第二十章其の壱拾肆 引斥
「ぐっ……!」
自分の身体――特に右腕が強い力で引っ張られるのを感じたオリジンは、咄嗟に身体の重心を落とし、足を踏ん張って堪えようとした。
だが――、
「ク――ッ!」
ジ・アームドファイター・赤戦鬼の並外れたパワーを以てしても、その凄まじい力に抗う事は出来なかった。
彼は、足元の地面の土ごと、眩く光る右掌を向けているジュエルの元へと引きずられていく。
「こ……これは……?」
「――引力ですよ、オリジン!」
思わぬ事態に驚愕の声を上げたオリジンに、ジュエルが嘲笑交じりの声をかけた。
「“輝光の引力”は、私が掴んだものと、この右掌との間に特殊な引力を発生させる事の出来る能力なのですよ!」
「引力……あの時か――」
オリジンは、先ほどジュエルに触れられていた事を思い出した。あの一瞬の接触でジュエルの術中に落ちた事を悟り、不用意に攻撃を仕掛けるべきではなかったと、心中秘かに臍を噛む。
そんな彼の後悔を察したジュエルは、勝ち誇った声を上げる。
「さっき言ったでしょう? 『私の手からは逃れられない』……とね!」
そして、彼の右掌の引力に引っ張られて自分の間合いの内に入ったオリジンの顔面に、親指で中指の第一関節部を押さえ、中指だけを突出させた拳――いわゆる“中高一本拳”を叩き込んだ。
「ハ――ッ!」
シャイニーロンズデーライトエディションの硬度10.5の装甲に覆われた拳、力をピンポイントで伝える中高一本拳、更に身体を強い力で引っ張られた事による加速が合わさる事で、ジュエルの左ストレートの威力は何倍にも増幅される。
「グゥ――ッ!」
ジュエルの一撃を食らったオリジンの口から苦悶の声が漏れると同時に、顔面を覆う赤戦鬼の増加装甲に無数の亀裂が走る。
「……っ」
そして、そのあまりに大きな衝撃は、オリジンの脳を揺らしてその平衡感覚を喪わせ、彼の身体はぐらりと傾いた。
――が、
「……まだだ!」
オリジンはそう叫ぶや、ぐらつく脚を踏ん張り、ジュエルの肩を両手で掴んだ。
「ッ……はな――!」
「オオオオオオオオオオオッ!」
一瞬の隙を衝かれたジュエルが上げた声を雄叫びで遮り、オリジンは大きく身を仰け反らせると、ジュエルの顔面目掛けて勢いよく頭突きを食らわせる。
凄まじい衝撃音と共に、装甲の破片が勢いよく飛び散った。
「……ぐっ!」
「……は、はははははっ!」
呻き声と哄笑が同時に上がる。
――呻き声を上げたのは、頭突きを仕掛けたにもかかわらず、その衝撃で完全に赤戦鬼の増加頭部装甲が砕け散ったオリジン。
肩を震わせながら、愉快そうに嘲笑うのはジュエルだった。
「ハハハハハ! ザマないですね! この私の進化フォーム・シャイニーロンズデーライトエディションにかかっては、全アームドファイター最強を謳われた貴方の技も装甲も敵わない! 私は貴方を完全に超えたのですよ、オリジン!」
「……ッ!」
「くくくっ! いつまで私の身体にしがみついているんですか? 鬱陶しい」
ジュエルは、平衡感覚を喪ってもなお、彼の身体にしがみつくオリジンを煩わしそうに見下ろすと、その側頭部に左掌を添えた。
そして、静かに口を開く。
「――捨離の斥力」
その声と同時に、ジュエルの左掌が昏い光を放ち、
「ッ――!」
オリジンの身体が、再び強い力によって――先ほどとは逆に、ジュエルの身体から引き剥がされた。
そのまま吹き飛ばされたオリジンは、背後に生えていた大木の幹に背中を強かに打ちつけられる。
「ぐ……うぅ……」
「っはははははは! どうですか、オリジン!」
苦しげな呻き声を上げるオリジンに向けて、ジュエルは自慢げに胸を張った。
「今の“捨離の斥力”は、先ほど披露した“輝光の引力”と対をなす能力。即ち、触れたものと左掌との間に、互いに反発し合う“斥力”を発生させるのです」
「……」
「つまり――」
ジュエルはそう言いながら、おもむろに右掌をオリジンに向ける。
そして、
「――輝光の引力」
「――ッ!」
ジュエルの声と共にその右掌が眩く輝いた瞬間、オリジンの身体が再び彼の元へと引き寄せられた。
だが、ジュエルがそうするであろう事は、オリジンも読んでいた。
彼はジュエルに引き寄せられながら、その右拳をグッと握り込む。
そして、一瞬のうちに拳を凄まじい闘氣で覆い、みるみる接近するジュエルの胸部装甲に狙いを定めて大きく振りかぶった。
「――アームドファイター・スーパーパン――」
オリジンの渾身の必殺技が、カウンターとしてジュエルに届こうという刹那――
ジュエルの仮面の下で、その口の端が皮肉げに吊り上がった。
「そう来ると思ってましたよ。――捨離の斥力」
「チ……ッ!」
彼が掲げた左掌から発せられた斥力によって、オリジンが放った必殺の拳撃はその軌道を大きく逸らされる。
そして、捨離の斥力によって体勢が大きく崩れたオリジンの鳩尾に、ジュエルが身体を回転させながら放った鋭い膝蹴りが深々とめり込む。
「ぐふっ……!」
再び、オリジンの口から苦痛に満ちた声が漏れ、同時に彼の身体がくの字に折れた。
すかさずその喉元を左手で掴んだジュエルは、
「食らえ、オリジンッ!」
と叫びながら、オリジンの身体を高々と持ち上げると、オリジンの身体を背中から地面に叩きつけ、
「――捨離の斥力ッ!」
同時に左掌の能力を発動させたのだった――!




