第二十四章其の壱拾陸 信疑
「アマネ……!」
「アマネちゃん――!」
ハヤテと碧は、天音がテーブルの上に自分の装甲アイテムであるハーモニーベルと“光る板”を置いたのを見て、上ずった声を上げた。
そんなふたりを一瞥した天音は、再びドリューシュの方に目を向け、淡々と言葉を紡ぐ。
「……あたしは、装甲戦士ハーモニーになれば、あなたたち猫獣人よりも強いですが、そうでない生身の時は、ただの人間の女です」
「……」
「自慢じゃありませんけど、装甲戦士の装甲を纏わないあたしは、多分……いえ、絶対に、この砦にいる猫獣人の兵隊さんの誰よりも弱い自信があります。全然鍛えていませんから、力もありませんし、戦う為の技術も持ち合わせていません」
天音は、そう言って自嘲げに微笑むと、更に言葉を継いだ。
「……さっきも言いましたけど、あたしは猫獣人の皆さんと敵対する気はもうありません。……だけど、いくらあたしが口先でそう言っても、今までの行いがあるから、やっぱり信用はされないと思うんですよね。『いざとなったら、装甲戦士ハーモニーになって、自分たちを襲うんじゃないか?』……って」
「……」
ドリューシュは何も言わず、ただ黙って彼女の声に耳を傾けている。
天音は、手元に置いたハーモニーベルと“光る板”をドリューシュの方へ押し出しながら、再び口を開いた。
「……だから、あたしはこれをあなた――ドリューシュ王子に預けようと思います。自分の意志で装甲戦士ハーモニーにならないという事を、猫獣人の皆さんに分かりやすく示す為に」
「アマネ……」
「アマネちゃん……」
ハヤテと碧が、心配顔で天音を見る。
それに対し、『大丈夫』と目くばせで応えた天音は、再びドリューシュと、その奥に立つマティアの方へと視線を戻し、更に言葉を継いだ。
「……あたしが持っている装甲アイテムは、このふたつ……“カナリアラプソディベル”と、変化させる前の状態の“光る板”一枚だけです。あたしは、まだ一枚しか装甲アイテムに変えてないので……」
「……」
「他に隠し持ってはいません。疑うようでしたら、全身くまなく身体検査してもらって構いま――」
そこまで言ったところで、彼女の言葉は不意に途切れた。何か固いものがテーブルの上に乗せられる乾いた音が、彼女の鼓膜を揺らしたからだ。
そして、
「……え?」
音がした方に視線を向けた彼女の口から、驚きの声が漏れた。
彼女の視界に入ってきたのは、テーブルの上に置かれた、四枚の円いディスクと、正方形をした箱型の機械ふたつ。
「な、何してるの、ふたりとも……?」
「……ドリューシュ王子」
呆然とする天音の問いかけには答えぬまま、ハヤテはドリューシュに向かって声を上げた。
そして、先ほどの天音と同じように、自分の装甲アイテムである三枚のコンセプト・ディスクと赤い外装のコンセプト・ディスク・ドライブをドリューシュの方へと滑らせながら、静かな声で尋ねる。
「貴方たち猫獣人のみんなが、アマネを畏れ、警戒する気持ちは良く分かります。……ですが、程度の差こそあれ、それは俺に対しても同じですよね?」
「……」
「――だったら、俺の装甲アイテムも、全て貴方にお預けします。それで、少しでも俺たちに対する貴方たちの疑心が晴れるのならば……」
「――私も同じです」
ハヤテの言葉に続いて、碧が口を開いた。
彼女は、僅かに怒りの光を宿した茶色がかった瞳でドリューシュの事を見据えながら、抑えた声で言う。
「正直……まだ、私たちがみんなに全然信用されてないんだと分かって、結構悲しいし、めちゃくちゃ腹立ってます。でも……やっぱり、私たちの持っている装甲戦士の力って、猫獣人の側から見たら脅威でしかないっていうのも、良く解るし……」
そう言って、碧はつと目を伏せた後、手元のコンセプト・ディスクと白いコンセプト・ディスク・ドライブをずいっと押し出し、テーブルの上をドリューシュの前まで滑らせた。
そして、ドリューシュの顔を鋭い目で睨めつけながら、凛とした声で言い放つ。
「――だから、私の装甲アイテムも、アマネちゃんとハヤテさんのと一緒に預けます!」
「……」
「王子様! この砦にいる、あなたを含めた全ての猫獣人が、心の底から私たちの事を信じてくれたら返して下さい。それまでは……存分に私たちの事を疑って、監視でも何でも好きなだけしてればいいよ! どれだけ疑われたって、埃ひとつ出てこないでしょうけどねッ!」
「香月さん……さすがに、ちょっと言葉が荒い……」
「何よ! ハヤテさんはムカつかないの? 面と向かって、アマネちゃんの事をこんな風に言われてさ!」
憤懣やるかたない様子で、慌てて窘めようとするハヤテを一喝する碧。
「私は悔しいよ! 私の友達の言葉を全然信用してくれなくて、こんなに辛い気持ちにさせちゃって……!」
「アオイ……あたしの事は、別にいいから……」
天音は、目を潤ませながら、フルフルと首を横に振った。
――と、その時、
「……ふふ、ふふふ」
テーブルの向こうから、押し殺した笑い声が聞こえてきた。
それを聞いた瞬間、碧は目を剥いて笑い声がした方へ振り返る。
「ふふふ……はっはっはっはっはっ!」
耐え切れない様子で、実に愉快そうに高笑いしているのは、先ほどまで氷のような冷たさを感じる程の無表情を貫いていたドリューシュだった。
「ちょっと! 何が可笑しいのよ、王子様ッ!」
「はははは……あ、いや、大変失礼いたしました、アオイ殿」
激昂した碧に一喝されたドリューシュは、慌てた様子で謝る。
そして、小さく息を吐くと、首を横に巡らし、背後に向かって声をかけた。
「……さてと。これで満足か?」
「……はっ」
ドリューシュの声に、直立不動のまま小さく頷いたのは――彼の背後に控えていたマティアだった。
彼は、静かに一歩前に進み出ると、天音の顔をじっと見つめる。
そして、フッと表情を和らげると、
「――アキハラアマネ殿。あなたの事を試すような真似をいたしまして、誠に申し訳ございませんでした」
と言いながら、彼女に向かって深々と頭を下げたのだった。




