第二十二章其の肆 真心
「……そ、そんな事、信じられると思うのかよ!」
マーレルから、ふたりの装甲戦士の目的を聞いたインクラフは、表情を歪めると激しく頭を振った。
「も……“森の悪魔”が、結界の外にいるドリューシュ殿下と手を組んでいて、今回の侵攻は殿下の命によるものだなんて……!」
「でも、本当なんです!」
そんな彼に対して、マーレルは必死に声を張り上げる。
「今回、おふたりがキヤフェに現れたのは、侵攻の為などではありません! あくまでも、目的はフラニィ様の身柄の確保と救出で――」
「だから、そんな事が信じられないと言っているんだ!」
インクラフは、怒声を上げてマーレルの声を遮ると、彼女の傍らに立っている装甲戦士ハーモニーに剣先を突きつけた。
「“森の悪魔”が、今まで何をしてきたと思ってるんだ! こいつらのせいで、オレの仲間たちが何人殺されたことか!」
「……」
「アマネさんとハヤテさんは違います!」
インクラフの言葉に、思わず顔を伏せるハーモニー。一方のマーレルは、頬のヒゲをピンと張って、激しい口調で言い返す。
「確かに……“ニンゲン”の中には、そんなひどい事を平然と行う人もいる事は確かです。現に……わたしの父も……」
「……!」
マーレルの言葉に、インクラフは大きく目を見開き、息を呑んだ。だが、彼女はそんな彼の反応にも気付かぬ様子で、更に言葉を継ぐ。
「でも……このアマネさんは違うんです! 自分が手を下した訳でもないのに、父の死の責任を負おうとして、わたしに刺されようとまでしたんですよ!」
「な……」
「それに、ハヤテさんだって……! あなたもミアン王国の近衛兵でしたらご存知でしょう? あの方がキヤフェにいる時、何度もわたし達ピシィナの為に戦ってくれた事を。……いいえ、その後も!」
彼女はそう言うと、懐に手を入れて、一通の封書を取り出した。
「この書状にも書いてあります。ハヤテさんがオシス砦に移った後にも、何度も“森の悪魔”と戦う機会があって、その度に彼は父や殿下や砦の兵たちを守る為、必死に戦ってくれたって!」
「そ……それは?」
「ドリューシュ殿下直筆の書状です」
「な……? ど、ドリューシュ殿下の……?」
マーレルの言葉を聞いて、インクラフは驚愕で目を見開いた。
「ちょ、ちょっと、それを見せろ!」
彼はそう叫ぶと、彼女の手からひったくるように書状を取り上げ、中の便箋を取り出すと、素早く中身に目を通す。
そして、読み終えると、動揺で唇を戦慄かせた。
「た……確かに、この筆跡は、命令書で見た殿下のものと同じだ……! じゃ、じゃあ、この内容は、本当の事……?」
「ご理解いただけましたか?」
「い、いや!」
だが、インクラフは頑な様子で首をブンブンと横に振った。
「こ……こんな書状、巧妙に筆跡を真似れば、いくらでも偽造できる! も……もしくは、ドリューシュ殿下が“森の悪魔”に囚われていて、無理矢理書かされたという可能性も十分に考えられる……!」
インクラフはそう言うと、キッと眦を吊り上げてハーモニーを一瞥してからマーレルの事を睨みつけ、鋭い声で叫ぶ。
「や、やっぱり、アンタは騙されてるんだ! この“森の悪魔”に!」
「いいえ」
だが、マーレルはキッパリと言い切ると、静かに首を横に振った。
「アマネさんもハヤテさんも、わたしの事を騙そうなんてしていません。わたしは、おふたりの事を信じるに足る方だと判断しています」
「な……何で、そう自信を持って言い切れるんだよ、アンタ……?」
「――それは、具体的には説明できないんですが……実際におふたりと言葉を交わし、その為人に触れた上での、わたしの直感です」
彼女はふっと微笑みを浮かべ、横に立つハーモニーをチラリと見る。
そして、静かな口調で、インクラフに向けて言った。
「あなたも……おふたりとゆっくりお話しなされば、わたしの言っている事がお分かりになると思いますよ」
「……」
インクラフは、彼女の言葉を聞いて、眉根に皺を寄せて黙り込む。
そして、小さく頭を振ると、ハーモニーに向けて鋭い視線を向け、低い声で尋ねかける。
「おい、“森のあ……ニンゲン。この女の言っている事は、本当なのか? お前らは、本当にフラニィ様の為を思って、こんな事をしているのか……?」
「……正直に言うと」
インクラフの問いに、ハーモニーは少し考え込み、それからぽつぽつと言葉を紡ぎ始めた。
「あたしは、フラニィ王女と直接の面識は無いし、どんなひとなのかも良く知らないの」
「ッ!」
ハーモニーの答えに、表情を強張らせるインクラフ。
だが、彼女は「……でも」と言葉を継ぐ。
「あたしの大切な人が、フラニィ王女の事を本当に大切に思っていて、本気で彼女の事を助けようとしているの」
「……」
「しょうちゃ……彼は、本当にお人好しで、優しい人なんだ。そんな彼が、あんなに必死になってるんだもの。きっとフラニィ王女も良いひとに違いないわ。だから……あたしは、彼の事を信じて、その望みを叶える手助けをしたいと思って、それで協力しているの」
そこまで言うと、彼女は胸に手を当て「……終奏」と呟いた。
その声に応じるように、彼女の纏う白い装甲が淡く光り出し、溶けるように消えていき……やがて、生身の身体になった。
彼女が装甲を解除した事に、インクラフは驚きを隠せない。
「な……戦いの最中に武装を解除するなんて――! き、貴様、一体何を企んで……」
「何も企んでないわ。……ただ、お願いをする時に、直接相手の目を見ないとダメかなって思っただけ」
「お……お願い?」
唖然とするインクラフに小さく頷くと、天音は眼鏡越しに彼の目をじっと見つめて、深々と頭を下げた。
「な――ッ?」
「お願いします。決して悪いようにはしませんから、フラニィ王女の事を、あたしたちに任せて下さい」
「アマネさん……」
天音の行動に一瞬呆気に取られたマーレルだったが、すぐに微笑を浮かべると、彼女に倣うようにインクラフに向かって頭を垂れる。
「近衛兵様、わたしからもお願いします。どうか、この人たちの事を信じて下さい。フラニィ様の為にも……」
「……」
しばらくの間、インクラフは、並んで頭を下げているふたりの少女の事を黙って見つめていた。
そして、手に持っているドリューシュの書状に目を落とす。
「……」
ふと、彼の脳裏に、先ほどの小部屋での光景が浮かんできた。
――実の妹を見下す、王の冷たい目。
――虐げられ、やつれた姿であっても、王族としての威厳に満ちた、フラニィの凛とした面立ち。
「……ふぅ」
彼は、小さく息を吐くと、右手に握っていた剣を静かに鞘に納めた。
そして、ドリューシュの書状をマーレルに返しながら低い声で言う。
「……アンタ、フラニィ様が北郭のどこにいらっしゃるか、知っているのか?」
「え……?」
突然の問いかけにキョトンとした表情を浮かべたマーレルは、ハッとした表情を浮かべると、ブンブンと首を横に振った。
「い……いいえ。北郭なのは分かっていますけど、どの建物なのかまでは……」
「……怪しそうな建物を、片っ端から探そうかな……って」
「何だそりゃ……グダグダじゃないかよ」
ふたりの答えを聞いたインクラフは、思わず呆れ声を上げる。
そして、ふたりに顔を寄せると、低い声で言った。
「……北東の端にある倉庫。その右から三番目の建物に、フラニィ様はいらっしゃる。扉の前に警備の兵が三人いるから、すぐに分かるはずだ」
「「……!」」
インクラフの言葉を聞いて、ふたりは思わず目を丸くする。
そんなふたりに向かってニヤリと笑ったインクラフは、門の方に顎をしゃくってみせた。
「今は人手不足で、門の中は手薄だ。だが、警備がゼロって訳でもないから、慎重に行けよ」
「近衛兵さん……」
「オレは、インクラフだ」
彼はそう言うと、おもむろにその場に腰を下ろすと、大の字に寝転んだ。
そして、キョトンとしたふたりの顔を見上げると、照れ笑いを浮かべながら言葉を継ぐ。
「アンタと戦ったけど、一方的にやられて気絶しちまった間抜けな近衛兵の名だ。気が向いたら、頭の片隅にでも置いておいてくれよ」
「近衛へ……インクラフさん……」
「……分かった」
インクラフが言外に匂わせた意図を察したふたりは、顔を見合わせて安堵の笑みを浮かべると、石畳に横たわった彼に向けて小さく会釈する。
「ありがとう、インクラフさん」
「……急げよ。すぐに気付かれるぞ」
ふたりの感謝の言葉に小さく頷き返したインクラフは、ふと真顔になると、天音の眼を真っ直ぐに見つめ返し、祈るような声で言った。
「フラニィ様の事……頼むぜ」




