第二十五章其の肆 奇襲
「――ハヤテさんっ!」
黄金の矢による突然の不意打ちに一瞬体が固まったハヤテの耳に甲高い絶叫が届くと同時に、激しい衝撃が彼の体を襲った。
「ぐっ……!」
バランスを崩して草原の上に転がった彼は、強かに打った背中の痛みに顔を歪める。
だが、仄かに漂ってきた鉄臭い匂いに気付き、慌てて身を起こした。
そして、自分の傍らに倒れた少女の姿を見るや、上ずった声で叫ぶ。
「ま……マーレルさんッ!」
「うぅ……っ」
ハヤテの呼びかけに答える余裕も無い様子で、マーレルは荒い息で喘いだ。
彼女の左肩の黒い毛は、ぱっくりと裂けた傷口から噴き出した鮮血で、赤く染まっている。
「マーレル! 大丈夫っ?」
一瞬遅れてマーレルの異変に気付いたフラニィが、血相を変えて彼女の元に駆け寄った。
マーレルの傍らに膝をついたフラニィは、躊躇いなく自分のスカートを引き裂き、親友の肩の傷に押し当てる。
傷口に当てられたを白い布がじわりと赤くなっていくのを見て、表情を曇らせたハヤテは、ふたりを守るように立ち、背中越しに声をかけた。
「フラニィ……マーレルさんの事を任せてもいいか?」
「はい! もちろんです」
「頼む」
力強いフラニィの返事を聞いて頷いたハヤテは、装甲アイテムを取り出そうと、カーゴパンツのポケットに手を伸ばす。
――が、
「装甲なんて纏わせねえよ!」
再び殺気を孕んだ野太い怒声が上がり、ギリギリと弓の弦を引き搾る音が鳴った。
「今度こそくたば――」
「調子に乗んなあっ!」
男の絶叫は、鋭い少女の声によって遮られ、同時に金属同士がぶつかる甲高い音が響く。
雷光を放ちながら急接近してきた狩猟豹面の装甲戦士の攻撃を、黄金色の大弓ではっしと受け止めた襲撃者――半人半馬を模した白銀の装甲を身に纏った装甲戦士ゾディアック・サジタリアスモードは、苦々しげに舌を打った。
「チッ! 邪魔するんじゃねえ!」
「邪魔するに決まってるじゃない!」
狩猟豹面の装甲戦士――装甲戦士ルナ・タイプ・ライトニングチーターは、激しい憤りを露わにしながら、大弓で受け止められた鈎爪に力を込める。
「アンタ……なに、まだ生身のハヤテさんに向けて装甲戦士の攻撃を撃ってんのさ! 装甲戦士の力は、強大な力を持った敵と戦う為のもので、普通の人間相手に向けるものじゃないでしょうが!」
「普通の人間……?」
ルナの怒声を浴びたゾディアックは、わざとらしく首を傾げ、それから肩を揺らして嗤い出した。
「がーはっはっはっはっ! おかしな事を言いやがる!」
「な、何がおかしいってのさっ?」
「普通の人間だと? 装甲戦士になれる能力を持った奴が、“普通の人間”な訳が無いだろうがッ!」
そう叫んだゾディアックは、馬型の下半身の後肢で竿立ちし、浮いた前肢でルナの体を蹴りつける。
「くうっ!」
腹に痛撃を食らったルナは、たまらず吹き飛ぶが、猫の如き身のこなしで空中を一回転し、ゾディアックから数メートル離れた地面に音もなく着地した。
それを見たゾディアックは、新たな黄金の矢を番えた大弓を彼女に向ける。
「だったら、既に装甲を纏っているお前の方から片付けてやろう! 食らえぃ!」
間髪を入れずに放たれた黄金の矢が、ルナの覆面の眉間目がけて飛んだ。
――次の瞬間、
「トルネードスマッシュ!」
「ッ!」
鋭い一声と共に吹き上がった竜巻の渦によって、自身が放った必殺の矢が吹き飛ばされるのを見たゾディアックが、ハッと息を呑んで首を巡らす。
「キサマ……装甲戦士テラ!」
「……お前の狙いは俺だろう?」
ルナがゾディアックに攻撃を仕掛けている隙に装甲を纏ったハヤテ――装甲戦士テラ・タイプ・ウィンディウルフは、構えた拳を握りしめながら言った。
「だったら、来いよ。お前のお望み通り、相手してや――」
「待って、テラッ!」
テラの言葉を不満げな叫び声で遮ったのは、ルナだった。
立ち上がりながら、右手だけじゃなく左手の鈎爪も展開した彼女は、鋭い光を宿した目でゾディアックを睨みつける。
「こいつは私に任せて」
「ルナ……」
ルナの言葉を聞いたテラは、「……いや」と、小さく頭を振った。
「戦闘は俺が引き受ける。君は、フラニィたちを安全なところまで避難させてくれ」
「大丈夫だよ。私でも戦れる」
テラの指示を、ルナは僅かに苛立ちを含んだ声で拒否する。
「だから、テラが王女様たちを避難させて」
固い声でそう言った彼女は、チラリとテラを見た。
その視線には、マスク越しでも分かるほどの不審と不満の感情が含まれている。
「ひょっとして……弱い私じゃコイツに勝てないって思ってるの?」
「あ、いや……そういう訳じゃ……」
「……ホント、ウソつくのが下手だよねっ!」
唐突にルナが声を荒げた。
激昂した彼女に驚いたテラは、拳を構えたまま唖然とする。
そんな彼に向けて、ルナはなおも激情をぶつけた。
「隠さなくていいよ! 私が弱いと思ってるから戦わせたくないんでしょ? 正直に言いなさいよ!」
「だから……俺は決して君が弱いなんて……」
「だったら、黙って私に任せてって言ってんの!」
苛立ちながら叫んだルナは、何か言い返そうとしたテラを無視して、鈎爪を出した両腕を体の前で交差させた格好で小さく背を丸める。
そして、足裏に力を込めながら、ゾディアックに向けて叫んだ。
「行くよ馬モドキ! サンダーストラ――」
「――アオイッ! ダメ!」
今にもゾディアックに向けて跳躍しようとしたルナだったが、唐突に上がった鋭い制止の声に驚き、思わず足を止める。
そして、自分を止めた声の主の方に顔を向け、咎めるように問い質した。
「なにさっ? 何がダメなの、アマネちゃんッ?」
「ひとりじゃない!」
顔色を変えた天音が、上ずった声で叫ぶ。
「ゾディアックの他にもうひとり……多分、トリッ――」
「……やれやれ、困るよ、天音ちゃん」
彼女の言葉を遮るように、新たな声が上がった。
「せっかく仕込んだ手品のタネを、勝手に観客にバラしちゃ」
次の瞬間――、
何の前触れもなく現れた無数のトランプがルナにまとわりつき、彼女の体の自由を奪ったのだった……!




