第二十三章其の参 万感
「ハ――」
自分を庇うようにして、目前に立ち塞がった者の背中に向かって、テラは上ずった声で叫ぶ。
「ハーモニー!」
「ごめんなさい、テラ! 遅くなって!」
テラに背を向けたまま、装甲戦士ハーモニーは謝った。
そして、聖者のフルートを口元に擬し、周囲を囲む近衛兵たちへ油断なく視線を配りながら言葉を継ぐ。
「ものすごくギリギリだったみたいだけど、間に合って良かった……」
「お前の方こそ、大丈夫だったのか? 何かトラブルでも――」
「まあ……あるといえばあったわね……」
負傷した左脚を庇いながら身を起こしたテラの問いかけに、歯切れの悪い言葉を返したハーモニーだったが、「でも――」と言葉を続ける。
「ちゃんと目的は果たしたわよ」
「――!」
ハーモニーの言葉に息を呑むテラ。
次の瞬間、
「――ハヤテ様ぁッ!」
感極まった叫び声と共に、ハーモニーの傍から白い影がテラ目がけて飛び込んできた。
「う、うわっ!」
突然胸元を襲った衝撃に驚きの声を上げるテラ。
だが、自分の胸にむしゃぶりついてきた白い影の正体に気付くと、
「フ――」
大きく目を見開き、声を上ずらせた。
「フラニィ……ッ!」
「ハヤテ様ぁっ! ずっと逢いたかった……!」
装甲に覆われたテラの身体に手を回し、二度と離すまいとするかのように固く抱きしめながら、フラニィは嗚咽混じりの声を上げる。
「ハヤテ様に逢えなくて、あたしずっと寂しくて……苦しくて……怖くて……」
「フラニィ……」
自分に縋りつきながら、肩を震わせて号泣し始めるフラニィに、テラも僅かに声を震わせる。
そして、右手を彼女の頭に乗せて優しく撫でながら、囁くように言った。
「……俺も会いたかったよ、フラニィ。元気そうで良かった」
「ハヤテ様……」
「今までよく頑張ったな。心細い思いをさせてしまってすまない」
「そ……そんな! ハヤテ様が謝る事じゃないです!」
「……いや」
大粒の涙を零しながら大きく首を横に振るフラニィに、テラは小さく頭を振った。
「君が、そんなに寂しく苦しい思いをしているのならば、もっと早く迎えに来ればよかった。遅くなってしまって、本当にゴメン」
「……ううん、いいんです! 今また、こうしてハヤテ様に逢えたのですから!」
そう言い切って、フラニィは満面の笑みを浮かべる。
その笑顔につられて、テラも覆面の下の口元を綻ばせた。
と、
「――ごめんなさい! 感動の再会なのは分かるけど、喜ぶのはここを無事に切り抜けてからにしてもらえるかしら!」
不躾に緊迫した声がふたりにかけられる。
その、どこか責めるような口調に、フラニィとハヤテはハッと我に返った。
そして、固く抱き合っているのに気が付いたフラニィは、目を大きく見開き、慌ててテラから離れる。
「あ……あの、ごめんなさい、ハーモニーさん。あたしったら、つい嬉しくなっちゃって……」
「い……いえ、あたしこそごめんなさい。つい、キツい言い方をしてしまって……」
叱られて、耳をぺたりと伏せたフラニィに素直に謝られ、胸の奥がズキリと痛んだハーモニーは、慌てて謝り返した。
同時に、罪悪感が彼女の胸に色濃く満ちる。
(ど……どうしたんだろ、あたし? 何で、ふたりの事を見て、あんなにムカムカしちゃったんだろ……?)
自分でも理解しがたい苛立ちに戸惑いながら、ハーモニーは首をブンブンと左右に振った。
そして、頭の中のモヤモヤを振り払うように、先ほど気絶から回復して、彼女の傍らに立っていたマーレルに向かって声を上げる。
「マーレルさん、フラニィ王女の事をお願いします!」
「あ、はい! 分かりました!」
「――テラ!」
「あ、うん」
「“うん”じゃないわよっ! 腑抜けた返事しないで!」
「あ、は、ハイッ!」
背中越しにハーモニーに睨みつけられたテラは、慌てて背筋を伸ばした。
そんな彼を一瞥し、その左脚が赤く濡れているのに気付いたハーモニーは、心配げな声を上げる。
「ちょっと……大丈夫なの? 結構深い傷みたいだけど……」
「……ああ、大丈夫だ、問題ない」
ハーモニーの問いかけに、テラは小さく頷き、左脚を庇いながら立ち上がった。
「……ッ!」
力を籠めた事で、左脚に鋭い痛みが走り、思わず覆面の下で顔を顰めたテラだったが、歯を食いしばって平然を装う。
だが、そんな彼の痩せ我慢は、ハーモニーにはお見通しだった。
「……あまり無理しないで。あたしが、あなたの分まで頑張るから」
「いや……」
ハーモニーの気遣いの言葉に、テラは首を横に振る。
そして、周囲をぐるりと取り囲む猫獣人兵たちを見回しながら、呟くように言った。
「俺も、多少の無理はしなきゃいけないだろうな……。そうしないと、さすがにフラニィたちを連れて、この包囲を脱出する事はできないよ」
「……ごめん」
「え?」
急にハーモニーから謝られて、テラは戸惑いの声を上げる。
「ごめん……って、何が?」
「だって……あたしがもっと手際よくフラニィ王女を助け出して戻って来れてれば、あなたがそんな深手を負う事もなかったはずなのに……」
そう答えると、ハーモニーは微かに項垂れ、「……だから、ごめん」と小さな声で言った。
と、
「ははは……」
「……何よ? 何が可笑しいの?」
突然、声を殺しながら笑い始めたテラに、ハーモニーは咎め声を上げる。
そんな彼女に「いや……すまない」と詫びたテラは、小さく首を左右に振った。
「謝る事なんか、全然無いよ、ハーモニー」
そう言いながら、テラはハーモニーと背中合わせになって両腕を挙げて構えを取ると、猫獣人兵たちを牽制するように睥睨した。
そして、覆面の下で微笑を浮かべる。
「俺はさ、嬉しいんだよ」
「嬉しい……?」
「ああ」
怪訝そうな声を上げるハーモニーの声に、テラは小さく頷く。
「再び、フラニィを護るために戦う事が出来て。――その上、お前と一緒になんてさ。……本当に嬉しいんだよ」
そして彼は、万感の籠もった声で呟いた。
「ありがとうな、アマネ」




