第二十章其の陸 先陣
同胞の血に塗れた十一人の装甲戦士たちは、ひとり立ちつくすオリジンに向かってゆっくりと歩を進める。
徐々に近づいてくる装甲戦士たちを前に、オリジンは身じろぎもせずに立っていたが、おもむろに顎を引き、その真っ赤な目を光らせた。
その瞬間、
「……ッ!」
装甲戦士たちの動きがピタリと止まった。
「う……」
「うぅ……」
「ぐ……」
彼らの口から、苦しげな呻き声が漏れる。
睨みつけると同時に、オリジンが全身から解き放った凄まじい気迫をぶつけられ、金縛りに遭ったように動けなくなったのだ。
それは、恐怖――否、それよりも原初的な、“本能”に基づいた危機察知によるものだった。
さしずめ、“蛇に睨まれた蛙”――いや、“巨竜に睨まれた蟻”と言ったところだろうか……。
それだけ、オリジンが彼らに与えた影響と畏怖は大きかったのだ。
と、その時、
「……何をしているんだい、君たち?」
彼らの背後から、苛立ちを露わにした声が上がった。
腕を組んで傍らの木に寄りかかったジュエルは、彼らに嘲笑交じりの声を浴びせる。
「いつまでそんな所に突っ立っているつもりなんだい? 装甲戦士のクセに、たったひとりの死にぞこない相手に恐れおののいて動けなくなるなんて……恥ずかしいとは思わないのか?」
「し……死にぞこない……?」
「そうだよ」
十一人のうちのひとり――装甲戦士トリックが上げた声に、ジュエルは大きく頷き、「見給え」と言って、濃紺の装甲を自らの血で赤く染めているオリジンを指さした。
「彼は、私のブラッディ・ファウンテンを受けて、既に相当量の血液を失っている。もう彼は、いつものようなパフォーマンスは出来なくなっているんだよ」
「そ……そういえば……」
「その証拠に、これだけ私たちに追い詰められても、全く動こうとしていないだろう? 動かないんじゃなくて、もう動けないんだよ」
そう言うとジュエルは、クククと声を上げて嘲笑う。
「どんな人間でも、大量の血を喪えば動けなくなるものさ。――それは、“最強のアームドファイター”であるオリジンも例外じゃなかったって事だよ」
「そ……そうか……!」
ジュエルの説明を聞いた装甲戦士たちは、互いの顔を見合わせた。
そんな彼らに向かって、手で払う仕草をしながらジュエルは言う。
「分かっただろ? あのアームドファイターオリジン相手に、今の自分たちがどれだけ優位に立っているのかが。分かったら、さっさとカタを付けてくるんだ」
「……ッ」
「“ジ・アームドファイター”オリジンを斃して、手柄と名を上げるのは……一体誰かな?」
「おおおおおおおおお――っ!」
オリジンの発破によって、装甲戦士たちの士気が一気に上がった。
そして、相変わらず無言のままで立っているオリジンの姿に目を遣ると、めいめいに己の武器を構える。
だが……、
「……く」
それでも、最初の一歩を踏み出そうとする者は居なかった。
彼らは、互いに横目で牽制しつつ、誰かが最初にオリジンに挑みかかるのを待つばかりだった。
「……やれやれ」
そんな消極的な彼らの姿に、ジュエルは呆れたとばかりに溜息を吐く。
「まったく……装甲戦士ともあろう者が、雁首揃えて情けない限りだね」
そう呟くと、ゆっくりと手を伸ばし、オリジンの立っている地面を指さした。
「水牢」
その声に応じるように、オリジンの足元の地面に大きくひびが入り、次の瞬間、夥しい水流が上空へ向かって勢いよく噴き出す。
「――」
噴き出した水流は、渦を巻きながら天を衝く巨大な水柱となり、たちまちオリジンの身体を包み込んだ。
ジュエルは、十一人の装甲戦士たちに向けて叫ぶ。
「ほら、そこの臆病者たち! 獲物が逃げないように捕まえてあげたよ。早く食べてしまうんだ!」
「――ッ!」
小馬鹿にしたようなジュエルの物言いに、思わずムッとする装甲戦士たちだったが、水柱の中で身じろぎもしないオリジンの姿を一瞥して、ようやく肝を据えた。
「う……うぉおおおおおおお――ッ!」
最初に仕掛けたのは、白銀の装甲に身を固めた、装甲戦士ジャスティスである。
彼は、腰に提げたジャスティスサーベルをスラリと抜き放つと、前方の水柱に向けて地を蹴った。
「か……覚悟しろ! アームドファイターオリジンッ!」
彼はそう叫びながら、抜いたジャスティスサーベルを大上段に振り上げる。
「あ――き、汚ぇぞテメエ!」
「抜け駆けするなぁっ!」
「ま、待って! 私も……!」
他の装甲戦士たちも、つい先ほどまで誰かが先陣を切るのを待ち望んでいた事などあっさりと棚に上げ、ジャスティスに追いつき追い越そうと、一斉に水柱に向けて躍りかかった。
そして、彼らの攻撃が水柱――その中に佇むオリジンへと届こうとした刹那、
「――はあああああああああっ!」
水柱の中から、全てを圧する気迫に満ちた絶叫が上がる。
その声と同時に、水柱がまるで空気を入れ過ぎた風船のように大きく膨張し、粉々に弾け飛んだ。
「ぐ――ッ!」
「うおわぁっ!」
「キャーッ!」
「――ッ!」
勢いよく舞い散る水飛沫を浴びながら、装甲戦士たちは思わずたじろぐ。
と、次の刹那――、
“ゴギィッ!”
「がハァ――ッ!」
重い打撃音と共に、素早く懐に潜り込んだオリジンが放った渾身のアッパーカットを顎に食らった装甲戦士ジャスティスが、ゆうに五メートルは上空へと打ち上げられる。
「ハッ!」
そして、自ら打ち上げたジャスティスを追いかけるように跳び上がったオリジンは、そのままジャスティスの首を片手で掴むと急降下し、顔面から地面に叩きつけた。
「――ッ!」
一瞬の事に、ジャスティスの助太刀に入る事も出来ず、呆然とオリジンの連携技を見ていた装甲戦士たち。
そんな彼らを前にして、今の一撃で気を失ったジャスティスの首から手を放したオリジンは、ゆっくりと立ち上がる。
そして、ギロリと装甲戦士たちの事を睨みつけ、スッと手の甲を彼に向けると、
「……」
無言のまま、まるで『かかってこい』と挑発するかのように、立てた人差し指を数度折ってみせるのだった。




