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装甲戦士テラ〜異世界に堕ちた仮面の戦士は、誰が為に戦うのか〜  作者: 朽縄咲良
第二十三章 無垢毛の王女は、いかにして運命に抗うのか
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第二十三章其の壱拾伍 幻影

 ――激しく背中を打った後、ふんわりとした浮遊感の次に近くしたのは、硬い壁に打ちつけられたかと思う程の激しい衝撃と、耳をつんざくような破裂音だった。


 次いで、自分の身体を身を切るような冷たさに包まれた事で、()は自分が深い水の中に落ちた事を悟った。


(く……はぁっ!)


 胸部の強い痛みと水の冷たさに、思わず悲鳴交じりの呻き声を上げるが、声の代わりに口から漏れたのは、丸い気泡のみ。

 彼は、自分の身体が激しい水の流れに押し流されながら、下へ下へと沈んでいくのを感じ、何とか浮き上がろうと必死で四肢を動かそうとする。

 ……だが、彼の意志に反して、その手足はピクリとも動かなかった。


(あ……これは、もうダメかもな……)


 光も届かない奔流の中で、まるで洗濯機の中に入れられた人形のようにかき回されながら、彼はぼんやりと死を覚悟した。

 不思議と、痛みや苦しみは感じない。

 その代わりに、その脳裏に去来するのは、幼い頃の記憶だった。


 物心つく頃、ずっと好きだった特撮ヒーローになり切って、近所の野山を駆け回った思い出。

 ひとりで留守番をしている間、真夜中の薄暗い部屋の中で、録画していた『装甲戦士(アームド・ファイター)』シリーズを夢中で観続けていた時の事。

 身体の大きな同級生に、装甲戦士(アームド・ファイター)シリーズのファンである自分を「ネクラオタク野郎」とバカにされた事にカッとなって、大喧嘩した挙句に相手を病院送りにしてしまい、自分は警察送りにされてしまった時の事。

 高校入学と同時に乗り始めた単車で夜の山道を走っている時に、唐突に目の前に現れたトラックのヘッドライト。

 そして――、


(……ああ、チクショウ)


 この異世界で出会った少年の顔を思い出し、彼はギリリと奥歯を噛みしめた。


(悪ぃ。オレじゃ、お前の仇を取れなかった……)


 そんな彼の独白に、少年の幻影は無表情のまま消え去り、次いで、眼鏡をかけたおさげ髪の少女の姿が浮かび上がった。

 その姿に、彼の心はざわめく。


(アマネ……もう、オレじゃお前の事は守れねえ……。どうか、気付いてくれ……アイツの本性に……)


 今は離れたところにいる彼女には届かないと理解(わか)りつつ、彼は祈らずにはいられない。

 そして――、


(……よりにもよって、最期に浮かんだのがテメエだとはな、焔良疾風(ほむらはやて)


 その次に現れた、ぼさぼさの黒髪に口の周りには薄く無精髭を生やした冴えない顔の青年に向かって、苦々しく毒づいた。

 ――だが、彼はすぐにその口元に薄笑みを浮かべ、(……まあ、ちょうどいいか)と呟くと、ハヤテの漆黒の澄んだ瞳を真っ直ぐに見つめた。


(――どうか、アマネの事を頼む。アイツの事を救って、護ってやってくれ)


 そして、胸中が僅かに疼くのを感じながら、彼は言葉を重ねる。


(もう、テメエにしか託せねえ……いや、()()()()()()託せるんだ。テメエは、アイツの幼馴染で――多分アイツが惚れてる焔良はや……いや、()()()()()()()だから、な)

(……)


 彼の言葉に対して、ハヤテの幻影は何も答えなかった。

 だが、彼はハヤテが微かに頷いたような気がして、満足げに微笑む。


(よし……。アイツを不幸にしたら、化けて出てや……るから……な……)


 ――それが、彼が覚えている最後の記憶になった。




 ……………………




 「――――?」


 目を開けた彼――来島薫の視界に最初に飛び込んできたのは、オレンジ色の弱い光の中に浮かぶ、デコボコとした黒い岩肌だった。

 一瞬、自分がどこに居るのか分からなかった彼は、当惑を隠せない表情で、目だけをキョロキョロと動かす。

 その結果、――どうやら今の自分は薄暗い洞窟の中で横たわっていて、最初に目に入ったのは洞窟の天井らしいという事が分かったものの、彼の脳裏には更なる疑問が浮かんだ。


(……何で、オレはこんな所で寝ているんだ? 確かオレは、インセクトの奴の技を食らったせいで水の中に落とされて、そのまま沈んだんじゃ――?)


 そこまで思い出し、薫は唐突に得心する。


(あぁ……そうか。じゃあ、ここはあの世か……)


 そう思って見ると、確かにこの殺風景さはそれっぽい……。


(天国……じゃあなさそうだな。て事は、ここは地獄か……)


 そう考え、彼は皮肉気に頬を歪めた。


「まあ、当然か……。日本に居た頃も、あのクソったれた異世界に居た時も、ロクな事をしてなかったもんな。地獄に落ちなきゃおかしいか」


 そう掠れた声で独り言ちた薫は起き上がろうとするが、その意志に反して、身体はピクリとも動かない。


「く、くそっ……何で……動かねえんだよ……」

「――お、ようやく起きたか、来島」

「ッ?」


 思うようにならない自分の身体に苛立ちながら上げた怒声に声が返ってきた事に、薫は驚いた。

 苦労しながら、彼は声の上がった方に向けて首を動かす。

 彼が横たわる場所から少し離れた場所で、パチパチと音を立てながら火が焚かれており、その前でひとりの男が背を向けて座っていた。

 その見覚えのある背中に、薫は大きく目を見開く。


「あ――アンタは……!」

「よう」


 彼が上げた驚愕の声に応えるように、背を向けていた男は彼の方に身体を向け直した。

 そして、唖然としている薫に向かって、ニヤリと笑いかける。


「無事に生き返れたようで安心したぜ。……にしても、少し爆睡し過ぎだぞ、この寝坊助が」

「す……周防……斗真……? なんで、アンタがここに……?」


 思いもかけぬ男の顔を目の当たりにして、薫は思わず声を上ずらせるのだった。

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