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装甲戦士テラ〜異世界に堕ちた仮面の戦士は、誰が為に戦うのか〜  作者: 朽縄咲良
第二十一章 囚われの王女は、誰を待つのか
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第二十一章其の捌 風聞

 ――それから、十五分ほどが経った。


「……ごめんなさい、マーレルさん。もう、大丈夫です。――ありがとう」


 天音はそう言って、泣きはらした顔にぎこちない笑みを浮かべながら、自分を抱き締めていたマーレルの顔を見上げる。

 そんな彼女に向けて微かに頷き返したマーレルは、自分の席に戻ると、ハヤテの顔を見つめながら、静かに口を開いた。


「――ところで、ドリューシュ殿下の親書に書いてあった……」


 そこまで言ったところで口を噤んだマーレルは、何かを畏れるかのように顰めた声で、言葉の続きを舌に乗せる。


「あ……あなた方がこの地に潜入したのは、王宮に軟禁されたフラニィ殿下を“救出”する為だというのは……本当なんですか?」

「――はい、もちろん」


 マーレルの問いかけに、躊躇する事無く即答するハヤテ。

 その答えの果断さに、マーレルの方がたじろいでしまう。

 彼女は、訝しげな表情を隠しきれぬまま、おずおずとハヤテに尋ねた。


「あ……あの、ひとつお伺いしてよろしいでしょうか?」

「はい。何でしょう?」

「……どうして、ニンゲンであるあなたが、ピシィナ(猫獣人)であるフラニィ殿下の事を、危険を顧みずに救出しようとなさっているのでしょうか?」

「それは……」


 マーレルの質問に、ハヤテは一瞬だけ考え込み、端的に答える。


「それは――彼女に大きな恩があるからです」

「大きな……恩……」

「はい」


 ハヤテはコクンと頷くと、更に言葉を続ける。


「この異世界に堕とされた俺が初めて出会った猫獣人(ピシィナ)……それが、彼女――フラニィでした」

「……!」

「彼女は、オチビト……人間である俺なんかの事を慕ってくれていて、俺はそんな彼女の存在に何度も救われていたんです。他の装甲戦士(アームド・ファイター)と戦った時はもちろん、キヤフェに辿り着くまでの間や、“森の悪魔”として王宮の中で幽閉されている時も……」

「……」

「その時に受けた数々の恩を、少しでも返したい。――それが、今まさに王宮に閉じ込められて辛い思いをしているフラニィの事を助けたいと思う最大の理由です。……それでは、不充分でしょうか?」

「……いえ」


 ハヤテの言葉を聞いたマーレルは、静かに首を横に振った。

 そして、その顔に穏やかな笑みを浮かべる。


「それだけで充分です。――本気で、フラニィ殿下を救出しようとなさっているのですね、あなた方は」

「はい」

「ええ」

「……承知いたしました」


 ふたりの顔を見回したマーレルは、おもむろに深々と頭を下げた。


「――わたしからもお願いいたします。どうか、フラニィ様を国王の手の中からお救い下さい」

「もちろんです。任せて下さい」


 マーレルの懇願の言葉に、ハヤテは力強く頷いてみせる。

 いかにも頼もしいハヤテの態度を目の当りにして、マーレルも安堵の表情を浮かべかけたが――つと、その顔が翳が差した。


「……ですが」


 と、彼女は、微かに声を震わせながら口を開く。


「正直、時間はあまり残されていないかもしれません。急がないと――」

「それは……どういう意味でしょうか?」


 不穏なマーレルの言葉に、表情を曇らせるハヤテ。

 マーレルは微かに首を振ると、おずおずと切り出した。


「実は……最近、王都にある噂が広まっているようでして……」

「噂……? どういう噂ですか?」

「それが……」


 一瞬言葉にするのを躊躇う様子を見せたマーレルだったが、小さく息を吐いてから言葉を継ぐ。


「――『フラニィ様が、重い病に罹って臥せっているらしい』という……」

「――!」


 マーレルの言葉を聞いたハヤテの顔から、血の気が引いた。

 だが、その隣に座っていた天音が、疑い深げな顔をする。


「重い病……? でも、それってただの噂でしかないですよね? 何か、本当の事だと信じられるような証拠とかあるんですか?」

「どうでしょうか……でも、わたしは多分デマだと思います」


 マーレルは、天音の言葉に対し、あっさりと首を横に振った。


「どうやら、噂が流れ始めたのは数日前からなのですが、その割に、王宮で慌ただしい動きは見えないようで……。ただのデマか……()()()()……」

「……あるいは?」


 天音は、マーレルが言い淀んだ最後の言葉が、妙に引っかかる響きを含んでいるのを感じ、思わず訊き返す。

 ――と、その時、


「……“あるいは”()()()()、毒か何かでフラニィの事を殺そうと企んでいて、いざ事を起こした後に疑われない為の予備工作として、病気の噂を流しているのかも――ですね」

「……はい」


 低い声で紡がれたハヤテの言葉に、小さく頷くマーレル。


「フラニィ様はまだお若いですから、突然亡くなったとあれば、どうしても『暗殺』の疑いを抱く人は多いでしょう。……でも、『かねてから闘病中だった』という事であれば、亡くなられても不自然だとは思われづらい……」

「で……でも!」


 マーレルの言葉を耳にした天音が、上ずった声で叫んだ。


「い……いくら仲が悪いって言っても、王様とフラニィ王女は実の兄妹なんでしょう? さすがに、実のお兄さんが、血を分けた妹の事をこ……殺すなんて――」

「……いや」


 天音の言葉を聞いたハヤテが、沈鬱な表情を浮かべて(かぶり)を振った。

 彼の脳裏に、かつて王宮の中で見た光景が浮かぶ。


 ――『私を気安く兄と呼ぶな、この()()めが』

 ――『無垢毛(むくげ)だからといって、あまり増長するなよ』

 ――『“悪魔”と“鬼子”――似た者同士で、気が合うのだな、ハハハッ!』


「……あのイドゥン王は、大層憎んで……そして、()()()()()。王位を継ぐ者の特徴である“無垢毛”をしているフラニィの事をな」

「じゃ、じゃあ……」

「ドリューシュ王子もキヤフェから離れた今、イドゥン王が自身の地位を脅かす存在になり得るフラニィの排除を試みようとする可能性は……否定できない」


 ハヤテは苦い顔でそう言うと、きつく唇を噛む。


「――ドリューシュ王子と俺が健在な間は、俺たちに対する人質であるフラニィを害するような真似はしないと思っていたが……甘かったかもしれない」

「じゃ、じゃあ……!」


 マーレルの説明で、ようやく事の深刻さが分かった天音が、その声を震わせる。


「もしかすると……今日、あたしたちが“結界”を破って侵入した事に気付いたとしたら――」

「そして、俺達の目的がフラニィの救出だと悟ったイドゥン王が“計画”を早める恐れは、充分に有り得る……!」


 顔面を蒼白にしたハヤテが、右拳を左掌に激しく打ちつけた。

 パァンという甲高い音が狭い応接間に響く。

 そして――、


「……こうなったら」


 覚悟を決めた表情を浮かべ、彼は低い声で呟く。


「当初の計画からは外れるけど……少し強引な手を使ってでも、フラニィの救出を急いだ方がいいのかもしれない……」

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