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装甲戦士テラ〜異世界に堕ちた仮面の戦士は、誰が為に戦うのか〜  作者: 朽縄咲良
第二十一章 囚われの王女は、誰を待つのか
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第二十一章其の壱 窓空

 「はぁ……」


 小さな部屋の小さな木椅子に腰かけて、鉄格子の嵌った小さな窓の隙間から覗く青い空をボーっと見上げ続けていたフラニィは、その顔を曇らせると小さな溜息を吐いた。

 どこまでも高く、雲一つなく澄み渡った青空が、今の自分を盛大に皮肉っているように思えてしまった彼女は、フルフルと首を振ると木椅子から腰を上げる。

 そして、壁際の小さなベッドへと歩み寄り、ベッドメイクもされていない古ぼけ薄汚れたシーツの上に自分の身を投げ出した。


「……こほ、こほっ! けふっ!」


 その弾みで舞い上がった埃を吸い込んで咳き込みながら、フラニィは顔を顰めて片手で口元を押さえ、もう一方の手でフワフワと漂う埃を払う。


「……ふぅ……」


 ようやく舞い散る埃が落ち着いて、フラニィは安堵の息を吐いた。

 そして、


「……ふぅ」


 今度は消沈の息を吐く。

 その表情には、暗い翳が浮かんでいた――。



 ――三百の手勢を率いたドリューシュが“凱旋ノ門”から出陣した後、国王イドゥン一世の命により、フラニィはそれまで住んでいた別館よりもさらに小さな小屋の一室へと移された。

 それは、埃の積もった最低限の調度品しか備えられていない、物置に毛の生えた程度の粗末な小部屋で、窓には鉄格子が嵌り、見張りの付いた扉は常に施錠されており、小用以外で外に出る事は赦されなかった。

 もちろん、与えられる食事も最低限の量と粗末さだった。

 軟禁……いや、もはや“収監”と言った方が相応しいかもしれない。

 そんな、ミアン王国の王女に対する処遇とはとても思えないような環境下に置かれて二週間(メヒル)……。

 彼女は窶れ、疲れていた。

 “絶望”――彼女の心の中に、そんな翳が芽生え、日を追うごとにどんどんとその翳が色濃くなっていく……。



(――今頃、どうしているのかな、ドリューシュ兄様……)


 ふと、彼女の脳裏に、二週間(メヒル)ほど前に“森の悪魔”討伐隊を率いてエフタロスの大森林へと向かった次兄の顔が浮かんだ。

 そして、最後に会った日――ドリューシュがキヤフェから出陣した日の光景がフラッシュバックする。


「……うぅ」


 ベッドの上に仰向けに横たわったフラニィは、思わず嗚咽を漏らすと、固く目を閉じた。

 瞼の裏に、あの時次兄と交わしたやり取りが、つい先ほどの事だったかのようにハッキリと浮かんで来る。


『フラニィも、息災でな』

『希望は、捨てるなよ』

『どんな状況になっても、お前の事は絶対に守るから――』

『……()()()殿()()、ね』

「――ッ!」


 フラニィは、閉じていた目をカッと見開いて跳ね起きた。

 そして、着ていたブラウスの襟元をギュッと掴んで、懸命に乱れる息と動悸と心を鎮めようとする。

 ――だが、無駄だった。


「……何でですか、ドリューシュ兄様? 何で『僕が守る』じゃないんですか……? それじゃ、まるで……」


 そこまで口にしたフラニィだったが、慌てて口を押さえ、慌ててその先に言おうとした言葉を飲み込んだ。

 口にする事で、その言葉が現実のものになってしまう事を怖れたからだ。

 飲み込んだ言葉の代わりに、目からポロポロと透明な涙の粒を零しながら、フラニィはムクリと半身を起こした。

 そして、窓の鉄格子越しに見える真っ青な空を見つめる。

 その時、彼女の頭の中に、別の男の顔が浮かんだ。


(あ……)


 その瞬間、フラニィはハッとした。


(あの空の下のどこかで、あの人が兄様と一緒にいる……)


 フラニィの脳裏に浮かび上がったのは、猫獣人(ピシィナ)とは違う、頭の黒い髪と口元のまばらな髭以外に毛の生えていない“ニンゲン”という種族の男。

 不思議な魔具で創り出した蒼い鎧に身を包み、彼と同じ“ニンゲン”である“森の悪魔”と戦い、何度も彼女とこの国を救ってくれた――、


「――ハヤテ様……」


 脳裏に浮かんだ優しげな顔に、僅かに鼻頭を紅潮させたフラニィは、無意識にその名を呼んだ。


「……っ!」


 そして、自分の顔が僅かに綻んだ事に気付き、慌てて首を激しく横に振る。

 だが、ハヤテの顔が思い浮かんだ途端に、沈鬱のただ中にあった自分の心が、すっと軽くなるのを感じたフラニィは、涙に濡れた顔を僅かに綻ばせた。


「そうだよね……」


 彼女は、そう独り言つと、ベッドから離れ、もう一度窓の傍に寄る。

 そして、もう何日も見続けて、すっかり見飽きてしまった窓の外の情景を見やった。


「そうだよね……」


 どことなく、さっきよりも色鮮やかに見える蒼い空を見上げながらニッコリと微笑んだフラニィは、まるで自分自身を奮い立たせるように、もう一度繰り返した。


「……今のドリューシュ兄様には、ハヤテ様が付いていてくれるんだもの。ハヤテ様が、きっと兄様の事を守って下さるに違いないわ。うん!」


 彼女は、そう言うと力強く頷いた。

 ……が、すぐに彼女のヒゲはしゅんと垂れ下がり、耳はくたりと折れる。


「……」


 無言で俯いた彼女の頬を、再び大粒の涙が伝う。


「うぅ……ハヤテ様ぁ……」


 彼女は嗚咽混じりのかすれ声で、ハヤテの名を呼んだ。


「会いたい……会いたいよぉ……ハヤテ様……兄様ぁ……」


 フラニィは、そのまま窓枠に突っ伏し、堰が切れたように泣き始める。


「怖いよ……! お願い……助けに来て……兄様……ハヤテ様……っ!」


 肩を震わせて号泣し続けるフラニィ。

 ――そのせいで、

 彼女は、窓から見える青い空に、一筋の紫色の光が立ち上ったのを見逃した。

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