第十九章其の拾 軋轢
「おい……」
「あ……あいつは……!」
「……牛島……!」
青木の後に続いてオリジンの村の中に入った牛島の姿を目にして、それまで各々の作業に勤しんでいた村のオチビト達が手を止め、口々に驚きの声を上げた。
「はは……やあ、みんな。久しぶりだね」
牛島は、彼らの好奇と憎悪と恐怖に満ちた視線が一斉に自分へ向けられたのに気付くと、穏やかな微笑みを浮かべながらひらひらと手を振ってみせる。
その声を聞いて、さらに一層、村人たちの上げるどよめきのボリュームが大きくなった。
急激に悪化する周囲の雰囲気を察した青木が、慌てて振り向いて、牛島の事を窘める。
「お、おい、止めろ! みんなの気持ちを逆撫でするな!」
「ん?」
青木の叱責を受けた牛島は、胡乱げな表情を浮かべて、大げさに肩を竦めてみせた。
「何の事かな? 私は、久々に会ったみんなに挨拶をしているだけだよ。挨拶は、人間同士の基本コミュニケーションだろう、違うかい?」
「ハンッ! “基本コミュニケーション”かい! よりにもよって、アンタがそれを言うのか? さっさとオレ達の事を裏切って出てっちまったアンタがよォ!」
思わず頭に血が上った青木は、怒気の籠もった激しい声を上げる。
そして、無表情の牛島を憎々し気に睨みつけながら、更に言葉を継いだ。
「……それだけじゃねえ! アンタは、仲間だった秀人と貴之の事を――」
「――だから、それは君の考え過ぎだと言っているだろう?」
顔を朱に染めて怒鳴る青木に、うんざりしたとでも言いたげな目を向けながら、牛島は小刻みに頭を振る。
「私は、別に君たちの事を裏切ったつもりは全く無いんだよ。……ただ、オリジンの緩慢なやり方に危機感を抱いて、一日でも早く“石棺の破壊”という目的が果たせられる事を願った末に、最善の道として、彼と別れて行動する事にしただけだ」
「だ……だが……!」
「――君の畑さ、あんまりうまくいっていないようだね」
「……ッ!」
不意に発した牛島の一言に、青木の表情が強張った。
そんな彼の顔を一瞥してから、牛島は言葉を続ける。
「あんな程度の実りじゃ、収穫量もロクなもんじゃないだろう? ……これから冬が来る。この村に居る人間全員の胃袋を、あの畑で得られた作物だけで賄う事が出来るのかな?」
「う……」
ついさっき自分が考えていた事を、まるで自分の頭の中を覗いたかのようにズケズケと口にする牛島に対し、青木は怒りと恐怖を覚えた。
牛島は、そんな彼の心の中を知ってか知らずか、まるで彼の神経を逆撫でするかのように鼻先で嗤うと、半歩近付いて、小声で言う。
「……青木修太くん。君は、こんな訳の分からない異世界で、腹を空かせて飢え死にする事を善しとするのかい?」
「そ……そんな訳――」
「今のオリジンの方針に従うという事は、そういう事だよ」
「ぐ……」
畳みかけるように囁きかける牛島の言葉に、答えに窮する青木。
だが彼は、すぐに首を大きく横に振ると、
「う――うるさいっ!」
と絶叫した。
そして彼は、手を腰に提げた彼の装甲アイテムへ伸ばしながら、冷笑を浮かべる牛島を睨みつけながら、怒声を浴びせる。
「そ――それ以上ふざけた口を叩いてみろ! この村のオチビト全員が、完全にテメエの敵に回るぞ!」
「……」
青木の言葉を聞いた牛島は、目だけを動かし、周囲の様子を見回した。
そして、彼の事を遠巻きに見ている村人たちの手が、各々の装甲アイテムに触れているのを見ると、苦笑いを浮かべながら両手を挙げてみせる。
「いや……すまなかった。君の気分を害するつもりは無かったんだ。今のは、タダの言葉の綾だよ、許してくれ」
「……」
青木は、そんな牛島の事を、青ざめた表情で睨みつけていたが、細く長い息を吐くと、装甲アイテムから手を離し、彼に向けて顎をしゃくってみせた。
「……テメエや薫の野郎はどうなろうと構わねえが、天音や沙紀ちゃんの事は心配だ。……早くオリジンに会いたいんだったら、もうこれ以上その臭ぇ口を開くな。今度ふざけた口を叩いたら、オリジンに会わせる前に、村の連中全員でフクロにして村から叩き出すからな!」
「はは、それは怖いね。――分かったよ。もう喋らないから、早くオリジンの元に行こうじゃないか」
牛島は、青木の恫喝を受けても、口とは裏腹に涼しい顔をしている。
そんな彼の様子に、思わず背中に怖気が立つのを感じながら、
「い……行くぞ」
と、震え声で告げ、早足で村の中央へと歩を進めるのだった。
◆ ◆ ◆ ◆
「……オリジンから許しが出た」
一足先にオリジンの小屋の中に入り、牛島の来訪と面会の意志を伝えていた青木が、引き戸を開けながら言った。
そして、手を挙げて、牛島の事を招き入れる。
「……入れ」
「ああ……」
青木の言葉に軽く頷いた牛島は、チラリと後ろを振り返り、遠巻きにしたまま彼の事をじっと見つめている村のオチビト達を一瞥すると、ゆっくりと敷居を跨いだ。
久しぶりに入る部屋の中は、以前と変わらず薄暗い。
「……」
彼は、その表情を心持ち強張らせながら、くたびれた革靴を脱ぎ、三和土の上に上がる。
そして、数歩部屋の奥へ進むと、そこで腰を落として正座する。
「――ご無沙汰しております」
落ち着いた声でそう言った牛島は、自分の前で胡坐を書いている異形の男に向けて両手をつき、深々と頭を下げた。
「ああ……」
彼の挨拶に、何とも言えない重厚な響きを湛えた低い声が応じる。
相変わらず、甲冑を模った装甲に身を包んだ男――アームドファイター起源は、その鬼面を模った仮面の赤い眼で注意深く観察するように牛島を睨めつけながら、鷹揚な口調で声をかけた。
「久しぶりだな。装甲戦士ジュエル――牛島聡よ」




