第二十章其の壱拾陸 正体
オリジンが地面に倒れ伏した一方、ジュエルはロンズデーライト・スキューア・ストライクを放った体勢のまま微動だにしなかった。
オリジンの最後の攻撃を受けたにもかかわらず、その眩しく光る胸部装甲には傷一つ付いてはいない。
ふたりのどちらに軍配が上がったのは、一目瞭然だった。
「く、くくく……!」
胸に開いた大きな傷を手で押さえ、呻き声を上げながら倒れたオリジンを見下ろし、ジュエルは抑え切れぬ嗤い声を漏らす。
その嗤い声は徐々に大きくなり、やがては狂的な哄笑となった。
「くくくくははははははははっ! 遂にやりましたよ! あの、無敵で最強のアームドファイターオリジンを、他ならぬこの私――装甲戦士ジュエルが倒したのです! ハハハハハハハハハハハハハハッ!」
「……ぐ」
地面に倒れたオリジンは、ジュエルに嘲笑を浴びせかけられながら、それでも必死に身を起こそうとする。
だが、動こうとするたびに、胸にぽっかりと開いた大穴からだけではなく、体中の傷口からも夥しい血が噴き出し、彼の装甲を真っ赤に染める。
それでも、オリジンは起き上がろうとする事を止めない。
――だが、
「ぐぅ……」
遂に力尽きたオリジンは、雨で濡れる地面の上で仰向けに転がった。
同時に、彼の纏っている胸部装甲に無数の亀裂が入る。
ビシビシという乾いた音を立てながら、亀裂はどんどんと全身に広がり、やがて淡い光を発して、オリジンの身体を覆う装甲は消え去った。
「……」
装甲が消えた後、そこに残されたのは――傷だらけの白髪の老人だった。
「ほう……貴方が、オリジンの正体ですか……」
今までオリジンの装甲を身に纏っていた人物の正体が老齢の男だった事を知り、ジュエルは感嘆の声を上げる。
そして、左手首のジュエルブレスからロンズデーライトの魔石を外し、ジュエルの装甲を解いた。
装甲を解除した牛島は、先ほどまでの激戦で受けた全身の傷の痛みに顔を顰めながら、オリジンの装甲を纏っていた老人の顔をよく見ようと、その傍らに膝をつく。
そして、しげしげとその顔を覗き込むが……、
「……ん?」
不意に訝しげな声を発した。
「その顔……どこかで見た事が……?」
その深い皺が刻まれた老人の顔――その面立ちに、どことなく見覚えがあったのだ。
――と、
「そ、その人……ひ、檜山豪じゃないか……!」
「……何だって?」
背後から上がった上ずった声を聞き咎めた牛島は、思わず振り返った。
そして、驚きの表情を浮かべている装甲戦士トリックの装着者――馬場登志夫に訊き返す。
「檜山豪とは……初代『アームドファイター』の主人公・本里尊を演じた俳優の――?」
「あ、ああ……」
牛島の問いかけに、登志夫はコクコクと首を縦に振った。
「ま、間違いない。その男は、檜山豪だよ。もっとも……オレが知ってる檜山豪は、もうちょっと若かったけど……」
「……!」
登志夫の答えを聞いた牛島は、ハッとして振り返り、横たわる老人の顔を再び覗き込む。
――確かに、年輪のような深い皺が刻まれた意志の強そうな顔には、かつて自分が夢中になって応援していた“本里尊”の面影が残っていた。
牛島は目を丸くしながら、老人におずおずと尋ねかける。
「オリジン……貴方は、本当に本里尊……いや、檜山豪なのですか――?」
「……どちらでもいいぞ。本里尊でも、檜山豪でも」
横たわったままで力無い笑みを浮かべながら、老人は牛島の問いに答えた。
「だが……できれば、本里尊の方で呼んでくれた方が嬉しいな、うん」
「……なるほど、それで貴方は常にオリジンの装甲を身に纏っていたのですね」
牛島は、合点がいった様子で頷く。
「自分が、実際にオリジン――本里尊役を演じていた檜山豪だと、我々オチビト達に知られないように……」
「……前にも言っただろう?」
「前にも?」
「ああ」
訝しげに首を傾げる牛島の顔を見上げながら、老人――本里尊はどこか愉快げに言った。
「僕は恥ずかしがり屋だと。……オチビトの中には、若い頃の僕しか知らない者もいるだろうからな。こんなに老いぼれた姿を見せて、幻滅されてはかなわないと思ったんだよ」
「また……御冗談を」
冗談めかした本里の言葉に、思わず苦笑を浮かべた牛島。
だが、すぐに表情を引き締めると、彼は再び本里に問いかけた。
「ならば……お伺いしたいのですが。――貴方はいつの時代から、ここへ?」
「……この世界で目覚めたのは、齢七十八の時だ」
「七十八……つまり、2024年から堕ちてきたという事ですね」
「……僕の年齢から逆算したのか」
即答した牛島に、本里は驚きの表情を見せる。
「よく、僕の実年齢を知っていたな、牛島」
「……ファンだったんですよ、貴方の。それこそ、まだ物心ついたばかりの頃に『アームドファイター』の再放送を始めて観た時からね」
「ふ……」
牛島の答えを聞いた本里は、思わず笑い声を上げようとして、激しく咳き込んだ。
口元を押さえた手の間から、粘ついた鮮血が垂れ落ちる。
だが、彼はそれでも、牛島に向けて嬉しそうに言った。
「……驚いたな。こんな場所で、僕のファンに会えるとは思いもしなかった」
「私たちオチビト――装甲戦士シリーズを知る者の中で、装甲戦士の起源である本里尊のファンじゃない者なんておりませんよ。――な?」
「あ……お、おう。そうだとも!」
急に話を振られた登志夫は、戸惑いながらも大きく頷く。
と、ハッとした表情を浮かべ、ポンと手を叩いた。
「あぁ……だからか。2024年から堕ちてきたから、オリジンは2011年の劇場版で初登場した“赤戦鬼”の事を知っていたのか。……俺とゾディアックの合技のタネも」
「ああ。知ってるも何も、僕はあの映画に出演していたしな」
「あ、そういえば、そうだった……」
「それだけじゃない」
納得顔で頷く登志夫に、本里は更に言った。
「僕は、全装甲戦士の装甲形態や必殺技を知っている。主人公ファイターはもちろん、ライバルファイターも含めて、な」
「……そうか。それでか――」
本里の言葉を聞いた牛島が、伸びた無精髭を撫でながら呟く。
「敵の情報を知っていれば知っている程、戦闘時に大きなアドバンテージとなる。それが貴方の――アームドファイターオリジンが強かった理由だったという訳ですね」
「……それだけじゃないさ」
「え?」
本里の発した否定の言葉に、思わず目を見開く牛島。
彼は眉間に皺を寄せながら、手で胸を押さえて苦しげに喘いでいる本里に訊ねる。
「『それだけじゃない』……それは、貴方が強かった理由が、他にもあるという事ですか?」
「ああ……」
「それは……装甲の強さという事ですか? それとも、技の強力さ……?」
「……そういう事じゃない」
本里は、牛島の言葉に対して、微かに首を横に振って言葉を継いだ。
「もっと……もっと単純で、ずっと大切な事。――そして、お前が……お前たちが、今日この場で喪ってしまい、もう二度と取り戻せなくなった事だ」




