第二十章其の肆 裏切
「な……何だ……?」
青木修太は、突然周囲で鳴り出した、装甲戦士たちの装甲化音に驚き、声を上ずらせた。
そして、聞き慣れた電子音声が、彼のすぐ隣で鳴る。
『――チェンジ・ゾディアック! ……コンプリート・キャンサー!』
「ひ……比留間?」
慌てて隣に目を向けた青木は、先ほどまで生身の状態で立っていた比留間慎太郎が、周りのオチビト達と同様に、左腕に装着した巨大な“キャンサー・シザース”と、カニの甲羅を模した淡い紫色の装甲が特徴的な装甲戦士ゾディアック・キャンサーモードへと姿を変えている事に愕然とする。
「お、おい! い……一体どうなってるんだ、これは!」
「……」
青木は、まるで状況が理解できないまま、傍らに建つ比留間――装甲戦士ゾディアックに問いかけるが、彼は無言のまま、前方を凝視しているばかりだった。
ゾディアックに無視された格好の青木は、途方に暮れた様子で周囲を見回す。
すると、十数人のオチビト達が光に包まれ、めいめいの装甲を身に纏いつつあるのが見えた。
そして、装甲を纏っていない残りのオチビト達は、青木と同じ様に今の状況が掴めない様子で、狼狽えるばかりだった。
「な……何で……?」
青木は、もう一度問いかけるが、相変わらず返事は無い。
だが、もう一度ゾディアックの顔を見上げ、彼が凝視し続けている方向に目を遣ると、
「……そ、そうか!」
カッと目を見開いて叫ぶ。
彼が目を向けた先には、対峙するオリジンとジュエルの姿があった。
青木は、青ざめた顔に引き攣り笑いを浮かべながらも、嬉々としてゾディアックに言う。
「比留間さん……。アンタ……いや、アンタ達は、オリジンに助太刀するつもりで、装甲戦士になったんだな……!」
考えてみれば、当然の事だった。
これは、明らかにジュエルがオリジンに向けて弓を引いている状況だ。
ジュエル――牛島の事は前々から怪しいと思っていたが、その見立て通り、遂に本性を現したというところなのだろう。
であれば――、
自分がオリジンに付き従うオチビトとしてするべき事はただひとつ。
オリジンを援けて、反逆者たるジュエルを討ち取る事だ。
その為に、比留間たちは装甲戦士へと姿を変えたのだ――そうに違いない!
「――よし!」
全てを理解した青木は大きく頷くと、腰に提げていた自分の装甲アイテムを手に持ち、傍らのゾディアックに向けて微笑みかけた。
「そういう話なら、おれも力を貸すぜ! みんなでオリジンに協力すれば、あのジュエルのクソ野郎なんて一捻りで――」
「青木さん」
「え……?」
ようやく口を開いたゾディアックの声のトーンに何とも言えない違和感を覚えた青木は、おずおずと聞き返す。
「な……何だよ、ゾディアック? 変な声を出して……」
「青木さん……そうじゃないんだ」
「え……ど、どういう意味だ?」
ゾディアックの巨躯を見上げ、青木は強張った笑いを浮かべながら首を傾げた。
「そうじゃないって……何が違うって言うんだ?」
「……違うと言ったのは、な」
そう言いながら、ゾディアックはゆっくりと青木の方を向いた。
蟹の身体を模った覆面に埋め込まれたバイザー型のアイユニットが、青木の事を冷ややかに見下ろす。
「……ッ!」
ゾディアックに見つめられた瞬間、青木は自分の身体が金縛りにでも遭ったかのように動かせなくなった事に気付いた。
左胸の心臓が、まるで警鐘のように、けたたましい音を立て始めるのが分かった。
息が苦しい。ゾディアックの圧に中てられ、横隔膜が麻痺したように動いていない……。
青ざめた顔に戸惑いの表情を浮かべている青木を冷ややかに見下ろしたゾディアックは、不気味なほどに落ち着いた様子で答えの続きを舌に乗せる。
「――ワシらが装甲戦士になったのは、オリジンの助太刀の為じゃないって事だ。……その逆」
「……え?」
「つまり……ワシらが装甲を纏ったのは――」
だが、青木は、ゾディアックの言葉の続きを聞く事は出来なかった。
その代わりに聞こえたのは、硬い金属が擦れ合う音と、自分の首のあたりから上がった“ぶつり”という湿った音。
「……ぁ」
喉に残った僅かな空気が吐息のように漏れた微かな音が、青木の最期の声となった。
次の瞬間、首の根元で裁ち切られた彼の頭部は、切断面から赤い血潮を噴き出しながら、まるで熟れ過ぎた果実のように地面に落ちる。
三度跳ねてからゴロリと転がる青木の頭を一瞥したゾディアックは、キャンサー・シザースを一振りして滴る血を振り払った。
と――、物言わぬ骸となった青木の身体がぐらりと傾き、ゾディアックの身体に凭れかかってくる。
「……ッ!」
その亡骸を煩わしげに撥ね退けたゾディアックだったが、その手から零れ落ちた彼の装甲アイテムが、やにわに白い光を発して“光る板”に戻ったのを見ると、腰を屈めてそれを拾い上げる。
「……」
彼は、つい先ほどまで青木修太の装甲アイテムだった二枚の空の“光る板”を大事そうに仕舞った。
ふと、虚ろな目をした青木の生首に目を落とすと、抑揚の無い声で呟く。
「……ジュエルと一緒に、オリジンとお前らを斃す為だったんだよ、青木さん」
そして、右手を伸ばして青木の見開いた目を閉じると、
「――すまんな」
かつての親友に向かって、形ばかりの詫びの言葉を贈ったのだった――。




