第二十三章其の壱拾陸 回顧
「……ぐっ」
周防斗真がいる事に驚き、咄嗟に身体の上にかけられていたボロ布をはねのけて身を起こそうとした薫だったが、途端に激痛が全身を駆け巡り、思わず呻き声を上げた。
「おいおい、無理すんな。正直、生きているのが奇跡なレベルの重傷を負ってるんだからな、お前は」
斗真は、苦笑交じりの声を上げながら彼の傍らに腰を下ろし、ボロ布を薫の身体の上にかけ直す。
それを拒絶する力もなく、ただ目だけを剥いて斗真の事を睨みつける薫。
彼は、掠れた声で斗真に訊ねた。
「な……何で、オレはこんな所で寝てるんだ? っつーか……ここは……どこだ?」
「……己の方が訊きたいねえ。何でお前は、あんな所で死にかけてたんだ? ――というか、何があった?」
「え……?」
逆に問いかけられて、戸惑いの声を上げる薫。
そんな彼の反応に、「……まあ、混乱してても無理はないか」と呟いた斗真は、前髪をいじりながら言葉を紡ぐ。
「……己がお前たちを追ってあの大きな川に出たら、川沿いの河原一帯が、明らかに装甲戦士同士の戦闘があったと分かるくらいにひどい有様だったんだよ」
「あ……」
「あれは、お前の仕業だろ?」
斗真の問いかけに、当時の記憶がぼんやりと蘇ってきた薫は、横になったまま小さく頷いた。
それを見て頷き返した斗真は、つと表情を曇らせて問いを重ねる。
「じゃあ……相手は、槙田沙紀――アームドファイターインセクトか」
「……何で分かった?」
「さっき言っただろ? 『河原一帯に戦闘の痕跡が残ってた』って。へし折られた木々や大岩に、粘着性のある白い糸束が絡みついてたんだよ。あれを見りゃ、一目瞭然だ」
「そういう事か……」
斗真の説明に、薫は納得して頷いた。
と、表情を険しくした斗真が薫に訊ねる。
「……で、何でお前がインセクトと戦ったんだ? 牛島……ジュエルとならともかく」
「……」
斗真の問いかけに、薫は無言で唇を噛んだ。
そして、砂を噛むような表情で答える。
「実は……あのふたりは、グルだったんだ」
「なに……?」
「姐さ……槙田沙紀は、ずっと前から牛島と繋がってた。アイツの“計画”とやらに力を貸していたんだ。その上で、素知らぬ顔でオレたちの事を騙くらかしてやがったんだ……!」
「そうだったのか……」
薫の説明を聞いた斗真の眉間に深い皺が刻まれる。
「あの女が牛島の情婦だっていうのは薄々感付いていたが、てっきり身体だけの関係なんだと思ってたぜ。じゃあ……『血が怖くて戦えない』っていうのも嘘か。……まったく、とんだ女狐だな」
「ああ……」
斗真の言葉に、薫は苦々しい表情を浮かべながら頷いた。
「血が怖いどころか、とんだドSだったぜ」
そう言うと、彼は悔しげに顔を歪め、唇を強く噛む。
「まったく……情けねえったらありゃしねえ」
薫の脳裏に、インセクトと戦った時の光景が浮かんだ。
二度にわたって食らった、インセクトの必殺技――ブラックウィドウ・ニードルストライクが、自分の身に迫った時の事を……。
と、
「……あぁっ、クソッ!」
突然、彼は忌々しげに叫んだ。
そして、震える手で左脚の先を指さしながら、斗真に訴える。
「悪い、周防! ちょっとオレの左足を掻いてくれ! あのクソ女に大穴開けられて、痒くてしょうがねえ!」
「……!」
奇妙な事に、薫の頼みを聞いた斗真の表情が一瞬強張った。
「……どうした? 足の甲の辺りなんだけど、身体を動かせなくて手が届かねえんだよ。あーくそっ、マジで痒ぃ!」
「……あ、ああ。分かった……」
薫の懇願に、斗真は戸惑いの表情を浮かべたが、躊躇いがちに頷くと、ボロ布の下に手を入れた。
「……どうだ? こんな感じでいいか?」
「ああ……うん、いい感じだ。すまねえな」
斗真に掻かれて痒みが和らいだのを感じ、薫はホッと息を吐いた。
それと同時に、二撃目のブラックウィドウ・ニードルストライクを食らった時の事が脳裏に蘇る。
激しく回転するインセクト。彼女のブーツのヒールが、唸りを上げながら自分の左胸に吸い込まれるように近付いてきて、胸部装甲に深く突き立ち――、
「――ッ!」
次の瞬間、薫はカッと目を見開き、胸にかかったボロ布をはねのけた。
そして、着ていた血痕塗れのシャツを捲り、自分の左胸に目を遣る。
「……何でだ?」
彼は呆然としながら呟いた。
彼の左胸には、インセクトのヒールが炸裂した事を示すような紫色の鬱血こそ見られたものの、その他に傷痕は無かったからだ。
「あの時……確かにオレの胸は、インセクトのブラックウィドウ・ニードルストライクで貫かれたはずなのに……」
「……それは、コイツのおかげだ」
戸惑いながら疑問を漏らす薫の目の前に、斗真が何かを差し出した。
「こ、これは……!」
彼の掌の上に乗ったものを見た薫の目が、大きく見開かれる。
「ひ……光る……板?」
それは、強い圧力を受けたように真ん中が凹み、歪に変形してはいたものの、紛れもなく“光る板”だった。
そんな薫に、斗真は静かに頷く。
「ああ……。こいつがお前の服の胸ポケットに入っていたおかげで、お前は心臓をブチ抜かれて殺されずに済んだみたいだぜ」
「……!」
斗真の言葉を聞いた牛島は、思わず息を呑んだ。
そして、震える手で、斗真から歪んだ“光る板”を受け取る。
「……お前が、オレを救ってくれたのか」
そう呟いた薫の目から、一粒の涙が零れた。
あの時、自分が胸ポケットに忍ばせていた“光る板”。その元々の持ち主は――。
「――ありがとうな、健一……」




