第十九章其の捌 謝罪
「――では」
会話が一段落した頃合いを計って、ドリューシュが頷く。
「では……僕は、兵たちの準備の進捗具合を確認して参ります。ハヤテ殿が出立したすぐ後に、我らもここを引き払いたいと思ってますので」
「ええ~……」
ドリューシュの言葉に思わずウンザリ声を上げたのは、碧だった。
「ハヤテさん達が出発した後は、もうひと眠りしたいと思ってたんだけどなぁ……」
「申し訳ございません、アオイ殿」
ドリューシュは、愚痴る碧に苦笑いを向けながら、ペコリと頭を下げる。
そして、横の方をチラリと一瞥すると、静かな声で続けた。
「ですが……僕たちは、一刻も早くオシスに戻り、ヴァルトーたちを弔ってやりたいのです」
「あ……」
ドリューシュの落ち着いた声を聞いた碧は、思わずハッとすると、ドリューシュが一瞬だけ目を向けた方向を見やる。
そして、輸送用の馬車の荷台に乗せられた十数基の急造の棺を目にすると、その瞳を哀しげに伏せ、ドリューシュに向けて深々と頭を下げた。
「……ご、ごめんなさい、王子様。私……ヴァルトーさんたちの事も考えないで――」
「……いえ。お気になさらず」
ドリューシュは一瞬沈痛な表情を浮かべたが、すぐに表情を和らげると、碧に向けて小さく頷きかける。
――と、その時、
「あ……あのっ!」
突然声を上げたのは、青ざめた顔の天音だった。
彼女は、小刻みに震える唇をキュッと噛み、それから大きく息を吸うと、ドリューシュに向かって勢いよく頭を下げた。
「あの……ご……ごめんなさいっ!」
「アマネ……」
「あ、アマネちゃん……?」
突然の天音の行動に、呆気に取られるハヤテと碧。
一方のドリューシュは、無表情で天音の事を見つめているだけだった。
天音は微かに声を震わせながら、頭を下げたまま言葉を継ぐ。
「ほ……本当にごめんなさい。あたしたちのせいで、あなたの大切な仲間を……た、たくさん死なせてしまって……」
「……」
「あたし……健一くんが亡くなってしまって、仲間が死んでしまう事の哀しさと辛さを知っているはずだったのに……あなたたちにも同じ苦しみを味あわせてしまって……」
「……」
「ゆ……許してほしいなんてムシのいい事は言えないし、言う資格も無い事は分かってます。……でも、どうか謝らせてください。――たくさんの、本当にたくさんの命を奪ってしまって……本当に、ごめんなさい……!」
「…………ありがとう」
「……え?」
ドリューシュから、口汚い罵声を浴びせられる事を覚悟していた天音は、思わず自分の耳を疑う。
慌てて顔を上げると、寂しげな微笑を湛えたドリューシュの顔が目に入った。
「な……何で? どうして……“ありがとう”……?」
「それは……あなたが、かけがえのない仲間たちを失った僕たちの気持ちを理解ってくれた事に対してです」
当惑する天音に、ドリューシュは静かな声で言う。
だが、それに対して、天音は激しく頭を振りながら声を荒げた。
「で、でも……! そんな気持ちにさせてしまった原因は、あたしたちがした事で――」
「……僕たちは軍人です。そして、ここへは戦いに来たのです。――我々の“敵”である、あなた達“森の悪魔”を殲滅する為に」
ドリューシュは、天音の顔を金色の眼で見据えながら、落ち着いた声で言う。
「軍人である以上、戦場で死を迎える事は覚悟の上ですし、敵を斃すつもりで戦う以上、敵に斃されるのもまた当然の事だと弁えております。僕も――ヴァルトーも」
「……」
「そういう事ですから、今回の事であなたが気に病む事は無いんですよ。……でも」
「……でも?」
思わず訊き返す天音に、ドリューシュは小さく頷きかけ、更に言葉を続けた。
「――でも、それでもあなたは、“オチビト”のあなたは、僕たちの心を慮ってくれた。そして、心の底から謝罪の意を表してくれた。……僕は、それだけで充分嬉しかった。ですから――『ありがとう』とお伝えしたんです」
そう言うと、ドリューシュは柔和な笑みを浮かべながら、天音に向かって右手を差し出した。
「改めて……僕の亡き友人たちを悼んで頂き、ありがとうございます。そして……フラニィの事、くれぐれも宜しくお願いいたします」
「あ……は、はいっ!」
ドリューシュの言葉に涙ぐみながら、天音は差し出された彼の手をしっかりと握り返したのだった。
◆ ◆ ◆ ◆
「……行っちゃいましたね」
「……ええ」
ハヤテと天音が消えていった森の奥を見つめながら、残った碧とドリューシュは言葉を交わした。
「ふわぁああ……」
碧は、口を押さえて大きなアクビをすると、思い切り背中を反らす。
そして、ドリューシュの方に向き直ると、元気よく言った。
「じゃ、早く私たちも出発しましょ、王子様!」
「……宜しいんですか?」
ドリューシュの言葉に、碧はニカッと笑って答える。
「大丈夫です! 眠気はバッチリ覚めましたから! 早くオシス砦に戻って、ヴァルトーさんたちをゆっくり休ませてあげないとね――」
「あ……いや、そちらではなく」
ドリューシュは、躊躇いがちに首を横に振った。
そして、おずおずと森の奥を指さしながら言葉を継ぐ。
「――ハヤテ殿の方についていかなくて……」
「……何でですか?」
ドリューシュの言葉に、眉間に僅かな皺を寄せ、碧は訊き返した。
「別に、私が一緒にいかなくても、ハヤテさんは大丈夫ですよ。あの人、強いから」
「いや……」
「それに、アマネちゃんもいますから心配ないですよ、多分」
「まあ、確かにそうなんですが……僕が言っているのは、そういう事では無くてですね」
ドリューシュは、碧の言葉に小刻みに首を縦に振りつつも、煮え切らない態度で言葉を継いだ。
「……ハヤテ殿とアマネ殿のふたりきりにして、アオイ殿は平気なんですか?」
「……またそれですか?」
碧は、ドリューシュの問いに、あからさまにムッとした表情を浮かべる。
「この前も言ったじゃないですか……。あのふたりがどうなろうと、私には関係の無い事だって」
「……そうでしたね」
碧の機嫌を損ねた事を察したドリューシュは、それ以上の追及を避け、小さく頷いた。
彼はくるりと振り返ると、気を取り直すように声のトーンを上げる。
「――では、そろそろ僕たちも荷物をまとめましょう」
「……はい。了解です」
ドリューシュの声に応え、森に背を向けた碧だったが、ふともう一度森の方に視線を向けると、
「……」
無言のまま、何かを吹っ切るように小さく頭を振り、それから先を行くドリューシュの後を追ったのだった。




