第二十章其の拾 氷闘
「――くっ!」
ジュエルは咄嗟に身を翻し、オリジンの放った拳を紙一重で避けた。
「……」
一発目を躱されたオリジンだったが、それは彼の予測通りだったらしい。そのまま彼は、淀みない動きでもう一方の拳を大きく振り上げる。
「終わりだ、ジュエル」
「――ッ!」
息を呑んで、オリジンの振り上げた拳を凝視したジュエル。
その顔面に、剥き出しの闘氣を纏ったオリジンの拳が叩き込まれ――
「ヒッ――!」
「ッ!」
――なかった。
彼の拳は、ジュエルに首根っこを掴まれ、盾にするように掲げられた登志夫の顔面すれすれのところでピタリと止まる。
「うぐ――っ!」
だが、オリジンのパンチによって生じた凄まじい風圧を生身の顔面に受けた登志夫は、そのあまりの衝撃によって気を失った。
「……くくく」
一方、咄嗟に彼を盾にしたジュエルは、忍び笑いを漏らすと、オリジンの顔をギロリと睨む。
「思った通りのようだな。オリジン……どうやら貴方は、我々オチビト――いや、人間を殺す事を避けたがっているようですね」
彼は、皮肉と嘲笑と苛立ちを含んだ声色でそう言うと、彼の仲間たちが倒れている草地の方をチラリと見た。
「どうやら、貴方が倒した十一人の装甲戦士……誰ひとりとして致命傷を受けた者は居ないようだ。わざと手加減しましたね、彼らを殺さないように」
「……」
「まったく……既に仲間を手にかけ、貴方の命をも狙った我々に対して、随分とお優しい事で。いや、むしろ甘いと言った方がいいですね」
「……」
「それは余裕ですか? それとも、先ほど仰っていた『絶対強者としての“矜持”』というものですか?」
「……違う」
ジュエルの問いに対して、オリジンは小さく首を横に振った。
そして、ジュエルの顔を睨みつけると、断固とした声で答える。
「それは――僕が“アームドファイター”だからだ」
「は?」
「アームドファイターは――いや、僕は、何があっても決して人を殺さない。何故なら――アームドファイターは、何時如何なる時でも正義のヒーローでいなければいけないからだ」
「……ッ!」
オリジンの答えに、ジュエルは僅かに動揺した様子を見せた。
だが、すぐにその素振りを消し去ると、
「――そうかい!」
と叫んで、掴んでいた登志夫の身体をオリジン目がけて押し出した。
「――!」
「まったく! こんな訳の分からない世界に堕とされ、互いの命のやり取りをしているというのに、未だにヒーローごっこにご執心とは! 滑稽ですね、オリジン!」
オリジンが、突っ込んできた登志夫の身体を払い除けた隙に俊敏な動きで後ろに跳び退いたジュエルは、パチンと指を鳴らす。
次の瞬間、オリジンの周りから二条の水柱が立ち、それぞれがジュエルを模った水人形となった。
「……!」
二体の水人形による同時攻撃に見舞われたオリジンだったが、落ち着いた手捌きで、巧みにふたりのジュエルの攻撃をいなす。
「ハッ――!」
そして、闘氣を籠めた掌底を一体の水人形の顔面に叩き込んだ。
相手が人間ではない為、その一撃は一切の手加減が加えられていない。
オリジンの渾身の一撃を受けた水人形の頭部は粉々に弾け飛び、その破片と身体は元の水に戻った。
その水飛沫を全身に浴びたオリジンは、すぐさまもうひとりの水人形の撃破に移ろうとするが――、
「……」
水人形は、無言のままオリジンの身体にしがみついた。そのせいで、オリジンの動きが一瞬止まる。
「……む」
「隙あり!」
それを見たジュエルは、すぐに左手首に手を伸ばすと、ジュエルブレスに嵌っていた蒼い魔石を取り外し、その代わりに冷気を放つ白い魔石を嵌め込んだ。
『魔装・装甲戦士ジュエル・ホワイトアンタ―クチサイトエディション』
ジュエルブレスから無機質な電子音声が鳴ると同時に、ジュエルの身体が光に包まれ、一瞬にして白い結晶化装甲を纏う姿へと変える。
それと同時に、オリジンの身体を拘束していた水分身が水に戻り、弾けた水飛沫がオリジンの全身を濡らした。
「――食らえ!」
冷気を操り、一瞬で氷の和弓を創り出したジュエルは、氷の矢を番え、オリジン目がけて放つ。
「アイシクル・アローッ!」
「――!」
迫り来る氷の矢に対し、オリジンは闘氣を帯びた手刀で迎え撃った。
鋭い手刀によって、氷の矢はオリジンの身体に突き立つ前に真っ二つにへし折られてしまう。
だが――、
「――かかったな、オリジン!」
「……ッ!」
氷の矢の凄まじい冷気によって、水人形の水飛沫を浴びていたオリジンの身体が凍結される。
そう。ジュエルがアイシクル・アローを放った目的は、オリジンの身に氷の矢を突き立てる事では無く、へし折られた氷の矢が噴き出す夥しい冷気によって、水に濡れたオリジンを身体の芯まで凍りつかせる事だったのだ。
そして――、
「これで、貴方はもう動けまい! ――これで終わりです!」
そう叫び、ジュエルは手にしていた氷の和弓の弓柄を強く握るや、渾身の力で地面を蹴り、前方のオリジン目がけて突っ込んだ。
そして、手にもった和弓を長槍の形へと変形させる。
「アイシクル・スピア―ッ!」
ジュエルは、高らかに叫びながら、手にした長槍をオリジンの胸元目がけ、渾身の力を込めて突き出した。
身じろぎも出来ないはずのオリジンには、この必殺の刺突は避けられない――筈だった。
「――むぅんっ!」
オリジンは、腹の底から気合に満ちた声を上げると同時に、素早く右腕を動かした。
右腕にびっしりと覆っていた分厚い氷が、湯気を上げながらみるみる薄くなり、ばらばらと剥落していく……!
「な……ッ?」
ありうべからざる光景を目の当たりにしたジュエルが、思わず驚愕の叫びを上げた。
(な、なぜだッ? 一瞬にして凍りつかせたはずのオリジンが、何故こうも容易く動く――?)
だが、その疑問について考える時間を、それ以上ジュエルは与えられなかった。
右腕を動かしたオリジンは、そのまま自分の身体目がけて突き出された氷の長槍の柄をはっしと掴んで、思い切り自分の方へと引き寄せたのだ。
「――ッ!」
「ウオオオオオオオオオオオ――ッ!」
オリジンに長槍ごと引っ張られ、体勢を整える事も、その場で踏ん張る事も出来ぬまま無防備に晒されたジュエルの胸部装甲に、練り上げられた闘氣を纏うオリジンの左拳が叩き込まれた――!




