第二十四章其の壱拾漆 芝居
「え……?」
「ど、どういう事……?」
唐突に高笑いをし始めたドリューシュと、自分たちに向かって深々と頭を下げたマティアを前に、天音と碧は戸惑いの表情を浮かべる。
「……『試す真似』。ああ、そういう事か……」
その隣で、ハヤテは安堵混じりの苦笑を浮かべていた。
そんな三人に対し、下げていた頭を上げたマティアは、先ほどまでの冷厳な態度が嘘かのような柔らかい微笑を浮かべながら。「実は……」と口を開く。
「……今まで、自分が貴方がたに対して取っていた態度は、芝居です」
「し、芝居……?」
「はい。申し訳ございませんでした」
唖然とする碧に向け、マティアはもう一度深々と頭を下げた。
そんな彼に向け、険しい表情を浮かべた天音が詰問するような口調で尋ねる。
「……どうして、あたしたちに対して、あんな芝居を?」
「それは……」
天音の問いに対し、マティアはそれまで顔に浮かべていた微笑を消し、神妙な表情を浮かべながら言葉を継いだ。
「――今一度、貴方がたの本心を確認したかったのです。……アマネ殿、特に貴女の、ね」
「僕は、今更そんな事をする必要なんてないと言って止めたんですがね」
苦笑いを浮かべたドリューシュは、そう言いながら軽く首を横に振ると、傍らに立つマティアの事を指さし、言葉を継ぐ。
「このマティアが、どうしても再確認したいと聞かなくて……。結局、僕も押し切られてしまい、全く本意では無かったんですが、結果として皆さんを試すような企みに加担させられてしまったという訳でして……」
「お言葉ですが、殿下……」
マティアは、ドリューシュの言葉に対し、僅かに眉間に皺を寄せながら抗弁する。
「やはり、こういった事は有耶無耶にせずハッキリとさせないと、今後の付き合いに翳を落とす事になりかねません。それに――再確認する事を望んだのは、自分だけではありませんし……」
「え……?」
不可解なマティアの言葉に、思わず声を上げる天音。
そんな彼女に向け、軽く頭を下げたマティアは、ハヤテ達の背後にある鉄扉に向けて声をかける。
「――お前たち、もう出てきていいぞ」
「……はっ」
彼の声に応じるように、扉の向こうから複数の男の声が上がった。
そして、微かな軋み音を立てながら開いた扉の向こうからぞろぞろと部屋に入ってきたのは――、オシス砦に詰める猫獣人兵たちだった。
「へ……もしかして……?」
「……はい」
まるで満員電車の車内のように、狭い部屋いっぱいに満ちた猫獣人兵たちを見回しながら目を丸くする碧に、申し訳なさそうな顔をしたドリューシュが頷き、躊躇いがちに口を開く。
「この部屋の中で交わされた、我々の先ほどのやり取りですが……。実は、この者たちが扉の向こうで聴き耳を立てておりました」
「えぇ……」
ドリューシュの言葉に、思わず唖然とする碧。
と、その時、
「ハヤテ様! アオイ様! アマネ様!」
兵の群れの中から、可愛らしい声が上がった。
そして、まるで泳ぐように、両腕で兵たちの間を掻き分けながら前に出てきたのは、フラニィとマーレルだった。
「フラニィ? どうしたんだ、こんな所に……」
「本当にごめんなさい、アマネ様!」
ハヤテの呼びかけに一瞬だけ視線を向けて軽く会釈したフラニィは、呆気に取られる天音の元に駆け寄ってその手を取ると、深々と頭を下げる。
「ドリューシュ兄様たちの悪だくみを知ったのが、ハヤテ様たちと別れた後の事で……今すぐにでも止めようとしたんですけど、兵のみんなに説き伏せられてしまって、結局止められなくて……」
「わたしは、フラニィ様よりも少し早く知ったんですが、マティアさんに固く口留めされてしまっていたので……」
「あたしを命がけで助けてくれたアマネ様を、まだ疑って試すような事をさせてしまって……何と言っていいか分かりません。……兄様たちに代わって謝ります。本当に、ごめんなさい……」
「わたしも、もっとはっきりドリューシュ様たちに言えば良かったんです。本当に申し訳ございませんでした……」
ふたりの少女は、今にも泣きだしそうな顔をしながら、ひたすら天音に詫びた。
彼女たちが必死に謝るのを見て、兵士たちが動揺しながら互いに顔を見合わせ、部屋の中に気まずい沈黙が広がる。
――と、
「……ううん、気にしないで下さい、ふたりとも」
天音は、そんなふたりに微笑みを向け、優しい声で言葉をかけた。
「あたしは、別に平気ですから。そんなに謝らないで下さい。……むしろ、ここであたしの心を試してもらって良かったと思いますし」
「よ、良かった……ですか?」
「ええ」
戸惑いの表情を浮かべるフラニィに、天音はニッコリと笑い、言葉を継ぐ。
「今のやり取りで、ここに詰めかけた猫獣人の皆さんに、あたしの気持ちがちゃんと伝わったのなら良かったって思います」
「……って、アマネちゃんは言ってるけど! どうなの、みんなはッ? アマネちゃん……ううん、私たちに対する疑いは晴れたのかなッ?」
天音の言葉を受け、声を荒げながらギロリと周囲に立つ猫獣人兵を睨めつける碧。
「「「はっ、ハイッ!」」」
彼女の剣幕に、歴戦の兵である猫獣人兵たちは慌てて背筋を伸ばすと、声を合わせて返事をした。
そんな彼らの事を、目を三角にして睥睨した碧は、口を尖らせながら怒鳴る。
「じゃあ、そんな風にボ――ッと突っ立ってるんじゃなくって、何か言う事があるんじゃないの? 私たち……特に、アマネちゃんに対してさ!」
「あ……」
碧の言葉に、お互いの顔を見合わせた猫獣人たちは、天音と碧とハヤテに向かって一斉に深々と頭を下げた。
「「「「も、申し訳ございませんでした――ッ!」」」」
「……」
兵たちの事を憮然とした顔で見回した碧は、テーブルの向こう側に目を移すと、その表情を再び鬼のように変える。
「……ちょっと! そこっ!」
「……えっ?」
目を剥いた彼女にビシッと指さされ、戸惑い驚き慄くドリューシュ。
「ぼ、僕ですか?」
「決まってるでしょッ? みんな謝ってるのに、何でひとりだけシレっと部外者面をしてるんですかッ! あなたが、この企みの主犯でしょうがぁッ!」
「ええぇっ?」
碧の怒声に思わず声を裏返したドリューシュは、慌てて首を横に振った。
「い、いやいや! ぼ、僕は主犯なんかじゃないですよ? 僕はただ……マティアたちの立てた作戦に担ぎ出されて、しょうがなく芝居に付き合っただけで……」
「……ドリューシュ兄様。言い訳は男の人らしくないです」
「ふ、フラニィ?」
「ドリューシュ様……さすがに主犯とまでは言いませんが、あなたにも責任の一端はあると思います」
「ま、マーレルまでッ?」
猫獣人の少女ふたりからジト目を向けられ、激しく狼狽えるドリューシュは、「で……でも、僕は最初からハヤテ殿たちの事を疑ったりなんて――」と抗弁しかけるが、更に険しさを増すふたりの目にたじろぐと、
「と……とはいえ、部下の非礼は主の非礼でもありますね。――アマネ殿、ハヤテ殿、アオイ殿、大変申し訳ございませんでした!」
と、居ずまいを正しながら、三人に対して、深々と頭を下げるのだった。




