第二十四章其の壱拾参 内緒
この小さな部屋に通されるまでの、猫獣人の余所余所しい態度。そして、この部屋に入ってからのマティアの冷たい対応のせいでずっと緊張していた三人だったが、互いに言葉を交わす事によって、心の余裕を幾分か取り戻しつつあった。
……だが、
「殿下が御出でになられたようです。どうぞご静粛に」
という、マティアの声を聞いて、再び表情を強張らせる。
三人は、互いに目配せをすると、木椅子に座り直した。そして、背筋を伸ばしてから頭を軽く下げると、背後の扉に向けて耳をそばだてる。
金属の扉が開く甲高い軋み音が聞こえ、同時にひんやりとした風が吹き込んでくるのが分かった。
やがて、床を歩く靴音と衣擦れの音が、三人の耳朶を打つ。
靴音は彼らの背後を通り過ぎ、テーブルの向かい側まで続くと、途絶えた。
「――ああ、皆さん、どうか楽にして下さい」
聞き慣れた、若い男の声が三人に向かって掛けられ、その声に応じて、三人がおずおずと顔を上げる。
果たして、テーブルの向かいには、灰白色の毛柄の若き王太子が立っていた。
「ドリューシュ王子……」
「……」
ドリューシュは、声をかけてきたハヤテに無言で軽く会釈をすると、マティアが静かに木椅子を引いた。
ドリューシュが椅子に腰を下ろすと、マティアはそのまま、主を護るようにその背後に立つ。
そして、その冷たく光る青い瞳で、ハヤテ達の事を睥睨した。
「……」
マティアの鋭い眼光に、ハヤテ達はますます表情を固くさせる。
そんな彼らに、テーブルの上に組んだ両手を乗せたドリューシュは、円卓越しに柔和な笑顔を向けた。
「おはようございます、皆さん。昨夜は、お疲れ様でした」
「……おはようございます」
ドリューシュの挨拶の言葉に対し、ぎこちなく挨拶を返す三人。
穏やかなドリューシュの口ぶりにも、三人の緊張は解けない。――否、ますます警戒心が増した。
なぜなら、一見微笑を浮かべているドリューシュだったが、その表情とは裏腹に、彼の目は少しも笑っていなかったのだ。
その金色の瞳に宿るのは、背後で直立不動で控えているマティアと似た類の光――。
「……」
ドリューシュの目に、強い警戒と猜疑の感情を見たハヤテは、思わず息を呑む。
昨夜までのドリューシュは、決してそんな目をハヤテに向ける事はしなかった。
(なのに、何故、今朝になって突然……?)
思いもかけぬドリューシュの豹変っぷりに、心の中で愕然とするハヤテは、狼狽のあまり二の句をつく事が出来ず、その口からは浅い息が漏れるのみだった。
――その時、
「――あの! ちょっといいですか?」
絶句するハヤテの代わりに声を発したのは、碧だった。
険しい表情を浮かべた彼女は、ドリューシュを睨みつけながら、低い声で尋ねる。
「どういう事なんですか? 私たちをこんな小部屋に呼び出して? 確か、お昼ご飯に誘われたんですよね、私たち?」
「ええ、その通りです」
碧の問いかけに対し、ドリューシュはあっさりと頷いた。
その素っ気ない答えに、碧の表情は更に険しさを増す。
「そうなんですか。私はてっきり、いつもと同じように、大広間で食べるんだと思ってたんですけどね」
「……」
「それに……王女様はどうしたんですか? 何だか分からないけど、一緒に行こうとしたら、別々に引き離されちゃいましたけど」
「……」
「……黙ってないで、キチンと説明してくれないかなっ?」
自分の問いかけには答えず、ただ意味深な薄笑みを浮かべるだけのドリューシュの態度に苛立った碧は、思わず掌をテーブルに強く打ちつける。
「香月さん! 止めるんだ!」
ドリューシュの背後に立っていたマティアが、提げていた剣の柄に手をかけたのを見たハヤテは、鋭い声を上げて碧を制止する。
そして、ドリューシュとマティアに向かって、「申し訳ない」と頭を下げた。
だが、すぐに彼も表情を引き締めると、鋭い目で円卓の向こう側に座るドリューシュの顔を見据えながら、「だが――」と言葉を継いだ。
「俺も、香月さんと同じ気持ちです。詳しい説明をお願いしたいですね。――なぜ、俺たちだけが、こんな部屋に通されたのか、を」
「……分かりました」
ハヤテの問いかけに対し、ドリューシュは小さく頷いた。
そして、ゆっくりと首を巡らして三人の顔を見回すと、静かに口を開く。
「……先ずは、このような殺風景な部屋にお通しし、あなた方に大変ご不快な思いをさせてしまった事に対し、お詫びを申し上げます」
「……それは、別にどうでもいいですよ。私こそ、無礼な口をきいてしまってごめんなさい」
慇懃に頭を下げるドリューシュに対し、ブスッとした顔をしながらも、素直に頭を下げる碧。
そんな彼女にフッと微笑みかけてから、ドリューシュは言葉を継ぐ。
「さて……あなた方とフラニィを引き離した理由についてですが……」
「はい」
「少し、皆さんと腹を割ってお話をしたいと思いまして。――まあ、いわゆるひとつの“内緒話”ですね」
「……内緒話?」
ドリューシュの口から出た想定外の単語に、ハヤテは唖然とした。それは他のふたりも同様だったようで、当惑顔で互いの顔を見合わせる。
そんな三人の反応に、ドリューシュは満足げに微笑うが、すぐにその表情を一変させた。
彼は、先ほどと同じ鋭い目で三人を見据えながら、抑えた声で本題を切り出す。
「“内緒話”とは、他でもありません。僕たちの今後についての事です」
――と。




