第二十四章其の壱拾捌 我儘
「皆さま……兄様とみんながひどい事をしちゃって……本当にごめんなさい……」
「申し訳ございません……」
昼下がりのオシス砦。
主郭の中で一番日当たりのいい一室で昼食を待つ間、神妙な顔をしたフラニィとマーレルは、ハヤテたちに対して、先ほどの件に対する十何回目かの謝罪をした。
「いや……だから、その事はもういいから……」
ふたつの耳をぺたりと伏せて、本当に申し訳ない様子でしょげ返る彼女に、ハヤテは慌てて首を横に振ってみせる。
……このやり取りも、もう十何回目かだ。
そんな彼の言葉に、傍らに座る天音も頷いた。
「ええ……しょうちゃんの言う通りです。もうあたしたちは気にしてませんから、どうか謝らないで下さい」
「そうそう! 王女様たちが謝る事なんかないですって!」
天音に続いて口を開いたのは、碧である。
だが、彼女は他のふたりと違って、未だ怒りが収まらない様子で、ぷうと頬を膨らませたままだったが。
「悪いのは、王子様とあのイケメン隊長の方です! まったく……!」
「いや……マティア隊長の方はともかく、ドリューシュ王子は、ピシィナたちに頼み込まれて、しぶしぶ芝居に加わっただけだから……」
「ふんっ! どうだかっ!」
碧は、ハヤテの執り成しの言葉に、憤然としながら鼻を鳴らす。
「最初はそうだったかもしれないけど、途中からは絶対に楽しんでたよ! ノリノリだったじゃん、あのヒト!」
「あ……ウチの兄様がすみません……」
「だ―ッ! だから、王女様が謝る事じゃ無いんですってばぁ!」
自分の言葉を聞いたフラニィが、しょげ返りながら頭を下げるのを見て、碧は慌てて首を横に振る。
――と、
「……っていうかさ」
そう言いながら、碧は天音の方に顔を向けた。
そして、気遣う様な表情を浮かべながら、おずおずと訊ねる。
「アマネちゃん……本当に良かったの?」
「……何が?」
「あ、いや……」
キョトンとした表情で訊き返す天音に、碧はたじろぎつつ言った。
「その……装甲アイテムを、王子様に預けたままにして……良かったの?」
「あ……うん」
碧の問いかけに、天音はコクンと頷いた。
そして、空になった腰のポシェットに手を当てる。
そのポシェットは、彼女の装甲アイテムであるハーモニーベルを入れていたものだった。
先ほどのやり取りの中で、ハヤテたち三人がドリューシュに預けたそれぞれの装甲アイテムは、すぐに彼らの手に返された。「我々は、もう皆さんに対して爪の先ほどの疑念も抱いてはおりませんので、こちらの“魔具”はお持ち下さい」というドリューシュ自身の言葉を添えて。
だが――ハヤテと碧は素直に受け取ったのに対して、天音は頑なに受け取りを固辞したのだ。
結局、天音の装甲アイテムは、彼女の強い希望により、ドリューシュが預かる事となったのだが……。
天音は、先ほどのやり取りを思い返しながら、口元に穏やかな微笑みを浮かべると、静かな声で答えた。
「――ドリューシュ王子や猫獣人のみんなは、あたしの事を信じてくれるって言ってくれたけど、やっぱりまだ怖いだろうから、少しでも彼らの不安を和らげられればって思って。……それに」
「……それに?」
「あたしは、しょうちゃんやアオイに比べると全然弱いから」
そう言うと、天音は強がり交じりの苦笑を浮かべる。
「この前、森の中でアオイと戦って負けた時もそうだし、一昨日に王都で沙紀さ……インセクトと戦った時にも痛感したの。……あたしは、他の装甲戦士に比べて、一段も二段も力が……ううん、覚悟が劣ってる、ってさ」
「覚悟……?」
「うん」
訝しげな表情で訊き返す碧に、天音は小さく頷きかけた。
そして、顎に指を添え、考え込むような素振りを見せながら、訥々と言葉を継ぐ。
「何て言うのかなぁ……。“戦う為の理由”って言うのかな? 多分、そういうのがあたしにはまだ欠けてるんだと思うの」
「戦う為の理由……」
「……だからね」
天音は、ハヤテの顔を真っ直ぐに見つめながら、ハッキリとした口調で言った。
「今のままのあたしが装甲戦士として戦ったとしても、多分しょうちゃんやアオイの足を引っ張るだけだと思う。だったら、装甲アイテムをドリューシュ王子に預けておいて、その間ゆっくりと自分の内面を見つめ直して、あたしなりの“戦う理由”っていうのを見つけようと思ったの」
そう言うと、彼女は四人に向けてニッコリと笑いかける。
「その理由が……ふたりと一緒に戦える理由を見つけたら、その時には胸を張ってドリューシュ王子に『返して下さい』って言いに行くつもり。どのくらいかかるかは分からないけれど……それまでふたりには待っててほしい。……我儘言ってゴメン」
「アマネちゃん……」
天音の言葉に、碧は目を少し潤ませながら、力強く頷いた。
「ワガママなんかじゃないよ! 私たちは大丈夫だから、アマネちゃんの気が済むまで考えて! 私……待ってるからさ!」
「……うん」
碧にハヤテも賛同し、天音の顔をじっと見つめる。
「アマネ……焦って答えを出さなくていいからな。それまでは、お前の分まで俺が戦うから」
「しょうちゃん……うん」
優しい眼差しで自分を見つめるハヤテに、仄かに頬を染めながら天音はちょこんと頷いた。
「……分かった。待っててね、しょうちゃん」
「ああ……」
僅かに顔を俯かせながら答える天音に頷くハヤテ。
その頭の中では、先ほどの彼女の言葉の一節が漂っていた。
(……“戦う理由”か)
彼は、天音の俯いた顔を見つめながら、心の中で呟く。
(俺の戦う理由のひとつは、間違いなく――『お前を護る事』だよ、アマネ……)




