
そして、瞬時に手刀から発生した真空波は、今まさに彼に向かって放たれた黄金の矢を真っ二つに断ち切った。
「へぇ……」
「ちぃっ!」
「……」
同時に上がる感心混じりの嘆声と悔しげな舌打ちを浴びながら、テラは振り下ろした腕をゆっくりと戻して構え直し、油断なく周囲を見回す。
そんな彼に、新たな黄金の矢を番えた大弓を向けながら、装甲戦士ゾディアックは忌々しげに言った。
「確か……装甲戦士テラとか言ったか? お前は、そこでノビてるチーター娘と違って、なかなかやるようだな」
「……さすが、あのジュエルと戦って生き延びただけの事はある……ってか」
ゾディアックの言葉に応えるように、姿なき声が上がる。
「即座に俺とゾディアックの連携攻撃を読んで対処するとは……随分と戦い慣れているようだ」
「……お前らの仲間たちのお陰で、場数だけは踏んでるからな」
姿なき声の言葉に淡々と答えながら、テラは周囲に目を配った。
「さっきのトランプの攻撃……お前は、装甲戦士トリックだな?」
「大当たり!」
姿なき男の口調が急に変わり、その直後、ルナが倒れている場所に夥しいピンク色の煙が上がる。
濛々と上がったピンク色の煙はすぐに晴れ、その後に現れたのは――、
「紳士淑女の皆様! 聞いて知り、見て驚かれよ! 我こそは神出鬼没のイリュージョニスト! 装甲戦士トリック、華麗に登場ぉッ!」
燕尾服を模した藍色の装甲に、頭には黒く輝くシルクハットを被った装甲戦士だった。
原作通りの陽気な調子の口上を叫びながら、地面に倒れるルナの体を足蹴にしている彼の姿を見たテラは、構えた拳をより強く握り込みながら、低い声で呟く。
「確か……その装甲は、トリックの基本フォーム――“インディゴマジシャン”だったな」
「またまた大当たりっ!」
テラの言葉に対し、高らかに叫んだトリックは、わざとらしく拍手してみせた。
「そういえば……アンタは、オチビトたちの中でも一番新しい時代から堕ちてきたんだったな。だったら、トリックの事も知ってて当然か」
「ああ……」
トリックの呟きに小さく頷いたテラは、その覆面の目をギラリと輝かせる。
「お前だけじゃない。ゾディアックの事も良く知ってる。毎週の日曜日の朝には、欠かさずテレビで見てたからな」
「へえ、毎週欠かさずとは、それはまた随分と熱心なファンだな」
「まあ……単純に暇だったんだよ」
そう答えると、テラはチラリと天音の方を見た。
「……色々あって、ほとんど家に引きこもってたからな」




