第二十章其の捌 強化
――ザアアアアアアアア――ッ!
というけたたましい音を立てながら、上空からゲリラ豪雨の如く降り注いできた無数の黄金の矢によって、その下に立っていたオリジンの身体が見えなくなる。
「やったか!」
「いや、油断するな、トリック!」
歓喜の声を上げるトリックを、ゾディアックの緊迫した声が制する。
「相手はあのオリジンだ! 念には念を入れた方がいい」
「そ、そうだな……じゃあ」
「ああ!」
トリックの答えに大きく頷いたゾディアックは、その場でクルリと背を向けると、己の四本の脚で思い切り地面を蹴り、トリックを背に乗せたまま一気に加速し始めた。
そして、大きく円を描くように走り、再びオリジンの立っている方へと身体を向ける。
「行くぜ! これが、サジタリアス・メテオ・シャワーズのファイナルムーブだ――ッ!」
そう高らかに叫ぶや、ゾディアックは更に四肢に力を籠めた。
疾走り方を、一歩ごとに足四本全部を地面から離す“ギャロップ”へと走法を変え、更にそのスピードを上げる。
当然、目標はオリジンの身体だ。
目標の場所には、黄金の矢が全て着弾した事で夥しい土煙が上がっていたが、その中心にオリジンが居る事は確かだ。
もしかすると、オリジンは、土煙の中で無数の黄金の矢に身体を貫かれた『弁慶の立ち往生』さながらの姿になっていて、既に事切れているかもしれない。
そうなったら、次の一撃は文字通りの“死体蹴り”になってしまうかもしれないが、このファイナルムーブあってこその“サジタリアス・メテオ・シャワーズ”だ。途中で止める事は出来ないし、止める気も毛頭無かった。
「うおおおおおおっ!」
雄叫びを上げながら四本の脚で同時に地面を蹴り、勢いよく土埃の中に突入したゾディアックは、その中心に向けて、四肢をピンと伸ばし、飛び蹴りの態勢を取る。
そして、舞い上がる土埃の中心に向けて真っ直ぐに突っ込んでいく。
「食らえ、オリジ――!」
だが、
ゾディアックの勝ち誇った声は、途中で消え入る様に途切れた。
「な……んだとっ?」
その代わりに上げたのは、驚愕と当惑に満ちた声。
ゾディアックは、晴れた土煙の中から現れたオリジンの姿に、思わず目を疑った。
オリジンは、先ほどまでの蒼い装甲ではなかった。――否、今までの蒼の装甲の上に重ねるように、新たな真紅の鎧を纏っていたのだ。
「お……オリジン! そ、その姿は、まさ――ゴブゥッ!」
思わず口から洩れた問いかけは、今度はくぐもった苦悶の声に変わる。
同時に、ゴキャっという鈍い音が鳴った。
それは、ゾディアックの必殺の蹴りを紙一重で躱したオリジンが放った交差法のアッパーカットが、覆面ごと彼の顎を砕いた音だった。
「ぐぶぅ……ッ!」
凄まじい闘氣でコーティングされた右拳による渾身の一撃を食らったゾディアックは、粉々に砕け散った覆面の欠片を撒き散らしながら、高々と宙を舞う。
「な……何ィ……ッ!」
そして、その光景を目撃したトリックも、愕然として上ずった声を上げた。
彼もまた、ゾディアックと同様に、新たなオリジンの姿に衝撃を受けていた。
(ば……バカな! あれは……“ジ・アームドファイター・赤鬼神”じゃないか……!)
――見間違えようはずもない。
今目の当たりにしているオリジンの姿は、2012年の年末に上映された劇場映画『装甲戦士ゾディアック&装甲戦士トリック~最強の戦士はこのオレだ!~』で、ゲスト参戦した初代アームドファイター(オリジン)が初披露した強化装甲形態だったのだ。
一番最初のアームドファイターであるオリジンは、既に放送から三十年以上も経過しているにもかかわらず、2000年代になって何度か行われた『装甲戦士人気投票』の中で常に上位に食い込むほどの根強い人気を誇っていた。
その事に加え、ちょうどその年が初代『アームドファイター』放送40周年だった事もあって、2011年の年末に上映された劇場版において、当時最先端の装甲戦士シリーズだったゾディアックと、翌年2月から放送開始予定だったトリックに加え、シークレットゲストファイターとしてアームドファイターオリジンが参戦するサプライズが仕掛けられたのだ。
久々にアームドファイターの雄姿が銀幕で披露された事、更に、主人公である本里尊を、オリジナルキャストである檜山豪が実に四十年ぶりに演じるという話題性の高さにより、映画は空前の大ヒットを記録したのである――。
そして――、
今ゾディアックの覆面をアッパーカット一発で破砕したオリジンが身に纏った装甲は、紛れもなく、その劇中で登場した彼の強化形態・赤鬼神だった。
その事実に、トリックは愕然とし、そして混乱する。
(な……何故だ? 何故、1971年のアームドファイターであるオリジンが、2011年に上映された映画でしか登場していないオリジンの強化形態の事を知っているんだ?)
――オチビトの間には、ある共通項がある。
それは、『オチビトは必ず、堕ちてきた年に放送されていた装甲戦士の装甲を得る』、そして、『オチビト自身が存在を知らない装甲戦士の装甲形態は、たとえ劇中で存在していても得る事はできない』というものだ。
トリック――馬場登志夫は、2013年の年明けにこの異世界に堕ちてきた。その時に放送されていたのは、もちろん『装甲戦士トリック』だった。
トリックだけではない。
彼が知っている限り、堕ちてきた年に放送されていた装甲戦士以外の装甲戦士になったオチビトは皆無だったはずだ。
であれば、オリジンがこの異世界に堕ちてきたのは、初代『アームドファイター』が放送されていた1971年であるはずなのだが……それでは、彼が2011年初出の“ジ・アームドファイター・赤鬼神”の装甲を身に纏っている事の説明がつかない――。
……だが、現にオリジンは“赤鬼神”の装甲を身に纏っている。それは一体、どういう事なのか――?
(……ああ、畜生!)
答えの出ない疑問に思考が囚われかけたトリックは、心の中で激しく毒づいた。
同時に、自分が今、戦闘の真っ最中だという事も思い出す。
――そう、ゾディアックとの合技であるサジタリアス・メテオ・シャワーズの三撃目を、標的であるオリジンに叩き込む為の予備動作の真っ最中だった。
(そうだ……! 俺がオリジンに止めを刺しちまえば、そんな事は関係無ぇ!)
そう考え直したトリックは、自分がオリジンの背後を取った事を確認する。
そして、組んだ両手をオリジンの背中に向けて真っ直ぐ伸ばし、拳を固く握り込んだ。すると、瞬時に装甲の手甲が大きく伸びながら、大砲の砲口へと形を変えた。
トリックは、一瞬だけチラリと手元に目を落として満足げに頷くと、その声を張り上げる。
「これで終わりだオリジン! トリック・アンド・キャノンボ――」
「――遅いな」
「ッ!」
不意に聞こえてきた声に、ギョッとして頭上を見上げるトリック。
――そこには、跳躍した体勢で、闘氣で黄金に輝く右腕を大きく振りかぶったオリジンの姿があった。
「なっ……い、いつの間に――!」
「……悪いが」
驚愕の叫びを上げるトリックに、オリジンは低い声で言った。
「その技――サジタリアス・メテオ・シャワーズの構成は、良く知っている」
「な――何で、知っ……!」
『何で知っているんだ?』というトリックの疑問は、
「アームドファイター・スーパーパ――ンチィッ!」
と、高らかに必殺技の名を叫ぶオリジンの声と巻き起こる衝撃音によって、無情にもかき消されたのだった――。




