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装甲戦士テラ〜異世界に堕ちた仮面の戦士は、誰が為に戦うのか〜  作者: 朽縄咲良
第十八章 裏切りの戦士は、誰が為に戦うのか
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第十八章其の拾 水面

 「く……くそっ」


 左脚に走る激痛に悶えながら、夜空に跳躍するインセクトの姿を見上げ、ツールズは呻くように毒づいた。


(身体が……痺れて、動かねえ……)


 左脚からは、痛み以外の感覚は消え失せている。

 更に、左脚以外の全身の感覚も、だんだんと鈍くなっているような気がする。

 インセクトの毒が、左脚から全身へと回り始めているのだろう。


(くそっ……! ここまでか……)


 彼は、ギリリと奥歯を噛みしめる。

 あと数秒で、インセクトのブラックウィドウ・ニードルストライクを食らい、自分は命を失う……。


(チクショウ……オレは、何も出来ずに……こんな所で……)


 死を覚悟したツールズの脳裏を過ぎるのは、圧し潰されそうな程に重い無力感と絶望感だった。


(もう、アマネを守る事も、側に居る事も出来ず……、牛島をぶっ殺して、健一の仇を取る事も出来ず……)


 激しく錐揉み回転をし始めながら、自分に向かって突っ込んでくるインセクトの姿をぼんやりと潤む視界で捉えながら、指一本動かす事も能わない……。


(挙句に、今まで本性を隠したままオレを騙し続けてたこのクソアマに、何の反撃も出来ずに殺られるなんて……)


 仮面の奥で、彼は自嘲げに口元を歪めた。


(まったく……クソダセえな、オレ。こんなんじゃ、あの世(むこう)に行ったら、アイツに笑われちま――)

『――何あっさり諦めてるのさ? まったく、君らしくないねぇ、カオル』

(――ッ!)


 突然脳裏に響いた声に、ツールズは驚愕の表情を浮かべ、目を大きく見開く。


「け……健一――?」


 と、上ずった声で叫びながら身を起こしたツールズの左胸に――インセクトのヒールが、甲高い摩擦音を立てながら深く突き立った――!


「……ッ!」

「ほら、動かないで。すぐに楽になるから――」


 愕然とした様子で、無数の亀裂が入った自分の胸部装甲と、そこに突き立つ漆黒の装甲に覆われた脚を見下ろすツールズに、まるで子供をあやすかのような優しい声色で囁きかけたインセクトは、更にブラックウィドウ・ニードルストライクの回転を速める。

 次の瞬間、ツールズの胸部装甲は、衝撃と共にバラバラに砕け散った。


「グゥ……ッ!」


 ブラックウィドウ・ニードルストライクの衝撃を受けたツールズの身体は、大きく後方に吹き飛んだ。

 そして、砂利を盛大に巻き上げながら河原の上を何度もバウンドした後、盛大な水飛沫を立てて、川の中に転落する。


「あ……」


 必殺技を放った後、音も無く地面に着地したインセクトは、川上に噴き上がった大きな水飛沫を見て、思わず声を上げた。


「いっけない。強く吹き飛ばし過ぎちゃったわ」


 インセクトはそう呟きながら、川端へと走り寄り、白波を立てる川面を凝視する。

 ――だが、川の中に落ちたツールズのメタリックシルバーの装甲に覆われた身体は見えなかった。


「……ちっ!」


 彼女は、苛立たしげに舌を打つと、川面に目を向けたまま、川岸を下流に向けて走る。

 ――だが、やはりツールズの姿を見付ける事は出来なかった。


「……装甲が重くて、そのまま川底に沈んじゃったのかしら?」


 足を止めたインセクトは、そう独り言ちながら首を傾げた。

 ――考えられない事では無い。

 この川の水深は深そうだし、川の流れは複雑で、一旦沈んだ水死体は容易に水面に上がらないという話を聞いた事もある。


「……まあ、そんなところかもね」


 そう呟くと、インセクトは自分を納得させるように小さく頷き、ツールズの身体を探す事をあっさりと諦めた。


「万が一、溺れ死ななかったとしても、二度にわたって私の毒を食らっているんだもの。どっちにしても、あの子の命は無いわ」


 川で溺れるか、全身に毒が回ってかの違いだけで、いずれにしろツールズの死亡は確定しているのだ。


(わざわざ、死体を確認しなくてもいいか……)


 少しだけ残念だったが、彼女は自分にそう言い聞かせ、くるりと川に背を向ける。


「さて……」


 そう呟いたインセクトは、首を巡らし、深い闇の中に沈む森を見た。


「……こうしちゃいられないわ。早くあそこに向かって、鳴瀬先生をお迎えする準備を整えないと――」


 そう独り言ちながら、彼女はゆっくりと腕を前に伸ばす。


「スパイダーズ・スレッド」


 インセクトの声に応じて射出された白い蜘蛛の糸が、森の木の太い枝に絡みつく。

 軽く糸を引っ張って強度を確かめた彼女は、膝を曲げて、身体を屈めると、


「はっ!」


 とかけ声を上げ、砂利で覆われた地面を蹴った。

 スパイダーズ・スレッドを腕の中に巻き込みながら宙を舞ったインセクトは、今度は左腕を伸ばし、もう一本のスパイダーズ・スレッドを射出し、更に奥に生えた木の枝に絡みつかせる。

 そうやって両腕のスパイダーズ・スレッドを交互に射出しながら、インセクトは森の中をまるで猿のように身軽に跳んでいく。


「ふふふ……」


 風のような速さで森の中を跳ぶインセクトの口から、妖艶な笑みが漏れた。


(うふふ……これさえ終われば、思う存分、鳴瀬先生とベッドの上で濃密に……。あぁ……今から身体が火照ってきちゃう……!)



 ……………………



 漆黒の空に宝石をちりばめたかのように輝く満天の星。

 そんな星空の元、インセクトが立ち去った後の川は、それまでの激しい戦いの痕を全て押し流そうとするかのように、激しい白波を立てながら、轟々と川音(かわと)を響かせ続けるのだった――。

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