第二十章其の漆 一蹴
「ぐはぁっ――!」
腹に加速がたっぷりと加わったオリジンの回し蹴りを食らった装甲戦士シードが、冗談のように空中を飛ぶ。
彼の身体は、そのまま小屋の一棟に激突し、その衝撃で崩れた小屋の残骸の下敷きとなった。
「か……は……」
倒壊した小屋の柱に圧し潰されたシードは堪らず気を喪い、それと同時に、彼が纏う装甲は淡い光を残して元の装甲アイテムに戻ってしまう。
生身に戻ったシード――安城光星の上に乗った小屋の残骸が、ミシミシと音を立てながら、彼の身体を圧し潰そうとするかのようにのしかかる。
――と、その時、
「は――ッ!」
思い切り地を蹴り、一気に倒壊した小屋の傍まで到達したオリジンが、すぐさま光星の身体の上に乗った崩れた小屋の屋根を片手で掴んだ。
そして、
「ムゥンッ!」
力み声を上げながら屋根を持ち上げて隙間を作ると、すかさずもう片方の手で気絶している光星の腕を引っ張って、その身体を一気に引き抜く。
そして、オリジンは残骸から引っ張り出した光星の軽々と持ち上げると、まるで興味の無くなったおもちゃを放り出す子どものように、そのまま無造作に放り投げた。
オリジンに投げられた光星の身体は、再び緩やかな放物線を描きながら、同じように気を喪っているオチビトたちの身体が転がっている村の中の草地に落ちた。
それを見届けたオリジンは、無感動な声色でぼそりと呟く。
「……九人目」
そう。
それは、この短時間でオリジンが戦闘不能に追い込んだ装甲戦士の数の事だった。
「「……っ!」」
その淡々とした声を聞いた装甲戦士ゾディアックと装甲戦士トリックは、思わず顔を見合わせる。
残る装甲戦士は、もはや彼ら二人とジュエルしか残っていなかった。
覆面に隠れて窺う事は出来なかったが、ふたりの素顔に恐怖で引き攣った表情が浮かんでいるであろう事は容易く想像できた。
そんなふたりに、冷ややかな響きを帯びた声がかけられる。
「……どうしたんだい? でかい図体をしながら、たった一人の手負いに怖気づいているのかい?」
「ジュエル……ッ!」
「てめえ……」
あからさまな嘲りが籠もったジュエルの言葉に対し、ゾディアックとトリックは怒りに満ちた目を向けた。
だが、そんなふたりからの鋭い視線を浴びながらも、ジュエルはたじろぐ様子もなく、わざとらしく肩を竦めてみせる。
「おお怖い。でも、殺気を向ける相手が違うんじゃないかな?」
そう言うと、ジュエルは無言で立つオリジンの事を指さした。
「ほら、見てみなよ。あのオリジンの姿を。もう、満身創痍もいいところじゃないか」
彼の言う通りだった。
九人もの装甲戦士たちを退けてきたオリジンだったが、さすがに無傷でとはいかなかった。全身のいたるところに装甲戦士の攻撃を受けた彼の装甲は、到る所に欠損や凹みや深い亀裂が生じ、彼の象徴でもある鬼面にも、斜めに深い切り傷が刻みつけられている。
「そんな素振りも見せてはいないが、立っているのもやっとのはずだ。あと一押しで、最強にして起源のアームドファイターを斃したという大金星を挙げられるんだよ、君たちは」
「「……!」」
ジュエルの叱咤を受けたトリックとゾディアックは、もう一度顔を見合わせ、大きく頷き合った。
「よし! やるぞ、トリック!」
「おお!」
そう言い交わすや、ゾディアックはベルトの脇から、星形をした青い石を取り出した。
そして、胸の中央に嵌っていた、ゾディアックの装甲アイテムである『アッタルフ・ストーン』を取り出すと、その代わりに青い星型の石を嵌め込む。
それに応じるように、胸元の『ゾディアック・ベゼル』から白い光が溢れ、彼の身体を包み込んだ。
そして、無機質な電子音声が鳴り響く。
『チェンジ・ゾディアック! ……コンプリート・サジタリアス!』
電子音声の音が鳴り終わり、繭状に収束していた光が弾け飛んだ。
「ハッハッハ――ッ! 装甲戦士ゾディアック・サジタリアスモード・爆誕ッ!」
そう、高らかに叫びながら四本の脚を踏み鳴らしたのは、半人半馬のケンタウロスの姿を模した白銀の装甲を身に纏う、異形の装甲戦士だった。
それを見たオリジンが、小さく「ほう……」と息を吐いた。
「……装甲戦士ゾディアックの中間フォームか。比留間め、既に“カウス・ストーン”を手に入れていたのか……」
ゾディアックは、手持ちの二枚の“光る板”を、装甲戦士ゾディアックの装甲“ユニット”であるゾディアック・ベゼルと装甲“媒体”であるアッタルフ・ストーンに変化させたはずだ。その後、彼に新たな“光る板”を与えた覚えは、オリジンには無かった。
ならば……ゾディアックは、もうひとつの装甲媒体――カウス・ストーンの素となった“光る板”を、一体どうやって手に入れたのか――。
そこまで考えたオリジンは、とある可能性に気が付き、相変わらず木に凭れかかったまま動かないジュエルに目を遣った。
「なるほどな……ジュエルの仕業か」
そう呟くと、オリジンは、それまでの棒立ちの体勢から僅かに重心を下げる。中間フォームを相手にするとなると、さすがに今までのようにはいかない事を悟ったのだ。
――と、その時、
「は―ッ!」
雄たけびを上げながら、トリックが地を蹴った。
そして、ゾディアックの下半身――つまり、馬身の背の上に音も無く着地する。
「……!」
「ははは! 驚いたか、オリジン!」
無言でふたりの姿を凝視するオリジンに向かって、ゾディアックが哄笑を浴びせた。
そして、立てた親指で自分の胸を指すと、自慢げに言葉を継ぐ。
「この姿は、アンタも見た事が無いだろう? 当然だよな! 何せ、ワシもアンタに見せるのは初めてだからな!」
「……」
「サジタリアスモードは、アンタを斃す日……つまり、今日の為にずっと温存しておいたとっておきだ。光栄に思うんだな!」
そう叫ぶと、ゾディアックは弓手に持っていた巨大な弓をオリジンに向けて構えた。
そして、右手を天に翳して黄金の矢を創り出すと、大弓に番える。
「食らえ! サジタリアス・アローッ!」
その絶叫と同時に、ゾディアックが引き絞った黄金の矢が、大弓から勢いよく放たれた。
――だが、それで終わりではなかった。
ゾディアックの馬部分の背に直立していたトリックが、飛来していく黄金の矢の方に腕を伸ばし、パチンと指を鳴らした。
「レッツ・トリック!」
彼の一声と同時に、オリジン目がけて飛んでいた黄金の矢が、忽然と姿を消す。
――と、今度はオリジンの頭上を指さし、再び声を上げた。
「――アーンド、ディスクローズッ!」
次の瞬間――オリジンの直上の空が裂け、その狭間から夥しい数に増殖したゾディアックの黄金の矢が姿を現す。
「食らいやがれ!」
「俺たちの合技を!」
ゾディアックとトリックが、勝ち誇った声で叫んだ。
「「サジタリアス・メテオ・シャワーズ!」」
ゾディアックとトリックの声が重なった瞬間、正に流星雨と化した黄金の矢の一群が、一斉にオリジン目がけて降り注いだ――!




