第二十三章其の壱拾参 消息
「周防斗真……」
沙紀の脳裏に、ハンサムだが、常に軽薄な笑みを浮かべている長髪の青年の顔が浮かんだ。
「彼は結局、あの夜から――」
『ああ、そうだ』
沙紀の言葉に、牛島は淡々とした声で答える。
『斗真くんは、あの夜、アジトで猫獣人たち……そして装甲戦士テラの襲撃を迎え撃った後、完全に行方をくらましている。ここ――元オリジンの村にも姿を見せていない』
「周防くん……どうしたのでしょうか、彼は?」
牛島の答えに訝しげな声を上げた沙紀だったが、ひとつの可能性に思い至って、その表情を強張らせる。
「まさか――あの夜に、猫獣人……いえ、装甲戦士テラかルナに負けて、殺されてしまった――とか」
『……いや、それは無い』
自分の推論に対し、牛島が即座に否定の言葉を返した事に、沙紀は怪訝な表情を浮かべた。
「……どうして、そう言い切れるんですか? もしかして、『人を殺さない』というテラの世迷言を信じて――」
『うん……まあ、確かにそれも理由のひとつなんだけどね』
沙紀の問いに、牛島は苦笑交じりの声で答える。
そして、『実はね……』と、勿体ぶる様に一拍置いてから言葉を継いだ。
『今、私は以前にオリジンが住んでいた屋敷で寝起きしているんだけどね。彼の寝室の隠し戸棚の中に、“千里耳目”が置いてあったんだよ』
「千里耳目が……?」
牛島の言葉を鸚鵡返しに呟いた沙紀だったが、それが何を意味しているのかを悟ると、驚いて目を見開いた。
「“千里耳目”って……確か、私の蝶報と同じ様に、離れたところにいる人と通信ができる装甲戦士ニンジャの補助アイテムでしたよね? じゃあ、そこにそれが存在しているという事は――」
『ああ、そういう事だ』
沙紀の言葉を肯定する牛島の声。
『補助アイテムは、持ち主である装甲戦士の装甲アイテムが“光る板”に戻ると、跡形も無く消えてしまう。だが、ニンジャが持っている装甲アイテムは、まだ“光る板”に戻ってはいない。それはつまり――』
「周防くんは、まだ死んでいない……そういう答えが導き出せるという訳ですわね」
『うん』
スピーカーの向こうで、牛島が頷いたのを察した沙紀は、安堵と当惑の感情が入り混じった息を吐いた。
「そういう事ですか。それならば、確かに周防くんは生きていると言い切れますね」
そこまで言って、沙紀はふとある事に気が付き、白い蝶に向かって問いかける。
「じゃあ……その“千里耳目”を使って、周防くんに連絡を取ってみては……?」
『もちろん、それはとうに試したさ。でも、いくら呼びかけても、返事が返ってこないんだよ』
「返事が返ってこない……? それは……返事が出来ないくらいのダメージを負っているという……」
『あるいは……いわゆる“着信拒否”ってヤツかもね?』
そう言葉を返す牛島の声は、なぜかどことなく楽しげですらあった。
『まあ……元から、彼はオリジン寄りの立場だったからね。何せ、“千里耳目”を使って、正に忍者よろしくオリジンとこっそり連絡を取り合っていたほどだし。大方、アジトでの私の様子をオリジンに逐一伝えていたんだろうね』
「それって、まるで……」
『そう。蝶報を使って、私や比留間くんたちと連絡を取っていた君と同じような事をしていた訳だ』
「……」
からかうような牛島の口調に、思わずムッとする沙紀。
『ああ、ごめんごめん』
と、スピーカー越しに沙紀が不機嫌になったのを悟った牛島は、苦笑を漏らしながら彼女の事を宥める。
『君を怒らせるつもりは無かったんだ。どうか機嫌を直してくれ、愛しい人よ』
「……もう、あなたって人は……」
白々しい牛島の言葉に、沙紀は頬を染めながら苦笑いを浮かべた。
自分のリップサービスで、彼女の機嫌が直ったのを悟ったらしい牛島は、話を本題に戻す。
『……何か、オリジンと連絡を取る際に交わす特殊な符丁を決めていたのか、それとも、彼が飼い主であるオリジンの死を知ったからか……。斗真くんが、私が発信した“千里耳目”の呼び出しに応じない理由は、そちらの方が可能性が高いと考えているよ』
「なるほど……」
沙紀は、牛島の説明を聞いて、小さく頷いた。
「じゃあ……周防くんに関してはこのままで――?」
『いや……』
沙紀からの問いかけに、牛島は否定を返す。
『装甲戦士の中でも数少ない治癒能力である、ニンジャの“忍技・金癒丹”は何かと役に立つだろうし、何より、私の事を快く思っていない男が所在不明の不確定要素として存在しているというのは、私と私の計画にとって、あまり良い状況とは言えないからね……』
「それは確かに……」
『だから、斗真くんを探し出す為、雷人くんに動いてもらう事にしたよ』
「……! ライトって、龍ヶ崎くん――装甲戦士シークの事ですか?」
牛島の口から出た名に、驚きの声を上げる沙紀。
「あの面倒くさがりな変人が、動いてくれるんですか?」
『彼は別に、“面倒くさがりな変人”なんかじゃないよ。頭の回転が速すぎる上に、手段を問わず、常に最短距離で結果を得ようとするから、周りの者たちが彼の考え方と行動力についていけていないだけなのさ。そう……まるでシャーロック・ホームズみたいにね』
沙紀の言葉に苦笑を漏らしながら、牛島は言った。
『そう考えると、彼が探偵モチーフの装甲戦士であるシークの装甲を得たのは、正に“適材適所”……いや、“適材適者”ってヤツだね』
「……確かに」
軽口めいた牛島の言葉に、沙紀は小さく頷く。
「……少し不安を感じなくもないですけど、確かにライトくんなら、人探しにはうってつけですね」
『だろう?』
スピーカー越しの牛島の声からは、どことなく満足げな響きが感じられた。
『彼ならば、相手がどこにいようと、たちどころに見つけ出してくれるはずさ。――たとえ、隠れ潜むのが専売特許の忍者が標的であっても、ね』




