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装甲戦士テラ〜異世界に堕ちた仮面の戦士は、誰が為に戦うのか〜  作者: 朽縄咲良
第二十三章 無垢毛の王女は、いかにして運命に抗うのか
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第二十三章其の玖 離脱

 「すごい……!」


 まるで、“モーゼの十戒”の海が割れるシーンのように、目の前に立ち塞がっていた兵士の群れがふたつに分かれ、自分たちの前に真っ直ぐな道が現れた事に、ハーモニーは驚きの声を上げた。


「フラニィ様の……ハヤテさんの言葉が……届いた……!」


 マーレルも、目を丸くしながら呟く。


「――分かってもらえて、良かった」


 テラは安堵の息を吐きながら、頭上に掲げていたフレイムブレードを下ろした。

 そして、首を巡らして背後のフラニィに目を向けると、小さく頷きかける。


「フラニィ……」

「はい……」


 テラの呼びかけに小さな声で応え、コクンと頷き返したフラニィは、ゆっくりと前へと進み出る。

 そして、自分たちに道を開け、無言で佇んでいる近衛兵たちに潤んだ瞳を向けると、深々と頭を下げた。


「皆さん……本当に、ありがとうございます……!」

「……」


 近衛兵たちは、フラニィの感謝の言葉に無言のままだったが、兜の下では一様に微かな笑みを浮かべている。

 双方の間に、穏やかな雰囲気が満ちた――その時、


「き……貴様ら、何をしているのだッ?」


 和やかな空気を破る様に、ヒステリックな響きに満ちた怒声が上がった。

 その声を聞いた近衛兵たちの表情が、一瞬で強張る。


「へ……陛下……!」

「私は、“森の悪魔”を討ち滅ぼせと命じたはずだ! こやつらの為に道を開けろなどとは言っておらぬ! 近衛兵ともあろう者が、ミアン王国国王である私の命令に背くのかッ!」

「……ッ!」


 激怒するイドゥンが発する怒声に、近衛兵たちは狼狽の様子を見せる。……だが、彼らはそれでも、自分たちがフラニィたちの為に開けた道を塞ごうとはしなかった。

 近衛兵たちが自分の意に従わない事に、ますます苛立ちを募らせたイドゥンは、大弓に矢を番え、周囲の近衛兵たちに向けながら、金切り声で叫んだ。


「どうしたっ? 早く動け! あくまで私の言葉に従わないというのなら、この場にいる者ども全員を反乱兵として斬首に処すぞ!」

「――」

「いいや……貴様らたちだけではない! 貴様らの親、兄弟、妻、子ども……ことごとく貴様らの道連れにしてくれる!」

「……っ!」


 激昂するイドゥンが放った非情極まる言葉には、さしもの近衛兵たちも大いに動揺した。彼らは身体を瘧の様に震わせながら、互いの顔を見合わせる。

 と、その時、


「止めて下さい、イドゥン兄さ……いえッ! 止めなさい、イドゥン・レゾ・ファスナフォリック!」


 凛とした声が、動揺する兵たちのざわめきを突き通すように響いた。

 その場に居合わせた全ての者の視線が、声の主である無垢毛の王女へと集まる。

 フラニィは、白い毛を逆立て、込み上げる怒りで輝く金色の瞳でイドゥンを睨みつけながら叫んだ。


「あなたは、まだ解らないのですかッ? 民の事を慈しまない王など、王ではないと――!」

「うるさぁいっ! 私に偉そうな口を叩くなと言っているだろうがっ、この鬼子めがぁっ!」


 絶叫でフラニィの言葉を遮ったイドゥンは、矢を番えた弓を振り回しながら、近衛兵たちを怒鳴りつける。


「ええいっ、近衛兵どもよッ! あの忌々しい女の首を落として、今すぐに黙らせろ! でないと、先ほど言ったように、貴様らだけではなく、貴様らの家族たちもまとめて――」

「バーニング・ロアァァァ――ッ!」


 イドゥンの叫びを掻き消す絶叫と共に、憤怒に猛る炎の獅子が咆哮のような風切り音を上げながらイドゥンの頭上スレスレを掠めて通り過ぎた。


「ヒィ――ッ!」


 巻き起こった熱風に体毛を炙られたイドゥンは、思わず悲鳴を上げて、その場にへたり込む。


「……さっきも言ったはずだ」


 赤炎の獅子面を象った覆面の(アイユニット)を爛々と光らせながら、テラは低い声でイドゥンに言った。


「これ以上、俺たちやフラニィに刃を向けるのであれば、装甲戦士(アームド・ファイター)能力(ちから)を以て排除する、と。それは、国王であるアンタでも例外じゃないんだ」

「ぐ……!」

「これが最後の警告だ。もう、俺たちの邪魔をするな。さもなければ――次は、当てる。アンタがこの国の王だろうが、フラニィの実の兄だろうが関係ない!」

「――ッ!」


 テラに睨み据えられたイドゥンは、無言のまま、ただテラの事を睨み返している。

 と――その時、


「へ、陛下ッ! 一大事にございますッ!」


 近衛兵たちを掻き分けるようにして、簡素な鎧を身に着けたひとりの兵が、イドゥンの乗る馬車の前へと進み出た。


「な、何だ貴様はッ! 王の御前である! 無礼であろうッ!」


 その身に着けた鎧から、兵が近衛隊に所属する者ではない事に気付いたグスターブが怒声を上げる。

 だが、兵はその叱責にも構わず、必死の形相でイドゥンに叫んだ。


「大変です! 王宮の北郭に、新たな“森の悪魔”が現れました!」

「な……何だとっ?」


 兵の言葉に、近衛兵たちはどよめいた。

 その喧騒の中、兵は更に言葉を継ぐ。


「現在、その場に駆けつけた近衛兵様と、居合わせた守備兵が総掛かりで応戦しておりますが……その毒蜘蛛(ギュチ)のような姿の“森の悪魔”は手強く……! 一刻も早く、近衛隊の応援をお願いしたいのですッ!」

「な……ッ?」


 兵の報告を聞いたイドゥンとグスターブの表情が変わった。


「ど……毒蜘蛛(ギュチ)……だと?」

「まさか、あのおん――!」

「ッ! グスターブッ!」

「――ッ!」


 思わず何かを口走りかけたグスターブだったが、イドゥンに制止され、慌てて口を噤む。

 その時、


「……その話、本当よ」

「……ッ!」


 突然上がった女の声に、イドゥンとグスターブはギョッとした顔をして顔を向けた。

 声の主は、ハーモニーだった。

 彼女は、王都の方に目を向けながら、淡々とした口調で言葉を継ぐ。


「あたしたちがフラニィ王女を連れていこうとしたら、現れたの。――アームドファイターインセクトが」

「な……ッ!」


 ハーモニーの言葉に驚愕の声を上げたのは、テラだった。


「アームドファイターインセクトだって……っ? もしかして、それは――」

「……そう。あたしと一緒に、オリジンの村から牛島のアジトに移って来たオチビト――槙田沙紀よ」

「……っ!」


 ハーモニーの言葉に、テラは驚きを隠せない。

 そんな彼に「……詳しい話は後で」と囁いたハーモニーは、再び近衛兵たちの方へ顔を向けると、ハッキリとした声で言った。


「だから――あなたたちは今すぐに応援に行ってあげて! 今、インクラフさんがインセクトと戦ってるけど、そんなに長くは保たないはずよ!」

「インクラフ……ッ? あいつが戦っているのか……?」

「それはマズい! 今王宮に居る守備兵は、徴兵した素人兵がほとんどだ!」

「は、早く我々が援軍に行ってやらねば……!」


 ハーモニーの声に、近衛兵たちは動揺を見せ始める。

 そんな彼らに、イドゥンは焦りと苛立ちが入り混じった怒声を浴びせた。


「え……ええい! 貴様ら、そう浮足立つなッ! そう焦らずとも、向こうは大丈夫だ――」

「……陛下! 何故、そう言い切れるのでありますかッ?」

「う――」


 ひとりの近衛兵から出た問いかけに、思わずイドゥンは言い淀んだ。

 彼が見せた動揺に、近衛兵たちの中からも怪訝な声が上がり、近衛兵たちの――そして、イドゥンの注意が、フラニィとテラたちから逸れる。


「……今よ!」


 その隙を衝かんと、短く叫んだハーモニーは、傍らに立っていたマーレルの身体を素早く抱え上げた。


「――ああ!」


 一瞬遅れて、彼女の意図を察したテラも、大きく頷くとフラニィの事を抱き上げる。


「きゃっ……! は、ハヤテ様……?」

「近衛兵たちが動揺している今のうちに、この包囲を抜けてしまおう!」


 テラは、突然抱き上げられて狼狽するフラニィの耳元で手短に告げると、いち早く超音速(スーパーソニック)縮地(・ブースター)で離脱したハーモニーの後を追おうとしたが、つと足を止めた。

 そして、馬車の上で狼狽しているイドゥンの方へ顔を向けると、大きく声を張り上げる。


「――イドゥン王!」

「――ッ! ホムラ……ハヤテ!」


 名を呼ばれたイドゥンが、ハッとしてテラの方を向き、ふたりの視線がぶつかり合う。

 憎悪と憤怒に満ちたイドゥンの瞳を睨み返し、テラは毅然とした声で叫んだ。


「俺とフラニィは、これで失礼する!」

「待て、貴様ら! 生きて逃がすとでも――」

「イドゥン兄様! お願いがあります!」

「――ッ」


 テラの腕の中のフラニィが、イドゥンの声を遮り、必死に訴えかける。


「あたしたちが逃げたからといって、近衛兵の皆さんと、彼らの家族を罰するような事は決してしないで下さい!」

「――フンッ! 私に指図するつもりか、この反逆者めが!」

「あたしの事は、反逆者で構いませんッ!」


 フラニィは、キッと目を見開いて、キッパリと言い切った。


「ですが、近衛隊の皆さんは違います! 彼らは、あくまでミアン王国の事を護る為に戦っているのです。そんな彼らの事を、私情に任せて裁く権利など、あなたには無いんですよ!」

「うるさい! 私は国王だ! そんな事、貴様にとやかく言われる筋合いなど無いと――」

「――もし、アンタが近衛兵たちを処刑したりしたら……」

「――!」


 フラニィとイドゥンの間に口を挟んできたのは、ハヤテだった。

 彼は、イドゥンの引き攣った顔を真っ直ぐに見据えながら、低い声で続ける。


「その時は、俺はここに戻ってくる。フラニィの為、ドリューシュ王子の為、そして……ミアン王国の民の為、アンタを倒す」

「――ッ!」


 テラの言葉を聞いたイドゥンの表情が凍りついた。

 そんな彼に、テラは更に鋭い言葉で告げる。


「それが嫌なら、彼ら近衛兵――いや、アンタの国の全ての民を大切にし、幸せに暮らせるように導き、本当の国王になるんだ。いいな、イドゥン・レゾ・ファスナフォリック……!」

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